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2006年07月06日

DR喜夛の健康手帳(11)

先日「熱海後楽園」
オープン当時の同期生の、
三辺取締役から朝の散歩の途中に電話が入った。

同期生の訃報だった。

記憶では、昭和39年、
母校「釧路湖陵高校」での
採用試験から、

配属が決まる、
昭和40年オープン時まで、
”銀山寮”時代を含め、
気脈を通じていた仲間だった、

「田甫幸雄」氏が、

心筋梗塞で突然死したと言う。

同期生と結婚して、
奥方の実家である「名古屋」市内の、
電気工事店に入社、

去年40年ぶりで開催された、
全国に散っていた
同期生の親睦会「あすなろ会」では、
当時とは少しも変わらぬ、

真っ黒でふさふさした頭髪をさし、
ーお前はいつまでも若いな~-と、
飲み明かしたばかりだった。

三辺取締役は、
今年も”7月5日”に、
ホテルに予約を取り再会する予定だったと、
悲痛な声で通夜の日取りを告げたのだが、


残念ながら予定が詰まっており、
「通夜」には出席できず、
香典を依頼した。


その際「三辺取締役」から、
元気に見えた外見の割りに、
心臓に爆弾を抱えており、
ゴルフなど過激な運動を控えるように、
医者から注意を受け、
薬も話さず携行していたという。

それにしても、
外見からは持病を抱えていた様子は、
微塵も感じられなかったのだが・・・・。

ー冥福を祈るー


さて、今日は久しぶりの”議員ゴルフ”が、
西熱海ゴルフ場で行われ、

夕方からは、
大阪から「KAZUKI]が
サンケイ出版の担当者を伴い、
打ち合わせのため、来熱する。

そのあとは、
6月定例会終了の
議員勉強会”11会”の打ち上げに重なり、

月一親睦会「アキンドたちの夕べ」が、
午後7時から開催されるため、
ブログは朝のうちにアップするために、
今日の出来事は明日以降ということにして、

好評の、
「DR喜多」の健康手帳を掲載する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


最後まで生きぬくために


がん患者の中には、
思いがけない死がやがて、
訪れるという事実を、

強い精神力で冷静に受け止め、
医療側の色々な、
情報を得た上で、

自分自身の治療を選択し、
周囲の人々に支えられながら、
困難と闘い、

なお生きるという、
誰にもできないような、

質の高い生活を送っている人がいる。

たとえいろいろな経験を積み、
優れたサポートのできる、

医療スタッフであっても、

患者自身に死と向かい合う、
強い精神力がなければ、

残された”生”への意欲を、

引き出すことはできない。

このような精神力は、
普段から、
時にはいつ訪れるかもしれない、

死を考え、

また一度しかない人生を考え、
たゆまぬ自己管理を継続した結果、
生じるものだと思う。

s-CIMG9875.jpg


だれでも、
与えられた平等な、
一日二十四時間を、

効率よく過ごし、
明日につないでいくためにも、
計画的に身体を鍛え、

高いレベルの肉体と、
精神力を養うべきである。

自分自身に、
どんな形で訪れるかもしれない、

死を冷静に見つめ、
立ち向かうことができるように、

わたしたちは、
常日頃から一日一日を、
大切に生きなければならない。

そうすることにより、
余命を有意義に生きぬくという、

大変困難な選択を、
下すことが出来るに違いない。


/////////////////

DR喜多(喜多薫)

1941年和歌山県生まれ。
68年和歌山県立医科大学卒業。
75年大阪岸和田にペインクリニック開業。

81年医療法人幸会喜多病院設立。
04年病院経営から撤退
05年「メディカルステーションきた」を設立、

予防医学を中心に、
「病気にならない体つくり」をテーマに奮闘中。


俳優「小林稔侍」さんは、
学生時代からの親友。

投稿者 村山 憲三 : 2006年07月06日 06:41


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