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2006年10月06日

喜多まこと氏”大阪府議選”に挑む!

昨日は、
「議会運営委員会」のあと、

外久保宏一氏(ほのか社長)と、
衆議院議員会館に足を運ぶ。

お会いした「衆議院議員」は、

鈴木宗男代議士。

前政権発足以降、
様々なパッシングや辛酸を舐めながらも、
潔白を訴え、
昨年の衆議院選で見事に返り咲いた、
わが故郷「北海道」の救世主。


ある閣僚の親戚筋のご紹介で、
面会が実現したのである。


熱海市内に”北海道人会”を作り、
親睦を図り、
ぞれぞれの人脈を広げ、
熱海市の再生に立ち上がりたい。

外久保氏は、

月一開催される、
”ほのか杯チャリティーゴルフ”で、
今後の抱負として、
参加者に呼びかけていた。

ペナルティを集め、
社会福祉協議会への、
寄付を続けてきたことや、

基幹産業が一致団結して、
活性化へ足並みを揃えるためにも、

北海道関係者が集まり、

親睦を通じて情報交換や、
雇用促進などに協力していきたいとの、
希望の延長線上に、

北海道を代表する政治家の、
お知恵拝借という願望が実現した。


・・・・・・・・・


さて、


「DR喜多」のご子息、


喜多まことさんも、

6年前に「国政」にチャレンジし、
惜敗した経験を持つ。

捲土重来を期し、


現在、
民主党大阪第18区
総支部副支部長、
府民運動委員長を務め、

来年の”大阪府議選”に立候補を表明し、
本拠地の、

「岸和田市」を中心に、
選挙活動に入っているので、


関西の友人を対象に、
”まこと”さんのプロフィールをご紹介したい。


喜多まことさんは、

1973年(昭和48年)、
「DR喜多」(喜多薫氏)と、
母・洋子さんの三児として、
岸和田市で誕生。

12歳まで岸和田で育ち、
堺市の中学校を経て、

高校・大学と米国で就学。
フレンドリー大学理学部を卒業、

帰国後「慶応大学大学院法学研究科」の、
履修生として法律学や政治学を学び、


今から6年前に、
第42回衆議院選挙に、
大阪18区から立候補したのである。

民主党から立候補、
64,259票を獲得したものの、
次点に泣いたのだが、

岸和田市での得票は、
23,178票の高得点だった。

s-200690240.jpg

選挙後、
岸和田市を離れ、
(株)ワタミに就職し、

昨年「岸和田市」に戻り、
地域密着医療の現場に復帰、

「喜多鍼灸マッサージ院事務長」、
NPO南大阪地域福祉総合研究所理事、
(社)岸和田青年会議所などに所属している。


今回の府議選挑戦も、

民主党公認として出馬、

一部の強者や官僚のみが潤うー

そんな社会の富の格差に憤りを覚え、
地域医療の現場から、
お年寄りが安心して暮らせる社会、

子供たちの将来を憂い、

国の主導では任せられない、
地域から日本を変えるんだ、との、
志をもってチャレンジしたという。

    (高野山からの帰り道、”いろは寿司”の板さんご夫妻と名物”鮎寿司)


s-CIMG107622.jpg s-CIMG108533.jpg

  (鮎寿司)            (DR喜多とまことさん)

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                     s-200610044009.jpg


まことさんに、

小沢一郎民主党代表からは、


「私が初当選したのは、
27歳のときでした。若くして、
政界に挑戦したから今の自分があると思います。

喜多君の国際感覚や、
医療・福祉現場での経験を

府政で活かし、

ぜひ泉州地域から、
日本再生への提言を発信していただきたい、と、


こんな応援の言葉を頂いている。

喜多まことさんの”マニフェスト”は、

1)子どもの借金を残さない。
2)子どもたちにみどりと生命を残す。
3)子どもたちに元気な学校を残す。
4)子どもたちに「助け合い」を残す。
5)子どもたちに岸和田の絆を残す。

ムダづかいをしない
もったいないことを絶対しない

「今さえ良ければ」「自分さえ良ければ」
そんな風潮を一掃し、
子どもたちに胸を張って残せるものを
コツコツと創っていく

そんな議員をめざします。と、

だんじりとお城の町「岸和田」を守ってきた、
家族の絆・地域の絆を強調している。


小生は何度か会っているのだが、
芯の強い、
初志貫徹型の青年で、
地域の介護力・地域の教育力を再生し、

それが安全・安心の町への近道だと、
政治信条を熱く語ってくれた。


若干27歳で衆議院選に出馬するという、
決断力の強さを見せつけ、
敗れたとは言え、

地方から(大阪)から、
日本を変えたいとする、
再チャレンジ精神に燃える、
好青年である。


府議”喜多まこと”誕生へ、

近隣の友人を募り、
日時が許されるなら、
街宣車に乗ってでも応援したくなる、
将来に可能性を秘めた人物である。

投稿者 村山 憲三 : 2006年10月06日 11:06


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