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2006年11月03日

大台突入記念日

小生、
今日で満60才となった。

一昔前なら、
赤いチャンチャンコを羽織り、
”孫”を膝に抱き、
還暦祝い、と、行きたいところだが、
どうも”ピン”とこない。


先月初旬には、
高校時代の同期会が、
札幌市郊外の、

定山渓温泉で開催され、
90人以上の仲間が一同に会し、
”還暦を祝った”ばかりだが、
参加者全員に、

”爺さま&婆さま”症候群が窺えず、

夫々がファッショナブルで、
生活臭を感じさせない、
エネルギーを発散させていたことや、

小生自身の野暮用の多さが幸してか、
感傷に浸る暇も余裕もないというのが、
正直な気持ちである。

とは言え今晩は、
家族揃ってのささやかではあったが、
心のこもった、
”還暦の祝い”が用意されていた。


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魚は”湊鮮魚”から刺身スペシャルが届き、
煮物は手作りで、
未だ断酒続行中のため、
手巻き寿司に日本茶という、
健康食一辺倒の誕生パーティとなった。


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川岸氏(ほのか会長)から届いた、
高価な胡蝶蘭の鉢植えを前に、
孫娘「歌奏」の、


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泣き笑い”はしゃぐ声”をBGMに、
久しぶりの楽しい一家団欒となった。


思えば、
昭和40年春の高卒を経て、
そのまま”熱海市民”となって
早42年の月日が流れたことになる。

その間、
熱海を軸に東京、名古屋、大阪在住の、
知人・恩人・友人の知遇を得て、

今日、
熱海市議会議員として、
立ち振る舞いできる
”チャンス”を与えて頂いたのも、

小生を信頼し事業を支えてきた、
家族やスタッフに負うところが多く、

前進することで立塞がった
幾多の”壁”を、
その都度乗り越えられ、

災いをリセットし、
”ツキ”に変換できる”コツ”を得たのも、

”信頼感”の構築による、
プラス思考の賜物だったと

”只管”、手巻きを口に運ぶ、
子どもたちを前に、

”オヤジ”の人生経験を押し付けたようだが、
聞いていたのかどうかは定かではない。

投稿者 村山 憲三 : 2006年11月03日 19:51


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