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2007年10月31日
「孫」さんの観光誘客への提言
今日から、
小生が所属する、
熱海市議会の
常任委員会の一つ、
「観光福祉委員会」の
行政視察に出発する。
視察は
今日から2泊3日。
視察先は、
「鹿児島市役所」、「熊本市役所」の二市。
鹿児島では、
”鹿児島市の観光未来戦略”,
”かごしまの新特産品コンクール”について、
熊本では、
”くまもとのよかみやげコンクール”についてと、
”観光立市くまもと都市宣言をふまえての観光施策”について等、
他の観光地が取り組み、
実績を高めている、
”地場産業”の創出と発信、
観光戦略などの
研修視察がテーマとなる。
ただ、
議員の
研修視察に関しては、
財政危機を前にして、
市民や、
議会の各会派からも、
廃止やむなしの声も大きく、
来年度からの実施は不透明だが、
小生としては、
”会派”ごとの視察は
廃止しても、
各常任委員会の視察については、
一考の余地があると考えている。
”珠海市からの
研修職員”「孫」さんの、
レポートのあるように、
特色ある「観光地」を標榜するなら、
時代の流れに沿った、
テーマ毎に、
観光立市「熱海」の議員としては、
視察によって、
見聞を広げることも、
責務の一つだと思っているのだが・・・。
さて、
昨日の続きだが、
早速、
「孫」さんのレポートの続きをご紹介したい。
・・・・・・・・・・・・・・・
「国際観光温泉文化都市」を目指しているまちとしては、
外国人向けに対応できる人材が少なく、
観光パンフレットや資料にも、
不十分なところがあります。



例えば、
サンビーチは、
中国語で(中略)四通りに翻訳されていて、
もちろん意味は大体同じですが、
観光名所の名前が同一できなくては、
外国人観光客にとって、
大変迷惑です。
小さいことではありますが、
外国人観光客にとっては、
自分の国の言葉で交流できる、
自分の国の言葉で出来た、
観光パンフレットが、
一番印象に残るはずです。
8月に、
東京インフォメーションセンターと
観光商工課の皆さんや
梅娘たちと一緒に、
東京麻布十番キャンペーンに参加して、
真夏の太陽の下で、
観光PRを行いました。
熱海ウエットティシュの配布や
初島ところてん、
熱海梅酒の試飲なども行いましたが、
それが終わってからは、
時間がたつのを待つだけでした。
熱海の観光PRが
ただの配布や
試飲で終わったような気がしました。
単位頑張るのだけでなく、
熱海らしく、
もっと豊富な内容で
積極的にPRを行ってほしいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「孫」さんの報告を、
市長以下、
担当部課の職員が
どのように感じたのか。
小生としては、
単なるレポートとして、
ファイルするだけでは、
”もったいない”、
”素”の意見がてんこ盛りで、
外国人観光客だけでなく、
国内の一般観光客へ誘致対策への、
一助としなければ、
”税金”使途しての
研修生招致の意味はない。
かく言う小生も、
今回の視察において、
ある面、
”ソン的視点”に立ち、
九州を代表する観光地を参考にして、
熱海市が、
全国発信できる、
”特産品”開発や、
観光客誘致戦略をツカミ、
それを”議会”に反映することで、
議員視察は
”ムダ”という声に、
応えられれば幸いである。
投稿者 村山 憲三 : 06:56 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月30日
「珠海市」からの研修職員”孫”さん帰国へ
熱海市と、
友好都市関係を締結している、
中国「珠海市」から、
研修職員として
3ヶ月間、
熱海市の
文化交流課に籍を置き、
各課等で研修に取り組んできた、
「孫玉華」さんが、
明日帰国する。
9月議会前に、
議会運営委員会の席でだったか、
紹介された際、
小生、
私も”ソン”(村)ですと、
寒い笑いを取っていたが、
その後の交流は、
残念ながら持てずに終わってしまった。
しかしながら、
昨日、
帰国を前にして、
熱海市での
「研究レポート」をまとめた中から、
”普通の外国観光客として見た熱海”という、
項目の中から、
数日間に分けて、
そのレポートを抜粋してご紹介し、
一人の外国人研修生が見た、
観光地熱海が抱える、
問題点の指摘を参考にして、
今後、
熱海市が、
観光客掘り起こしに、
どう反映させていくのか、
先ずは、
その報告書を掲載したい。
・・・・・・・・
「熱海は四季折々の変化が美しく
良質な温泉、便利な交通、
四季を通して、
温暖な気候と豊富で美しい海の幸、
山の幸に恵まれた
山紫水明の温泉郷です。
海から見た熱海も綺麗な大都会、
観光リゾート地に見えました。
それがまちに入ってみると、
雰囲気が変わり、
大都会でもない、大都会でもない、
田舎でもない、
伝統な(ある)温泉郷としても、
なんとも言えない失望感を感じました。
熱海に研修している間、週末を利用して
県内の何箇所かをまわってっました。
それで、
驚くほど
”観光スポット”が似ていることに気づきました。
花火、温泉、観光バス、サンビーチ、ライトアップ、
親水公園、海水浴場、釣り場所、花のガーデン、漁港など等、


これはお互いのまねをしているのか、
それとも、
県内協力で同じ観光スポットを育てたのか、
私にはわかりませんが、
わかるのは、
こうなると、
観光スポットとしての特徴が
地味になります。
例えば、
熱海が一番初めに花火を打ち上げたとしても。
水中孔雀花火や堤頭燈花火、
音楽に合わせて打ち上げる町が、
次々と出てきます。
今はまだ、
国内観光客が多い割合を
しめている熱海ですから、
それだけ競争力のあるまちになってほしいです。
そうするには、
どんどんと観光客の目を引き寄せる、
何か新しいもの、
熱海でしか楽しめない、
食べられない、
見られないものが必要であると思います」
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 20:14 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月29日
大阪”結婚披露宴”での熱海つながり
国本家、金沢家の
結婚披露宴が始まる少し前、
新郎の父である、
国本氏から紹介されたのが、
早川正文氏だった。
急に決まった、
披露宴への出席だったが、
早川氏と名刺交換の後、
「5~6年前お宮の松近くの
ホテルの解体工事の孫請けだった、
”ウチ”の関係者が、
熱海の議員さんにお世話になり、
感謝しているのだが、
名前を思い出せない」
その議員さんの紹介で、
海の見えるホテルを
花火の日に2~3度
予約等もお願いしていたようだ。と、
過去に、
熱海を訪れたエピソードを語り、
その議員さんを知っているかと尋ねられた。
はい。
もう、お分かりでしょう。
偶然か必然か、
その議員とは、
そう”小生”だっのです。
あれは確か、
5年ほど前のこと、
市内在住の
知人より紹介されたのが、
当時、
東海岸町の廃業ホテルとして、
長らく放置され、
不審火等の発生と共に、
熱海の
基幹産業の悲惨な状態が、
全国放映された、
”某元ホテル”の
解体工事に携わった、
孫請け会社の責任者だった。
限られた予算の中で、
権利の錯綜した物件の解体工事ということで、
機材やその他作業員の手配など、
現地調達が、
重要な意味を持つので、
何とか”地元の智恵”を拝借したい。
実直で、
過去の実績を並べた上で、
「支払いに迷惑をかけない、
保障として、
解体した”鉄筋”等の権利を預けたい。」
という条件を、
小生の友人を含めた、
市内の一部工事関係者が飲み、
紆余曲折あったが、
解体作業が終了したという記憶が蘇った。
そうしたエピソードを思い出しながら、
話しが進むと、
突然、
「彼、今年亡くなりました」という。
当時、
確か糖尿を気にしており、
それが引き金となったようである。
当初、
早川氏からは、
その責任者の名前は
「間」氏と聞かされたのだが、
小生が記憶にあるのは、
そういう名前ではなかった。
焦っていたのか、
どうしても思い出せず、
知人に電話したのだが、
生憎留守電だった、
顔は鮮明に覚えているというものの、
名前が浮かばず、
歯痒い思いが続いたが、
「O]氏という名前が、
突然浮かび話すと、
「そうそう茨城の養子に入った先が、
”O”という名前だった」と、
早川氏もニッコリ笑って、
膝を叩いた。
降って沸いたような、
「O]氏の訃報には
驚ろかされたものの、
松本氏が
接着剤となったのか、
国本氏の引力かは
定かではないが、
偶然の披露宴で、
必然的な出会いだったとしても、
松本氏も国本氏も、
こうした、
熱海つながりの縁が功を奏したのか、
”ホンちゃん”の披露宴は、
大盛況の内に
幕を閉じたのである。
”縁結び”の席で、
もう一つの”縁”が浮上するという、
誠にお目出度い披露宴。
分析すれば、
今回の”縁”つながり、
齢60歳の小生、
ここまで、
遊びや趣味を通して
多くの出会いがあった。
その中で生じた、
偶々の、
”熱海つながり”だったのかもしれないが、
早川氏や国本氏、
松本氏や小生にとっては、
お目出度い席での、
貴重な”縁”結びだった。
また、
この出会いを通じて、
新郎新婦のお祝いに駆けつけた、
若い多くの列席者に、
「熱海」のことを、
もっと良く知って頂こうと思っていたら、
松本氏、
小生の心を覗き見したように、
花婿花嫁の祝辞に
小生の意を汲んだ言葉を散りばめ、
そのあと歌まで披露し、
その歌も、
南京出発を控え、
新幹線自由席から
”グリーン車”へと導き、
(10月23日新幹線8号車での小林常男氏)

今回の縁の、
プロローグとなった、
小林常男氏(熱海マリーナ)の、
実兄、
小林旭さんのヒット曲、
「自動車ショー歌」を選曲、
場内から、
やんやの拍手を浴び、
アンコールの声が上がるほど
披露宴を盛り上げた。
(松本氏の母愛子さんと新婦「金沢家」のご両親)

(国本氏の奥さんと長女)

(国本氏)

早川氏と国本氏、
今年中に”熱海”を訪れ、
逝去された「O]氏の
偲び旅をして、
供養したいという言葉を受け取り、
昨日は、
午後4時19分「新大阪駅」発の、
いつもの”ひかり”で、
熱海駅に無事辿り着いた。
松本氏も小生にとっても、
高井氏からプレゼントされた、
とてもハッピーだった、
南京~大阪、
6日間の旅にピリオドが打たれたのである。
投稿者 村山 憲三 : 19:47 | コメント (1) | トラックバック
2007年10月28日
南京から大阪での結婚披露宴へ
「南京」4泊5日の旅を用意して頂いたのは、
ここで(南京市)、
”黒ニンニク”熟成工場と、
「健康ランド」(櫻花園會所)を経営する、
日中商事株式会社の、
「高井直保」社長だった。
(松本氏と高井氏。南京地下鉄駅ホームにて)

黒ニンニクを
南京市を中心として、
中国本土に普及させる為の、
PCやモバイル配信の
通販計画や、
二次加工についての打ち合わせ、
現地で黒ニンニクを
研究開発してきた、
兔澤和廣氏(中国薬科大学研究生)が推奨する、
”漢方薬”の
日本での受け入れと販売ルート等について、
情報交換が
主なテーマとなったが、
南京在住トータル12年の、
兔澤氏の
広い人脈をご紹介頂くなど、
思いがけない偶然や、
ハプニング続出で、
笑いとビジネスヒントに包まれた
有意義な南京旅行となった。
高井氏からは、
元阪神百貨店副社長の、
岩津潔氏や
三重県伊賀市、
菓匠「欣榮堂」の
町野登会長をご紹介される。

熱海には、
何度も業界の会合や
プライベートで訪れており、
現況の熱海について、
かなり突っ込んだ”思い出語り”となったが、
カネと時間に余裕のある、
お二人には、
温泉地としてだけではない、
”別荘地”としての側面をアピールして、
近いうちに、
今回のお礼も兼ねて、
高井社長共々ご招待する予定である。
関空には、
昨夜午後8時に到着したが、
搭乗した「CA-163]では、
美味しい”ハプニング”も。
往復エコチケットだったのだが、
「上海空港」カウンターで、
搭乗手続をしている際、
”ビジネスクラス”を進められたのである。
それも、
追加料金無しである。
ひょっとして
座席がガラガラなので、
割り当て分に対する、
窓口の、
”気まぐれ”サービスだとばかり思っていたのだが、
どうしてどうして、
「ボーイング737」は、
8割弱の乗客で埋まり、
ビジネスクラス8席中、
小生と松本氏が着席しても直、
2席が空席だったのである。
食事を含め、
エコノミーとは
機内サービスは”ダンチ”で、
”ツキ”に
感謝しながらの、
2時間チョットの空の便だった。
帰国後、
松本氏の自宅(高石市)まで、
電車を利用し、
松本氏の親族の
結婚披露宴への支度を済ませ、
”定宿”心斎橋グランドサウナに、
タクシーが着いたのは、
午後11時を少し過ぎていた。
そして今日、
小生も
親族の披露宴にお呼び頂いたのである。
(国本家金沢家結婚披露宴)


(新郎の父国本さん)

(松本氏のお母さん愛子さんは国本さんのお姉さん)

この披露宴は、
大阪心斎橋「モノリス」にて開催されたのだが、
ここでも、
偶然か必然か、
”ハプニング”が待ち構えていたのである。
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月27日
ジャンボーと”沢竜”、競演なるか。
今朝
9時30分発の、
「南京駅」発、
上海駅行きに乗車して、
午後4時55分現地時間発、
関空行き、
”CA-164”に登場して、
帰国する予定である。
南京滞在中に、
現地の写真を数多く
ブログアップする予定だったが
サーバの関係からか、
小生の未熟な”理解力”かは、
定かではないが、
宿泊先のホテルの
協力空しく、
写真一枚アップするにも時間が掛かりすぎたのと、
(南京を代表する中華門を前に)

連日、
関係者の皆さんから、
接待が夜遅くまで続き、
中々思うようには運ばなかった。
貴重な体験や、
ご紹介したい方々等、
来週以降、
ユックリまとめる事にして、
今朝は、
ストックしてある中から、
高橋弘会長と、
沢竜二さんについて掲載したい。
さて、
高橋弘会長(日本ジャンボー、万葉倶楽部)が買収した
箱根「天成園」に、
どのような、
経営戦略に裏打ちされて、
60億円もの
設備投資をするのか。
帰国後に、
ノウハウの公開をしたいと考えているが、
その前に、
これまで”成功”してきた、
基本となる経営理念とは何ぞや。
これまで、
30年間もお付き合い頂いた、
小生が、
”わけ知り顔”で講釈させて頂くと、
つまり、
「高橋式」成功術とは、
温、泊、食をキーワードに、
施設を、
一日24時間、
どのように活用できるのか。の、
方程式にあるようだ。
コンベンション、
コンビニエンスストア、
4人の家族旅行に2部屋提供、
ウォシュレット付きトイレ、
ウエルネスの充実など等、
日帰り温浴施設であれ、
ホテル経営であれ、
顧客に、
”喜んで”財布の紐を緩めさせる、
売り上げアップの、
仕掛けが”随所”にあり、
拡大路線の布石となった。と、見ている。
(現在の「天成園」玄関)

(改修後500畳の多目的コンベンション完成予想図)

観光会館で開催された、
「沢」さんメインの、
全国座長公演を前に、
サンミクラブで、
事業計画書や
完成予想図を見せられ、
~会長、沢さんにお会いする目的は、
500畳のコンベンションに関係あるでしょう~と、
高橋会長に会う前に、
高橋会長と”沢”さんが
会う目的を予想して書いた
小生のブログに意を強くし、
話を端折ってみた。
計画では、
箱根「天成園」完成の暁には、
500畳のコンベンションは、
通年、
”舞台を活用するショービジネス”に、
年間予算”1億円”を投入する。との、
豊富を打ち明けたのである。
やはりそうだった。
新装「天成園」を、
歌に芝居、
あらゆるジャンルの”舞台構成”で、
顧客の関心を釘付けする
構想を描いていたのである。
その日の午後4時、
観光会館に用意された、
沢さんの、
楽屋に案内されると、

丁度、
NHKクルーが、
来年ニューヨーク公演を控える、
「沢竜二」さんに
密着取材していた。
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 04:18 | コメント (0) | トラックバック
中国古代史研究家「山口真樹」さん
日中に横たわる、
歴史的な壁の象徴として、
マスコミを通じて、
インプットされてきた、
「南京虐殺記念館」だが、
残念ながら、
来月上旬まで
大規模な改修工事中ということで、
見学することは叶わなかった。
しかしながら、
こうして、
”親日派”とも言える団体を代表する方々や、
在留している日本の方々からは、
マスコミが取り上げるような、
”反日感情”は、
世代交代が急な
南京市民からは感じ取れず
むしろ、
積極的に交流を持ちたいとの、
情熱さえ感じ取れると、
説明していただいた。
しかしながら、
南京市は
人口”600万人”の大都市だが、
在留邦人の数は、
僅か300人強と、
中国国内の
他都市と比較して、
極端に少ないという。
ただ、
ご招待を受けた、
一旅行者が軽々には断言できないものの、
開発急な「南京市」と、
日本との直行便も開通したことで、
、
近い将来には、
邦人企業の進出も予測され、
民間外交を通じて、
もう一つの”日中”関係が
好転するのも
時間の問題だと、
現地に来て感じたのである。
また、
24日には、
「紅蘇国際文化交流中心」の、
劉さんと黄さんから、
「南京精菜館」にて、
昼食のご招待を受け、
そこで、
元桜美林大学教授で、
現中国古代文化研究家・摂影家であり、
作家の、
「山口真樹」さんをご紹介頂いた。
山口さんは今年、
世界文化社から、
「ビジュアル漢詩」を
河出書房新社より、
「史記入門」を上梓する予定である。



さらに、
「紅蘇国際文化交流中心」のバックアップで、
12月下旬より一週間、
「南京博物院」において、
山口さんがこれまで、
27年間にわたり、
中国の歴史と旅して撮りためた作品
写真展を開催する。
愛機は「ペンタックス」67。
展示される作品は
60から70点。
紅蘇国際文化交流中心の活動と、
「山口真樹」さんに関しては、
帰国後に更に詳しい
ご案内をさせて頂くことで、
「南京市」について
興味を示していただければ幸いである。
投稿者 村山 憲三 : 03:26 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月26日
「韓竟盲人保険按摩中心
24日の南京は、
朝から、
雨雲に覆われ、
どんよりとした、
暗い雰囲気に包まれていた。
閲江楼(揚子江見えるレストラン)
中華門、
夫子廟を見学する等、
朝からスケジュールが組まれていたが、
マッサージ好きの小生に、
”話の種”にと、
急遽予約を取って頂いたのが、
韓竟盲人保険按摩中心(センター)だった。
兔澤氏のスタッフ
「王」さんがホテルに迎えに来たのは、
朝8時30分丁度。
向かった先は
太平南道2号にあるビルで、
”韓竟按摩センター”は
8階9階の2フロアーを占めていた。
ここは、
日本で言えば、
”盲人が施術する”マッサージセンターで、
特色は、
韓竟院長の診断方法にあった。
この「韓」委員長、
”刮一下”(ぐわいしゃ)と呼ばれる、
診断法で、
「刮板」という、
真鍮製の靴べらの形をしたもので、
患者の右手をこすり、
病症をピタリと言い当て、
希望者には、
センター在籍の盲人按摩士による、
患部を中心にマッサージを施して、
症状を和らげるというもので、
施術センターとなっている。
マッサージ好きの小生に、
話の種として、
スケジュールを割いて
提供して頂いたのである。
少し前までは、
「韓」院長自身が、
”刮板”で患部をこすると、
悪い箇所が
真っ赤に浮きでることで、
診断に
信憑性を付加していたが、
その方法への、
批判もあったため、
現在では、
”刮板”でこするだけで、
病症箇所を言い当て、
盲人施術士によって、
症状を和らげていくというものだが、
小生らが行った時間には、
待合室には
既に多くの患者さんが待機していた。


少子が興味を持ったのは、
約25年間もお付き合いのある、
「業捨」(広島県広町)の、
施術と理論が
相似していたからである。
そこで、
PCに向かう時間が長い分、
若干目に支障は感ずるものの、
断酒を継続し、
散歩で体力も充実していると、
やや過信気味で
診断に臨んだ
小生に
下された診断は・・・・。
北京語で書かれた”測記表”を、
通訳していただくと、
・血圧 135-88
・前立腺両側肥厚
・脳内6組の血管中2組(C)型湾曲脳供給量45(正常80)
・鼻咽喉器官粗糙
・眼底60組血管中17組缺血
・牙歯4損歯
・頚肩4-7・・・労損点70アップ
と、診断されたのである。
前立腺と、
脳と眼底については初耳だが、
後は、
自覚しているものばかり。
”ヘラ”で擦っただけで、
何で当たるの?
しかも、
全盲に近い若い院長が。
健康に関しては、
いいものと言われるだけで、
”ハマリ”やすい性質である。
即、
治療を受けたのは言うまでもない。
ベッドの身体を預けると、
全盲に近い按摩士は、
指定された、
患部にピタリと指を止め、
ぐりぐりと筋肉をほぐすこと約2時間。
診断も含めて、僅か200元だった。
さて、
あっ、もうこんな時間だ。
今朝も、
7時30分のスタートであり、
肩がこってしまったので、
また明日に。
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 00:50 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月24日
紅蘇国際文化交流中心
南京市内の
宿泊ホテルは、
「ゴールドスターホテル」という、
リーズナブルな”宿”で、
ここは、
中国葯科大学「中葯学院」の、
兔澤和廣氏の紹介だった。
小生の部屋は、317号、
松本哲治氏は、318号である。
昨晩は、
日本から持参した、
バイオ(PC)が無線ランしか対応しておらず、
接続のための、
ネット環境が整わず、
中途半端な格好となり、
今日も、
つい先ほどまで、
悪戦苦闘しつつ、
やっとの思いで
「グーグル」から開通できたのだが、
朝から、
兔澤さんが我々に用意してくれた、
スケジュールに沿って
行動しているため、
パソコンに向かう時間も少なく、
おまけに、
写真や文章アップに、
かなりの時間を要するため、
手短に纏めたい。
さて、
南京市には、
上海空港から、
タクシーで約一時間をかけて、
「上海駅」に向かい、
そこから「新幹線」を利用して
約2時間30分で
南京市に到着する。



「黄」さんは、
過去に13回も
「熱海」を訪れており、
特に、
「MOA」美術館とは、
文化交流上の接点が太いようで、
市内の事情には詳しく、
初めてお会いしたとは思えないほど、
身近な距離でお話ができた。
児童絵画展の目的について、
更に詳しい説明を頂戴する。
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 23:20 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月22日
今日から、南京市へ。
実は、
今「南京市」へ出張するため
関空に来ている。
目的は、
”熟成黒ニンニク”南京工場を設立した、
「高井直保」氏と
その、
熟成黒ニンニクを独自に、
研究開発してきた、
南京在住の、
「近大薬学部」出身の、
兎澤和弘氏から、
ご招待を受けての渡航である。
で、
昨日は熱海駅から、
いつもの新幹線(午前10時44分発ひかり)に
乗車したのだが、
なんと、
ここでもハプニングが起きた。
4号車(自由席)後部座席で、
雑誌に目を通していると、
突然、
小林常男社長(熱海マリーナ)が、
目の前に現れた。
聞けば、
マリーナのスタッフが、
喫煙車で一服した後、
小生に気が付き、
”常”さんに報告したことで、
グリーン車への
”贅沢”にあずかったのである。
西宮まで、
スタッフを引き連れての、
出張ということだった。
静岡駅を過ぎてから
新大阪駅まで、
熱海市政のこと、
台風被害を受けた、
熱海湾に係留する、
ポンツーン改修工事に関する
負担額についてや、
シニアゴルフのプロとなった、
お兄さんの、
「小林旭」さん(俳優・歌手)の近況など、
ユーモアに富んだ会話に引きづられ、
あっという間に、
「新大阪」駅に到着した。
下車する際に、
9号車から、
熱海市を代表する企業のひとつ、
「東京宝」(製菓販売会社)の、
河越会長が姿を現した。
小生と目が合い、
驚いた顔をしつつ、
”常”さんと一緒と思ったようで、
デュアな笑みを返してくれた。
松本哲治氏の車で、
新大阪駅前から、
日本橋(タックワールド)に行く途中、
23日朝からの
スケジュールを受け取る。
関空発午前9時発の、
エアーチャイナで上海に。
約二時間後には、
上海から南京までは、
新幹線を利用する。
~~~~~~~~
今、南京市内のホテルに着いた。
しかし、ホテルに無線LANの環境が無いため
本日は残念ながら写真を掲載できなかった。
続きはまた明日。
投稿者 村山 憲三 : 20:21 | コメント (0) | トラックバック
「幸太郎ラーメン」と熱海の相性を探る
先日、
「沢竜二」さんの楽屋を
訪問した際の報告については、
明日以降、
”長々”とまとめるが、
今日は、
19日に掲載した、
和歌山「幸太郎」ラーメンの、
続編を掲載したい。
~~~~~~~
さて、
備長炭ラーメンを試食した、
パソコン110番、
土沢氏の感想をまとめれば、
一食100gの備長炭麺は、
小生が仕入れている
”小松麺”(伊豆山)と比較して、
3分の2程度と少量だったので、
二人前を茹で入れたのだが、
~スープと麺の相性は悪くない。
蕎麦のような感触で、ノドごしがいい~と、前置きし、
(パソコン110番土沢氏)

土沢氏、
箸を置くことなく、
ズルズル~ズル~と完食したが、
ダイエット出来るといっても、
100gでは物足りないので、
”ダイエット”を売りにせず、
備長炭ラーメン”ブラック”とか、
効能を高めるような、
ネーミングを考え、
”麺を多めに”、
微粉末を
”水”に溶かして提供するなどすれば、
女性客への浸透は早いのではと、
一食の恩義に応えてくれた。
さて、
幸太郎ラーメンのオーナー、
谷奥幸一郎氏は、

~紀州備長炭には、
宿便を押し出すといわれており、
デドックス効果は抜群です~と、
自らの体験を話し、
”出す健康法”について、
日本薬局法「薬用炭」純度試験、
及び吸着力試験適合(第14改正)、
社団法人「大阪府薬剤師協会」試験検査センターの、
デドックスプログラムを見せ、
高級特殊食用炭「ヘルシーチャコール」で
体内環境正常化については、
ヘルシーチャコールとは、
環境浄化力で注目される、
紀州備長炭を特殊処理し
解毒用薬用炭と
同等の機能を持たせた、
食用の活性化、
紀州備長炭粉末で
日常生活の中で、
食べ物や飲み物、
あるいは、
空気から知らず知らずのうちに、
体内に入いりこんでくる、
不純な物を、
デドックス食材として、
備長炭で、
アンチエイジングをして、
未病・予防に役立てて頂ければ幸いだと、
熱っぽく語ってくれた。
話を聞くうちに、
ダイエット効果には、
先ず”宿便”解消が不可欠であり、
備長炭麺を食べながらでも、
脂分はひかえめに、
キムチや七味を使って、
発汗作用を促し、
具には、
野菜や海藻、豆製品などの
植物繊維の豊富な食べ物をトッピングし、
水分は、
一日2リットルを目安に、
温かくしたものを、
たくさん摂ったと、
ダイエットするための、
努力を公開してくれた。
個人差のある、
ダイエット効果に適合した、
「幸太郎ラーメン」だが、
現在、
和歌山市内に4軒、
神戸三宮に一軒あり、
限定にて、
全国FC参加店を募集している。
お問い合わせは、
075-427-4470まで、
このブログを見たといえば、
特典が用意されている。かも。
~~~~~~~~
上記、
幸太郎ラーメンだが、
小生の、
ラーメンハウス”Ya~Ya~屋”で、
備長炭ラーメンを含み、
取り扱う方向性で検討している。
観光地熱海において、
紀州備長炭、
デドックスをキーワードに、
「和歌山ラーメン」、
「備長炭ラーメン」を揃える事で、
”話題づくり”で
集客アップが見込めるからである。
投稿者 村山 憲三 : 09:46 | コメント (2) | トラックバック
2007年10月21日
韮山カントリーを”89”でフィニッシュ!!
”信じられないことが起きてしまった”

写真とタイトルからお分かりのように、
小生の
長いゴルフ暦の中で、
初めて、
”90”を切るという
”異変”が起きてしまったのである。
それも、
パートナーとして回った、

高橋弘会長(万葉倶楽部)、
米岡幸男氏(前湯河原町長)、
西川晶氏(歌手)の
お三方にも、
スクラッチで勝ってしまったのだから、
これは”ジケン”である。
日曜日の今日、
恒例の、
”日本ジャンボーグループ”の
ゴルフコンペが
「伊豆韮山カントリークラブ」で開催され、
小生、
午前中「東」コースを44,
午後は「中」コースを45の
トータル”89”でフィニッシュ。
優勝こそ、
一緒に回った
米岡氏にさらわれたものの、

「3位」に
入賞してしまったのである。
今朝の、
「伊豆韮山カントリークラブ」は、
ポカポカ陽気の
絶好のゴルフ日和。
今年4月の、
統一地方選挙を前に、
ジャンボーのコンペには、
今日までご無沙汰していたが、
高橋会長から、
~たまには付き合えよ~と、
「沢竜二」さんの、
全国座長大会(熱海観光会館)当日に、
お誘いを受けて、
約9ヶ月ぶりくらいに、
ここ(韮山カントリー)に立った。
で、
その”内容”はと言えば、
多分に、
”自画自賛”、
手前味噌に聞こえたならば、
”ご容赦”頂くとして、
東コースを、
5・5・3・5・4・4・5・6・7の44で回り、
このコースでは、
パーが3ホールで、
ワンパットが6ホールもあった。
お昼は、
豚肉の網焼き定食(1,570円)を、
高橋会長にゴチになり、
スタミナバッチリで、
中コースは、6・4・4・5・6・4・5・6・5の
45と出来すぎで、
ここではパーが3ホールあり、
うち”ロング”2ホール全てがパーセーブだった。
このゴルフ場で、
「高橋会長」とプレイしてから、
20年以上経過するが、
ドライバー、ショートアプローチ、パットを含めて、
軽くスイングでき、
最後まで、
大崩れせず、
小生にとっての、
記念すべき”ゴルフ”コンペとなった。
とは言え、
好スコアの裏には、
高橋会長の
ワンポイントアドバイスという、
”布石”があったのも確か。
例えば、
クラブフェースとボールを
”ヒット”させるポイントについて等、
懇切丁寧事細かに、
ご指導賜り、
それを実践した結果の、
”89”だったのではあるが、
これまでは、
ワンポイントアドバイスを受けると、
必ず、
スコアが”崩れていく”というのが、
これまでのパターンだったのだが、
この日ばかりは、
師匠”高橋”の、
教えを忠実に実践できたことで、
勢いに乗れたのである。
ただ、
”愛弟子”ケンゾ~の、
快進撃に、
目を細めながらも、

この日のスコアが、
フロックかどうか確かめるべく、
近日中に
師匠高橋から”追試”があるようだ。
投稿者 村山 憲三 : 22:12 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月20日
熱海芸妓衆の光と影
今日正午から、
「起雲閣」企画展示室」において、
”華の舞”
熱海芸妓展オープンセレモニーが行われ、
小生も出席した。
この芸妓展は、
大正年間から、
現在までの
熱海芸妓の歴史を刻む、
写真展に加え、
(昭和14年、熱海の砂浜で舞う芸者衆)

(昭和28年現熱海市観光会館に揃う芸妓衆)

”松千代”姉さん秘蔵の
(写真左千代松さんと大野商工会議所会頭)

芸妓衣装や鬘、
三味線に至るまで、
芸妓文化形式美の一端も展示されている。
さて、
熱海の芸妓衆だが、
今では、
熱海文化として、
イベントには欠かせない、
存在となっており、
今年だけでも、
小生が関連した、
熱海復興イベント、
「熱海元気ですよ」は、
熱海芸妓衆を
メインに企画されたもので、
正月三が日の、
新春持ちつき大会、
四月は、
べにほっぺ(静岡名産イチゴ)プレゼント、
五月の、
熱海で元気で阿波踊り、
八月には、
パワーオブアタミックス、
十二月に予定している、
クリスマスイルミネーション、
”アタナリア”と、
ザット年間、
5回のイベントの”主役”を飾って頂いた。
これまで、
熱海温泉を代表する、
酒席、宴席の
”華”として、
根底から支えてきた
芸者さんの数は、
最盛期には、
1,500人が在住し、
市内経済を押し上げていたのだが、
バブル崩壊や
コンパニオンの台頭など、
環境の変化に押し流されるように、
現在では、
280人にまで激減している。
理由は、
仕事がなく、
熱海では、
食べて行けず、
廃業や転居を強いられたからだ。
ここ15年来、
基幹産業の様相も一変し、
宿泊施設の休廃業や倒産、
顧客ニーズの変化による、
大幅な収入減の一方で、
旧態依然とした、
置屋と見番、
一対の組織構造による
シバリなど、
芸妓世界の厳しさも壁となり、
人材難が続いている。
また、
熱海市からは、
文化だ華だと
”ヨイショ”され、
多くのイベントに担ぎ出される割には、
報酬はすずめの涙で、(助成金も含めて)
着物、鬘等、
様式美を整える経費にもならず、
”文化”を強いるなら、
芸者存続への施策が先だ。と、
関係者の間では、
厳しい意見も多い。
また、
今後更なる、
宿泊施設の廃業も噂されるなか、
”文化”で食べて行けるのか、
斉藤市政の
観光行政の目玉(?)となるはずの、
「観光戦略室」が、
列記した
芸妓さんたちの事情を把握し、
”生活権確立”を視野に、
どのような施策を打ち出すのか。
タクシー業界からは、
~芸者さんは、美容院やタクシー業界、
着物業界を支えてくれるが、
コンパニオンさんは、
市内在住者は少なく、
ヘアーセットは各自が、
車は、
ワンボックスカーを利用するので、
市内経済への貢献は少ない~
という声もあり、
小生としても、
来年以降も、
「熱海元気ですよ」イベントを通じて、
「熱海芸妓衆」が、
熱海伝統文化継承の
試金石となるよう、
出来る限りの努力をするつもりである。
投稿者 村山 憲三 : 19:22 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月19日
三年坂「幸太郎」ラーメンからの贈り物
今朝、
ミニバイクで。
散歩に向う途中に
高橋弘会長(日本ジャンボー・万葉倶楽部会長)から、
携帯に、
留守録が入っていた。
用件は、
「沢竜二」さんの、
全国座長大会へのお誘いだった。
加齢と共に、
芸能界への興味も増し、
「万葉音頭」を作詞し、
全国の施設にて、
BGMが流されているのは、
ご案内の通りである。
沢さんには、
一昨年、
小生が”紹介”して以来の
再会ということで、
「熱海観光会館」での、
旅役者の公演を通して、
全国の万葉倶楽部、
7施設でも、
ミニ芝居が開演できれば幸いで、
午後3時30分に、
熱海市役所にて待ち合わせることにした。
今日から、
沢竜二さんをキーワードにした、
”縁”結びについて、
語るつもりだったのだが、
今日明日は、
和歌山の
「幸太郎」ラーメンに関する情報を、
アップさせて頂く。
さて、
先日、
和歌山市内の人気店、
備長炭ラーメン「幸太郎」から、
試食用のラーメン
20食が送られてきた。
今月3日のブログでも、
ご紹介したが、
ここの「ラーメン」は、
信じられないような”効果”を
売りにしていた。
それは、
”ダイエット”や
”デドックス”作用があると、
地元「わかやま新報」には、
谷奥幸太郎社長自ら、
一日一食、
90日間”ラーメン”を食べ続けて、
なんと~っ、
驚くなかれ!!
3ヶ月で23キロの減量に成功した。と、書かれていた。
ラーメンを食べ続けて痩せるなど、
眉に唾つけ、
耳にセンして聞くところだが、
実は、
ダイエット、デドックス効果への、
シッカリとした、
”裏づけ”があったのである。
”痩せた”、
ラーメンの秘密を探ると、
(別に探らなくても、店のチラシに書いてあった)
「ヘルシーチャコール」という、
薬用炭より品質の高い、
地元、
”紀州備長炭”の微粉末を
特殊加工した食用炭を
練りこんだ麺にあるようで、
これを食することによって、
体内の余分な脂肪分、
糖分、
有害物質が根こそぎ、
吸着・排出されることによって、
無理なく体重を落とせる。と、まっ、こういう説明である。

小生も、
健康オタッキーの一人として、
紹介していただいた、
松本哲治氏(タックワールド)と、
備長炭系ラーメン2杯と、

地元「和歌山」系ラーメンを3杯お代わりしたが、

”痩せた”とは感じなかったが、
”腹が膨れたまま”、
体重が増えたという事実もなかった。
では、
もう少し、
備長炭ラーメンについて、
ラーメンに冠する薀蓄が豊富で、
味に妥協は許さないと、
”自己申告”する、
パソコン110番の、
土沢氏に試食して頂き、
和歌山、
三年坂「幸太郎」ラーメンの、
熱海進出が可能かどうか、
先ずは、お試し頂いた。
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 12:08 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月18日
ヤブ睨み!。斉藤市長の自己採点。
昨日の地元紙には、
斉藤市長が
就任一周年”記者会見”の模様が
掲載されていた。
翻ってみれば、
昨年9月に初当選して以来、
財政危機宣言を皮切りに、
熱海改革元年を掲げ、
情報公開や
行財政改革を公約に、
市政運営に着手、
「退職金の廃止」(自身副市長)、
「市長交際費の公開」など、
歳出抑制を図ってきた。
ただ、
就任当初、
斬新さで注目された、
”土日開庁”の
行政コンビニ開設は棚上げ状態で、
もう一方の、
観光振興策が期待された、
「観光戦略室の配置」に至っては、
初っ端から、
委員委嘱問題が
表面化し、
もつれにもつれたあげく、
当事者との間で
交わされた、
”市長の自宅”での、
”個人情報”に関する内容が、
漏洩するなど、
いまだ、
事態は泥沼の様相のまま。
この委嘱問題が、
法廷闘争に発展する
可能性も懸念され、
市長擁護派の、
議会関係者からも、
対応の拙さも指摘されている。
9月議会までは、
是々非々ながらも、
斉藤市長に期待した、
小生としても、
ここ一番、
スタートから躓いた、
「戦略室」そのものを
リセットすることで、
”時間のロス”や、
”災いの根”を断ち切る、
決断力を求めたい。
また、
地元紙によれば、
住民に恩恵のある
まちづくりを推進したいと、
今後の課題を、
観光重視から、
住民重視に転換する決意を見せたものの、
理想を掲げただけの、
空論の感が否めず、
オフには
人影疎らで”青テント”が点在する
サンビーチの通年活用や、

かつての、
夜の繁華街「中央町」の、
再生案も見出せず、


依然として、
歳入の根幹に関わる、
市税の増収が見込めず、
観光依存脱却への
具体的な政策が、
全く示されず、
今後も、
八方塞の中での、
市政運営を強いられ、
人件費大幅削減や
巨額滞納整理など、
”財政危機”の病巣摘出できずして
”自己満足して”ど~するの?と、
斉藤市長の英断を
期待をする
市民の一人としては、
敢えて、
苦言を呈したい。
そういう”お前”に、
策でもあるのか?との、
ご指摘には、
裁量権のない、
市会議員の一人としてだが、
12月議会で
梅園の有料化と通年開園、
中央町や渚町の活性化など、
今あるものを見直して
その具体的再生案の提言や、
新に、
進出へのハードルは高いが、
外資ホテル誘致への可能性についてなど、
職員削減や雇用、
市税増収を視野に入れた、
具体的な再生案を提示し、
当局の見解を求める予定である。
投稿者 村山 憲三 : 19:16 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月17日
旅役者「沢竜二」の熱海公演!
朝早く、
熱海市内の有志が集まる
月一親睦会の一つ、
「佐口会」の会長、
佐口静男氏の車で、
函南町六本松へと向う。
佐口氏は、
熱海市の認定”11”農家の一軒で、
作付け農地は、
熱海市内だけに留まらず、
隣町の”函南町”にも、
約一町四反部(4,200坪)所有しており、
以前は、
”牛餌用”で生計を立てていたが、
20年ほど前から、
”レタス”、”胡瓜”などに転用し、
現在に至っている。
その「佐口」農園に、
咲見町の自宅から、
愛犬ふ~を伴い、
約20分掛けて到着した。


ここに来た目的は、
熱海市の
”農業振興”を視野に入れた、
この地域初の、
”新規作付け”品目を、
この眼で確認し、
デジカメとビデオで、
撮影することにあったが、
詳細については、
来月早々に報告したい。
では、
時間を戻して話そう。
昨日の午後、
役所のエレベーターに乗ると、
”見知らぬ”男女から、
~ありがとうございました~と、
声を掛けられた。
小生、
怪訝そうな顔をしていたのか、
~海釣り施設を管理している者です~と、
相手側から、
身分を明かして頂いた。
それでも、
”はぁ~っ”と
首を下げると、
小生のブログを見たといい、
駐車場開放についての
意見をお聞きして、
あ~、
なるほど、と、理解する。
その会話の中で、
10月13日に掲載した、
写真紹介で、
”シルバー人材センターの・・・”と記した、
写真説明の、
誤記を指摘されたことで、
早速、
駐車場(海釣り施設)開放に、
協力していただいた、
「長津」みどり農水課長に、
問い合わせたところ、
海釣り施設の
清掃やつりマナー指導等を含め、
「シーウェイブ」という、
NPO法人に委託しており、
エレベータのお二人は、
施設を管理している、
「YASUDA]さんご夫妻だったのである。

早速訂正しつつ、
今日は、
佐口農園に続いて、
観光会館で開催される、
全国座長大会に関して、
関連する”縁交”(えんこう)についてまで、
”長々”と、
語らせていただく。
・・・・・・・・
自らを”旅芸人”と名乗り、
大衆演劇を、
メジャーに育て上げた感のある、
旅役者といえば、
「沢竜二」をおいて
他に見当たらない。
それもそのはず、
初舞台が4歳で、
16歳の若さで座長となったのち、
映画・テレビにも進出し、
存在感ある
準主役として活躍してきた。
特に海外公演にも熱心で、
これまでにも、
ブロードウェイにも進出し、
日本の大衆演劇を広めてきた。
その「沢」さんだが、
地元紙で既報の通り、
明々後日19日(金)と、
20日(土)の二日日間、
「熱海市観光会館」にて、
沢竜の
旅役者 「全国座長大会」が、
開催される。
小生と沢さんだが、
2年前にも触れているが、
不思議な”縁”で繋がっており、
「全国座長大会」が
熱海で開催されることから、
これまでと
”重複”する場面もあるが、
改めて振り返ってみることにしたい。
その「沢」さんから、
熱海公演に先駆けて配送されてきた、
あいさつ文から、
先ず、
ご紹介したい。
~~~~~~
秋便り 沢竜二

台風と共に、
暑かった夏と別れ、
いよいよ
観光、お芝居のシーズン”秋”、
みなさん、
風や暑さ大丈夫でしたか。
11月のニューヨーク、
ブロードウエィ長期公演の前の
20年ぶりの熱海公演です。
20年前、
ニューフジヤ(ホテル)の
シアター麗峰(キャパ1,000人)の大舞台で、
半年の間、
55名のショーダンサーや、
剣友会を使い、
相手役に、
あの、
大江美智子さんを(★)頼んで演った。
現在までのところ、
沢竜二にとって、
忘れられない大イベント。
現在の海外公演も、
あの時があればこそでした。
その熱海での公演、はり切っています。
10月19日20日二日間です。
そして21日は「花火大会です」
ホテル等も便宜を図ります。
ご一報の上、
お誘いのうえお越しください。
申し込みは、
沢竜二事務所 03-3367-3336
~~~~~~~
投稿者 村山 憲三 : 13:44 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月16日
町内(咲見町)の敬老会へ出席
今朝は、
午前11時10分キッカリに、
咲見町、
「医王寺」本堂に入った。
寺の本堂に出向いたが、
不幸が有った訳ではない。
小生が居住する、
町内会の敬老大会に
来賓の一人として、
出席したのである。
熱海市内で、
医王寺といえば、
”高田定信”さんとイメージされるほど、
住職の存在は大きく、

社会福祉協議会長としても、
市民からの
信頼度は厚く、
貢献度は計り知れない。
その住職だが、
昭和3年3月10日生まれというから、
今年80歳の大台を越している。
だが、
年齢から斟酌すれば、
高齢だが、
何のナンノ、
自身の本堂を解放して、
”敬老大会”顧問として、
挨拶に立ち、
軽妙洒脱なジョークを交え、
約60人以上集まった
関係者を前に、
”笑い”を振りまき、
自ら、
元気横溢な姿で、
健在ぶりを見せつけた
小生にもマイクが回り、
高田住職の活躍に触れ、
「パワーオブアタミックス」では、
”高田”社会福祉協議会長が
協力して頂いたお陰で、
イベントが成功裏に終わった。
住職自身、
長時間会場に立会い、
野外コンサートを通して、
現代の若者の、
音楽事情の一端を
現場で体験して頂くという、
炎天下での、
”高田パワー”を、
ヨイショしながら、
持ち上げさせて頂き、
(笑いは心のビタミン剤)を基本に、
未病・予防に心がけて、
何時までも元気でいて下さい。と、
お祝いの言葉として、
大川町内会長や
滝野婦人部長にお礼を述べて、
会場を後にした。


これまでは、
20年以上ここに(咲見町)
住んでいても、
自営業の方々が多いこともあり、
時間の接点もかみ合わず、
開襟して、
打ち解けて話し合う機会も少なく、
ごく限られた、
近所付き合いに
終始していた感が強かったが、
どういうわけか、
一昨年辺りから、
敬老会に出席し、
皆さんと接する内に、
親近感が強まってきたのである。
考えてみれば、
小生も齢60を過ぎ、
敬老会の方々とも、
年齢的に、
身近な存在となってきたからか。と、
少々、
複雑な気持ちも過る。
さて、
咲見町「敬老会」を
”和敬会”と呼称するのだが、
最高齢は、
「飯塚さつ」さんで、
飯塚さんは、
大正3年、
つまり”1914年”の、
第一次世界大戦が
勃発した年に生まれており、
既に93歳を越している。
そのほか、
大正生まれの高齢者が19人と、
一番若い、
昭和12年3月2日生まれの
濱口久子さんまで、
計75人が
名簿に名を連ねており、
これまで、
熱海の発展に寄与されてきた、
敬老会の皆さん方に、
来年には、
市の再生に、
”明るき兆し”をご報告したいものである。
投稿者 村山 憲三 : 19:27 | コメント (2) | トラックバック
2007年10月15日
東京出張3連チャン”あれもこれも”
先日の、
東京3連出張の際、
横浜駅から、
「センター北」(港北区)へ
地下鉄を利用したのだが、
銀座から目的地までは、
地図で計れば、
僅かな距離でも、
電車の乗り継ぎでは、
一時間以上もの時間を費やしてしまい、
「熱海」という、
立地に住む”幸せ”が
漠然と浮かびつつ、
ここで、
元”クリスタルキング”のボーカル、
「田中雅之」(昌之)さんの、

スケジュール管理会社、
「カビーナ・ジャパン」の、
「加藤木槙優翠」(かとうぎまゆみ)さんと
待ち合わせをする。
この日は、
松本氏(タックワールド)の出身地、
長崎県佐世保市に住む、
親友の紹介で、
加藤木さんと
お会いすることになったのだが、
目的は、
今夏、
熱海市観光港「芝生広場」で
3日間連続開催した、
”アタミックス07”を
2日間に亘って、
現場に立ち会った「松本」氏が、
タワーレコード在籍の知人や
佐世保市に住む親友等と相談し、
同じ九州出身の
田中さん(佐賀県伊万里市)を軸に、
故郷佐世保市で、
チャリティーコンサート出来ないかとの、
想いを受けて、
”地下鉄”に乗ったのである。
(曽田スペースキューブ代表と松本氏、加藤木さん)

最近は便利なことに、
初対面の方でも、
法人なり組織の概要が、
インターネットを通じて入手できるので、
加藤木さんとも、
お互い、
違和感なくスムースに会話が弾み、
松本氏の願望や、
実現に向けての、
ギャランティやその他、
知りたい限りの情報が聞けたようだ。
話しは前後するが、
田中雅之さんに関して、
加藤木さんから頂戴した、
プロフィールを参考に、
情報をお届けすると、
クリスタルキングの元ボーカルで、
1975年に
クリスタルキングに参加。
~あ~あ~っ、はてしない。夢を追いかけて~ぇぇ~、と
超高音のフレーズが、
未だ耳に焼きつく、
デビュー曲『大都会』が
150万枚のメガヒットに。
その後、
メンバーとの音楽性について、
いろいろあって、
10年後に脱退。
その後、
一時復帰していたこともあるが、
1998年、
ポッカコーヒーのCMで再ブレイク。
同年「ウルトラマンガイア」主題歌を、
2000年には
「仮面ライダークウガ」主題歌を担当した。
2004年に
昌之から雅之に改名、
現在は、
ゲームセンターでは
人気ゲーム「バトルギア」の主題歌が、
パチンコ”スロット”
「北斗の拳」では、
1984年に、
クリキン時代にレコーディングされた、
「愛をとりもどせ」が、
2004年と2005年の
年間着メロダウンロード上位3位を獲得するなど、
プレステ「塊魂」のメイン主題歌を歌い、
ロングランヒット商品となっている。
”松田聖子”似の、
加藤木さんとは、
意気投合し、
田中スペシャルの
CDを頂いた上に、
「センター駅北」から、
彼女が運転する車で、
「原宿」まで送って頂いたのだが、
車中でも、
「田中雅之」さんの
歌の”メッセージ性”についてや、
インパクトある歌声で、
人の心を掴める、
数少ないアーチストであるなど、
CDを聞きながら、
思いの丈を知らされる。
また、
実現性には、
スポンサーなども含め、
幾多の壁が予測されるが、
田中さんと、
ジョー山中さんが、
お互いの音楽性を尊重しあいながら、
いいお付き合いをしているとも、
聞かされて、
小生や、
伊豆山の島さんを通じて、
高橋幸雄市議と繋がる、
ジョーさんと、
田中さんで、
台風9号の被害甚大な、
「熱海市観光港」
復旧チャリティコンサートを、
何故か、
「熱海市観光会館」で
開催できないかなど、
熱海市活性化へ
お二人の経験も併せ、
音楽を通じて、
”生き残り”
”再生”をキーワードにした、
”ヒント”や”ひらめき”が
交互にわく
”有意義”な出会いとなった。
投稿者 村山 憲三 : 20:08 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月14日
熱海市東部地区体育祭へ
今朝の熱海は、
昨日とは、
うって変わっての
空模様となり、
曇天の
肌寒さを感ずる陽気だった。
今朝は、
小生が居住する町内会、
「咲見町」を含む、
熱海駅を中心とした、
東部地区の”運動会”(体育祭)が、
午前9時30分より、
「桃山小学校」において開催された。
この東部地区は、
観光産業に従事する、
”商売屋”の方々も多く、
祭日は多忙を極めることから、
参加者を多く募ることは
中々困難だと思われていたのだが、
開会前から、
約200人近い
関係者の皆さんが集まっていた。
第44回となる、
大会会長は、
田原町町内会長の加藤明さん。

加藤さんは、
熱海市役所のOBで、
退職後も、
地域の育成に情熱を捧げて来た方で、
今体育祭の
旗振り役として挨拶に立った。
順次、
大会スローガンである、
「笑顔いっぱい!心ひとつに!みんなの輪!」に沿って、
昨年の優勝旗返還や、
選手宣誓の後、

来賓を代表して、
「藤池忠夫」熱海市教育長が、
~怪我をしないようにして、
相互のコミュニケーションを図ってください~と、
マイクの前に立ち、
”ラジオ体操第一”で、
参加者全員が体を解し、
小学校1~6年生を対象とした、
「桃山の関所破り」のプログラムから、
体育祭はスタートした。

小生は、
この関所破りに声援を送ったあと、
選手として協力していないこともあり、
16日に、
「医王寺」で開催される、
町内の敬老大会では、
今日の分とあわせて、
”貢献”させて頂くことで、
地元、
「咲見町」のブースに寄らずに、
桃山小学校の
運動場を離れたのである。
会場では、
駅前の
「原青果店」(駅弁東華軒の野菜納品)のご主人と
久しぶりに”談が取れ”、
前から聞こうと思っていた事だが、
「熱海交通」
「泉都タクシー」と
熱海を代表するタクシー会社2社と
原青果店経営者の名前が、
”同じ”原性だがと、
訪ねると、
伊豆山の「原」一族であり、
お祖父さん同士が兄弟だということで、
正に
濃い血縁で結ばれた、
熱海市の
系図と併せ、
業界内で見せる、
結束力を
改めて知ることが出来たのである。
さて、
昨日まで、
東京3連出張で入手した、
”ビジネス”等の
ウオッチング情報は、
明日にするが、
ただ一点、
「新幹線」車内に、
”任天堂”DSソフトの、
新製品発売の広告が目を引き、
これに関して一言。
ニンテンド~DSは、
小生も購入して、
大阪への出張など
主に”新幹線”往復時に
活用している「DS]だが、
目ちからトレーニングなどの
オトナもハマる、
ユニークなソフトに続いて、
ミステリー作家、
「西村京太郎」氏の作品が
新しく”DSソフト”として発売された。
タイトルには、
「京都」の次に、
熱海の文字が、
並べられており、
このDSソフトCMから、
新しい広告媒体としての、
影響力と
今後の展開について、
”ビビッ”と電気が走ったのだが、
現況の
「熱海市」には、
残念ながら、
充電した、
アイデァの受け皿がないのである。
昨今、
赤字財政、
緊縮財政の名の下、
歳出の大半を占める、
職員人件費削減や
巨額滞納整理も遅々として進まず、
ただ単に、
本来の
市民サービスを、
切り詰めることでしか、
再建団体転落阻止の道はないようで、
先細りの
観光戦略を前に、
この連休も、
全般的に見れば、
不入りに泣いた
「熱海温泉」だったようである。
投稿者 村山 憲三 : 19:12 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月13日
熱海観光港”海釣り施設駐車場”今日、開放!
ここ数日、
特集してきた、
「熱海市観光港」
”海釣り施設”駐車場問題だが、
やっと、
今日から
開放された。
(午前9時前には、駐車場には約30台以上の車があった)

(県と熱海市による注意書き)

(駐車場を管理するNPO法人シーウエーブの皆さん)

(岸壁には7~80人の釣人が)

これまでの経緯を
重複して恐縮だが
説明させていただくと、、
台風9号の影響で、
岸壁を含め、
芝生広場の大半が
壊滅的打撃を受けた。
県と市による、
改修工事が急ピッチで進められ、
それと同時に、
海釣り施設駐車場が、
閉鎖されていたが、
ここの場所を”愛する”
熱海市内外の、
利用者にとっては、
台風一過の爪痕もなんのその、
翌日には、
観光港周辺には、
車で乗り入れる人たちが
多勢、
様子見しつつ、
車で乗り入れ、
釣り糸を垂れたり、
ウオーキングする人や、
愛犬家で、
何時も通りの風景をつくっていた。
しかし、
市営駐車場が満杯となる、
日、祭日等には、
路上駐車を余儀なくされ、
県土木事務所や
周辺ホテルとの間で
トラブッていたのだが、
利用者の
苦情に押し切られる形で、
今日から、
開放に踏み切った。と、いう経緯である。
これまで、
釣り人や
愛犬家はもとより、
ウオーキングにジョギングと
熱海観光港の
”空気”に
癒しを求めながらも、
路上駐車を
余儀なくされてきた、
来遊者にとっては、
やっと、
”駐車違反”の
呪縛から開放されるものの、
ただ、
ここで生じた”アクシデント”は、
あくまで、
”自己責任”が基本である。
ルールを遵守して、
当局の誠意ある、
”駐車場開放”を
有効利用して頂くことを、
責任者の一人としても、
心からお願い申し上げて、
一件落着としたい。



さて、
昨日も、
「東京」出張し、
午後1時30分には、
銀座6丁目にある、
「ダビンチ・リアルティ」を、
東急グループをクライアントとする、
広告代理店「ナプス」の、
眞野喜之社長とご一緒に訪問し、
依頼のあった案件についての、
打ち合わせをする。


内容については、
結果が
表面化されるまで、
口外できないが、
事業内容にある、
”ホテルマネジメント”をキーワードに、
ご推察頂ければ幸いである。
という、
思わせぶりで、
引っ張った後は、
東京駅から、
東海道線に乗り換えて、
「横浜駅」へと向かったのだが・・。
(つづく)
投稿者 村山 憲三 : 10:41 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月12日
[熱海観光港駐車場問題」を質す
今日も、
これから「東京」である。
夕べは、
渋谷駅側のホテルに、
泊まる予定だったが、
午後8時少し前の、
「こだま」に乗って帰ってきた。
東京駅で、
別件を済ませた後、
松本哲治氏(タックワールド)を誘い、
山手線「池袋」から、
東武東上線に乗車して、
「常盤台駅」で待つ、
飯田電子設計株式会社
飯田会長と合流、
飯田電子が事業展開する、
AEDを
(自動対外式除細動器)
地元板橋区の、
公共施設に設置してある、
”板橋中央図書館”を視察し、
その後で、
近くに所在する、
「飯田電子設計」本社を訪問する。

詳細と、
AED設置導入の、
イロハについては、
近々ご報告するとして、
夕方から夜にかけては、
松本氏の、
東京オフィス(恵比寿)での
面接や、
その後の親睦会に
お付き合いする予定だったが、
明日の
「ダビンチ」本社訪問は、
午後1時ということでもあり、
それまでには、
時間がタップリあり、
親睦会に
出させていただい
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