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2006年05月31日
熱海観光港の”居心地”
早いもので、
5月も今日で終わりだ。
明日からは”駐車中”の車に
運転手がいない場合、
チョークで印を付けたり、
一定時間後に違反標章を張るなどの、
猶予を一切認めず、
民間の駐車監視員や、
警官が、
違法駐車を最初に確認しただけで、
即”アウト”という、
厳しい取締りが強化される。
熱海は観光を生業としている。
熱海駅への送迎や、お土産物等の買い物にも、
待ったなしで”課金”されることで、
観光客や今後の車で来る宿泊客への販促に
どの程度の”悪影響”を及ぼすのか、
現在のところ、
想像すら出来ない状況である。
さて、取締りといえば、
ここも”何とかなりませんか”との、
関係者の声が聞こえてくる場所である。
そこは、熱海観光港埋立地。
熱海市和田浜南町と言えば、
熱海港(相模湾)に隣接し、
昼間は海を一望でき、
夜は夜景が素晴らしく、
”宿泊”するものの、心を
昼夜”W”(ダブル)で癒すと評判の地域である。
「熱海後楽園ホテル」や「秀花園」、
「ウオミサキホテル」、「サンミ倶楽部」、
「玉の湯ホテル」、「しろき」、「渚館」等の


有名ホテルが軒を連ねている。

観光港埋立地は、
公園は静岡県、
埋立地は熱海市と所有権が区分されている。
この地域は、
熱海市内外から”釣り”や”ウオーキング”、
各種”イベント”で多くの人たちの
憩いの場として利用されている。
だが、
以前から不法駐車や
ゴミの不法投棄が後を絶たず、
関係者の悩みの種となっていた。
小生が「愛犬ふ~」と、
午後の散歩でデジカメに収めたのが、
”静岡県土木事務所”が、
立ち退きの警告書を張り出した船着場や、
市有地に置き去りにされた
”車”と”見慣れぬ帆船”、
放置されたままの壊れた自転車、

さらに観光地の景観にそぐわない、
”自炊定着型テントハウス”が目立つ、
公園”の様子である。

熱海温泉の居心地の良さを、
ストレートに表す”裏の構図”とでもいうのか、

こうした状況が拡大すれば、
観光客へのイメージダウンを誘い、
拡大解釈すれば、
熱海市基幹産業の
”経済的波及効果”を
阻害する可能性も否定できない。
この”観光港”にも、
明日から施行される、
駐車監視員のような、
各行政担当者による
一定の配慮をお願いしたいものである。
2006年05月30日
貞方邦介セレブパーティー
5月30日(火)、
酒断ちして3日目。
酒断ちといっても、
明日の、
NHK青山荘で開催される、
日本映画テレビプロデューサー協会の、
総会と懇親会までなのだが、
今月26日までには、
場面と人の代わる数だけ
結構楽しく”飲っていた”。
前日の続きなのだが、
26日の夜も様々な出会いがあり、
充実したひと時を過ごさせていただいた。
この日は、
貞方邦介氏(アルカサバ社長)が主催する、
恒例のセレブパーティー が
”六本木ヒルズ”で開催された。
このパーティー”月に1度”、開催され、
今回で1周年を迎えたそうだ。
会場は例によって、
六本木ヒルズレジデンスB棟
42-43Fスカイラウンジ。
会費は、男性-10,000円
女性-5,000円で、
料理は、
各種オードブル、お寿司、
魚料理、肉料理、サラダ、サンドイッチ、デザートが、
飲み物は、
シャンパン・ビール・白ワイン・
赤ワイン・ウーロン茶・オレンジジュースが、
一定時間内はフリーで提供される。
毎回男女あわせ150人から200人近い
独立心の強い方々が各地方からも集い、
異業種交流会として定着している。
小生は既報の通り、
このパーティーには2次会から参加する。
宮川和男氏も、
ここ(六本木)は長年住み慣れたエリアだ。
貞方氏の「遊庵」が入居するビルの、
斜め後ろの公衆トイレの側の、
「平凡」ビルのオーナーは、
高校時代からの親友で、
池袋駅前でも貸しビル業を展開しており、
6月2日には、
宮川氏と共に、
この”オーナー”と面会する予定だ。
さて、
2次会にも、
貞方ファンは多勢駆け、
会場である「遊庵」は立錐の余地もないほどの、
大盛況だった。
2次会費は、
男性4,000円、
女性2,000円の飲み放題だが、
この夜の2次会は、
圧倒的に女性が多かった。

医学博士の「林幸枝」さんを始め、
フリーライターの「天野利花」さん。
女子大学秘書室の「吉永容子」さん、
その他「榊原亜矢子」さん、
IT関連”クロスオーバー”の「小川洋行」氏、
富士市で本格的中華料理店、
炒飯屋のオーナー、
「時田義久」氏、
小生の友人「三橋けん」氏、
K-1の試合が延期になった「バチコバ」、
「黒滝」、「請園」ちゃんの常連組みや、
銀座リュミニエリーナの、「阿部」ちゃんと「千葉」君、
宝石デザイナーの「村上」さん、
大阪の「井上」さん等、
その他多勢が駆けつけ、
2次会は”ゴッタがえす”大盛況だった。

また、メールによれば、
明日、
5/31(水)19:30より、
第1回貞方塾が開催されるとのことだ。
貞方邦介氏は、
インテリアデザイナー・
経営コンサルタントとしても活躍。
カリスマ社長として、
多くのTV・ラジオに出演する傍ら、
各地を講演で
飛びまわる毎日を送っている。
福岡から単身上京し、
家賃6万円のアパートから
大学在学中に会社を設立し、
マスコミに取り上げられ、
カリスマ社長と呼ばれる
今日までの、
16年間のノウハウを伝授するそうで、
題して、
『貞方塾』
起業して一年で成功する方法
対 象:起業したい人
起業を考えている人・
起業したばかりの人 等々…
日 時:2006年5月31日(水)
19:00~ 受付開始
19:30~ 講演開始(講演時間1時間20分)
場 所:CASSINA-IXC イベントホール SPAZIO2
会場案内はこちらからどうぞ
定 員:限定150名
会 費:10,000円
主 催:株式会社アルカサバ 講演受付
お問合せ:株式会社アルカサバ 講演受付
Phone.03-5424-0011
*事前のご予約が必要。
(先着順)
起業して一年で成功する方法を、
会得できるなら、
10,000円はタダみたいなもの。
小生も覗いて見たいのだが、
当日は、
NHK青山荘で、
日本映画テレビプロデューサー協会の、
懇親会に出席した後、
赤坂で別の会合があり、
時間が取れないので、
次回、出席し、
その成功のノウハウを、
このブログでご紹介できれば幸だ。
熱海を「モナコ」に変えると期待される男、
「貞方邦介」氏は現在、
全国から講演依頼が殺到しているといい、
小生が密かに思い描いていた、
次期「熱海市長」への期待は、
次回に持ち越しになる可能性が、
残念ながら強いのが、
”多忙で”旺盛な事業展開から、
垣間見える。
2006年05月29日
音楽事務所「ドリームステーションジャパン」
26日に遡るのだが、
渋谷にある、
音楽事務所、
ドリームステーションジャパンに、
出向いたのは、
社長の「宮川和男」所属アーチスト
「なかえいじ」さんの
新曲キャンペーンを、
曲名に因んだ”横浜”で何ヶ所か、
開催するための場所と
”ハコ”のキャパと日程に関する、
打ち合わせだった。
候補地の一つは、
何時でも”OK”が出ている、
横浜鶴見の「ブラジルレストラン」セグレードで、
大竹啓之オーナーとは、
既に引き合わせが済み、
現在は、
6~7月の日程調整だけとなっている。
本来であれば、
今夜(26日)の”貞方ヒルズパーティー”で、
お会いしするはずだったが、
「セグレード」が、
予約で満席のために、
パーティー欠席ということで、
6月の始めに「宮川」氏が”直”で、
打ち合わせていただくことに。
さて、
宮川氏は早稲田大学を出た後、
先日2夜連続で、
フジテレビで放映された、
”ザ・ヒットパレード”のモデル、
”渡辺プロダクション”に入社、
歌手「森進一」さんのマネージャーを経て独立。
多くのタレントを育て、
大阪「吉本興業」に所属し、
その後、
Vシネ製作に着手、
下記の写真にあるように、
「ヘブンズドア」、「私の骨」、「女帝」を始め、
週刊漫画原作ものをプロデュースしてきた。
現在では、
日本映画テレビプロデュサー協会、
「日本アカデミー賞協会」に所属しているが、
現在は原点である、
既存のタレントやアーチストのマネージメント、
新人の発掘を目指した、
”育成塾”の開校に向けて、
準備を進めており、
映画(Vシネ)製作を一時中断し、
前述の、
なかえいじ(元内山田洋とクールファイブ)、
さくらバンダ(元12単)を抱える
事務所の社長として奮闘している。
小生とは20年近い友人で、
大阪での再会や、
東京での共通の友人との出会いなど、
大阪の「松本哲治」氏(タックワールド)同様、
小生との接点を通じて、
その”ハプニング性”を楽しんでいる一人でもある。

5月10日ウイングジャパンから発売の、
「横浜」「東京レイン」は、
”なか”さんの作詞・作曲。

ちなみに、
”さくらBANDA”とは、
元「12単」というレディースバンドで、
総勢10人の女性で、
ブォーカル2名、トロンボーン、トランペット、
アルト&テナーサックス、ドラム、ベース、キーボードで、
編成される、
日本唯一の女性”バラスロックバンド”である。
午後8時まで、
宮川氏の事務所でダベり、
貞方パーティーの2次会場となる、
六本木交差点近くまで、
二人でタクシーに乗り、
少し時間があったので、
貞方氏の
割烹「遊庵」近くの、
赤提灯「たまちゃん」で軽く飲り、(写真上記)
2次会場に着いたのは、
午後9時30分を少し回っていた。
(つづく)
2006年05月28日
「熱海グランプリ歌謡祭」
2006年、
「熱海グランプリ歌謡祭」は、
5月28日の今日、
午前9時30分より
「熱海市観光会館」ホールにおいて開催された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日は、
午前11時から恒例の、
源頼朝ゆかりの
古跡で、
下松田町にある
「みそぎの滝」の神事に、
参列した後、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
午前11時40分に、
観光会館ホールへ。
この歌謡祭は、
”中野視郎”大会プロデューサーのもと、
審査委員長に、
作・編曲家「池多孝春」氏、
(主な作品に”与作””酒よ””白い海峡””河内おとこ節”他多数)
審査員には、
作曲家「小川ひろまさ」氏、
キングレコードディレクター「小泉裕一」氏、
中野視郎大会プロデューサー、
高木淳氏が。
司会はパイオニア企画の「中山實」氏が担当、
ゲスト歌手も、
「音羽しのぶ」(キングレコード)、
「横浜一郎」(キングレコード)、
「高瀬一郎」(トクマ)、ゆの町横丁、花と女、
沼倉直也(オリエント)、
桂凉子(ユニオン)(敬称略)と華やかで、
第一回「熱海グランプリ」の栄冠には、
横浜市の”高橋美保”さんが輝いている。
今回の大会は、
大阪、愛知、東京、神奈川、埼玉、静岡県下から、
各地区の代表が集い、
歌の祭典に相応しい内容となっている。
来賓として、
川口市長や、

熱海市議会から「加藤俊夫」議員に、
引き続き、
小生も招かれ挨拶する機会を得た。
タマタマ前日、
ホテル「KKR」で
サウナを利用した際、
”中野大会プロデュサー”が、
多くの出場者を、
ホテルフロントに
案内しているのを
偶然に見させていただいており、
小生は、

ー地方から参加する、
出場者やその関係者の方々の多くが、
前日或いは当日、
熱海市内の”ホテル”、”旅館”に
宿泊しており、
この”歌謡グランプリ大会”の、
波及効果は計り知れず、
こつこつと、
音楽を通じて人間の輪を広げ、
”ビッグイベント”に育て上げた、
中野プロデューサーに、
感謝の言葉を捧げ、
会場を埋めた観客や出場者の
”8割が女性”だったことから、
女性が多く参画するイベントの、
集客パワーを素直に礼賛し、
今後は、
グランプリに輝いた優勝者に、
池多先生を始めとする”プロ”の方々に、
「熱海の夜」(箱崎慎一郎歌)をしのぐ、
作品を作って頂きたい、
とお願いして、
挨拶に代えさせて頂いた。
言葉の中に括弧括りになるが、
当然、
こうして全国的規模で、
熱海市に集客するパワーには、
基幹産業を観光に求めるならば、
何らかの”公的助成”が不可欠であることも、
行間に込めたつもりである。
尚、この大会の主催と後援者を列記すると、
主催:A・M・Sエンターティメント・新日本歌謡連盟、
クラウン歌謡学院・佐川教室・パイオニア企画、
後援:歌の手帳・キングレコード・
熱海新聞・伊豆毎日新聞
AVCアートビジュアルセンター、
静岡県飲食業生活衛生同業組合、
熱海市社交組合・熱海料飲連合会、
熱海カラオケ愛好会
グランプリその他は後日。
2006年05月27日
慌しくも充実の一週間
26日(金)は、
午後から”渋谷”の、
「ドリームステーションジャパン」(宮川和男社長)の、
事務所を訪問して、
月一恒例の、
六本木ヒルズ”貞方パーティ”には、
二次会から参加することに。
ここに至るまでの、
22日(月)、
北海道から名古屋経由「熱海」着後、
昨日の地鎮祭まで、
様々の予定を駆け足でこなしている。
先ず、
5月24日(水)には、
春季恒例の「来宮神社」奉賛会旅行が、
午前6時30分神社から一泊二日行程で実施され、
その日の夕方から、
熱海料飲食組合連合会総会と
懇親会が「古屋旅館」で開催と、
スケジュールが重なり、
5月25日午前11時からは、
既報の通り、
(仮称)熱海Jプロジェクト21地鎮祭が挙行される。
そのどれもが小生に関連したイベントだが、
全てに参加することは困難で、
来宮神社「雨宮」宮司と小生は
奉賛会旅行(伊香保)と
地鎮祭が重なり、
伊香保で夕食した後、
熱海と伊香保をとんぼ返りすることに。
加藤登飲食組合長には事前に、
愚妻に懇親会への代理出席をお願いした。
北海道の連載が続いたため、
23日(火)、
松本哲治氏(タックワールド)の、
”熱海喰飲紀行”も、
併せて掲載したい。
宿泊先の
”サンミ倶楽部”には、
午後12時15分頃迎えに上がり、
昼食は、
小田原市江之浦にある、
本場”インドカリー”とナンの店、
Cote de SaRa(コート デ サラ)へ。
電話0465-29-1088
湯河原から、
国道135号線を旧道に入り、
10数分車で走ると、
黄色い建物が見える。
駐車場から2階のレストランに。
昼時とあってかほぼ満席。
ホール係りはサリーを着こなし、
料理人は本場インドの男性の手による、
本格的なインドレストランで、
チェーン店のようだが、
味や雰囲気は悪くない。
このインドレストランに連れてきたのは、
小生が加盟するブロバイダー、
”サイバーネット”の札埜社長。
メニュー選択は、
大阪喰飲B級ハンター”松本”氏に、
お任せすることに。
注文したのは、
ベジタブル、ホウレン草を含む3種のカリールーに、
”ナン”はガーリック、ホウレン草、コーン入り等を、
ほどほどの辛さで注文、
難波(大阪)のインディアンカレーも捨てがたいが、
ここの”カリーナン”も
格別の味と満足し、
この”サラ”を出た後、
湯河原町の、
「日本ジャンボー湯河原」本社へ。
小生のデジカメ、
電池を支えるバネの不具合で、
修理をメーカーに出していたのだが、
完了の電話が入り、
借りていた同型のモノと
交換するために立ち寄る。
帰りがけに”小磯店長”が、
店先のテントを支える”ハリ”に、
口を開けて餌を待つ”子ツバメ”を指す。
それを記念に撮り、
小生の中央町の事務所に戻り、
タックワールド関連の、
ホームページをチェック。

午後4時30分から、
東海岸町の”KKR”へ。
”KKR"ホテル7階にある、
温泉付きサウナで温泉癒しタイムは、
割引券付きお一人「1,000円」の、
格安サービスで、
松本氏、
熱海に来る楽しみの一つとなっている。
ここを一時間半で切り上げ、
小生のラーメン屋へ。
”銀座の駆け込み寺”、
小坂調査事務所(小坂調査会)の、
小坂社長が
”日本報道クラブ”関係者と、
市内ホテル宿泊するということで、
その合間に
小生に資料を届けるため”来店”。
予てより大筋で話していた、
松本氏を紹介し、
ネットを活用した調査活動について話し合い、
松本氏は24日の明日、
銀座一丁目にある、
「小坂調査事務所」を訪問することに。

小坂氏が帰った後、
午後8時、
”初玉”姉さんの登場だ。
大阪喰飲B級ハンター”松本氏”が、
熱海の芸妓衆の中から、
小生のブログを見て、
お座敷を”かけた”のである。
お座敷といっても、
ラーメン屋の奥のテーブルでは、
艶気がないが、
小生の後援会長、
”松尾光貴”氏(福島屋旅館)がそこに顔を見せ、
松本氏のクライアント、
「ほのか」の外久保社長が合流、
ワイワイがやがやと、
午前12時40分まで。
今日の朝(24日)は小生、
早朝6時20分に、
奉賛会旅行に小生と毎回同行する、
平石啓三郎氏(関東警備保障)が
”ビル”に迎に来ることになっているため、
早々に座を離れた。

「伊香保」への道中は、
車中で今年厄年の青年たちと、
”グイグイ”と、
日本酒やビールを飲り、
日頃の眠りの薄いのをカバーするかのように、
ホテルに着くまで、
一宮の「貫前神社」参拝すらパスし、
惰眠を貪ったのでした。
浴衣に着替え温泉に入った後は、
帰り支度をし宴会場へ。




午後7時45分頃、
予約してあったタクシーに乗り、
とんぼ返りで、
ホテルから高崎まで。
その後、
高崎から東北新幹線に乗車し、
午後10時10分発の
”こだま”で、
熱海駅に着き、
翌日、地鎮祭に出席し、
午後5時に、
奉賛会の皆さんが夕食する、
真鶴の、
そば懐石「季作久」に。

こうして、
今週も慌しく時間を割いて、
”ギリ”を果たした小生でした。
2006年05月26日
仮称「熱海Jプロジェクト21地鎮祭」
国道135号線から見上げた高さ、
約160メートルは、
熱海駅舎を遥かに越え、
熱海中学校と同一で、
静岡県内の高層マンションの中でも、
最長の高さといわれる、
(仮称)熱海Jプロジェクト21新築工事の、
地鎮祭が、
25日(木)の昨日、午前11時から、
熱海市東海岸町68番地2の
旧暖海荘跡地で行われ、
小生も参加した。

来宮神社「雨宮冶興」が祭主となり、
建築主の日本ジャンボー株式会社、
株式会社アローリゾートコーポレーション、
設計の株式会社前川建設事務所、
施工する株式会社竹中工務店ら、
関係者が多数参加した。
この事業は、
仮称「熱海Jプロジェクト21」と名づけられ、
鉄筋造一部鉄骨鉄筋コンクリート造、
地下5階、地上40階建ての、
定住型マンションで、
工期は、
平成18年5月25日から
平成21年8月31日までの約3年3ヶ月間。
定住型の超高層マンションの
総工費は約120億円で、
約100戸余りのマンションのほか、
店舗、飲食店を併設し低層階への観光客、
市民の出入りを規制しない、
歩道の空間、色調の協議、
その他構造上の耐震構造を免震に、
設計変更した場合や、
戸数増等の点でより具体化した時点で、
熱海市と改めて協定を結ぶことなど、
要請していくようだ。
なお、
東海岸町地区の同所は、
景観条例に基づく重要形成地区に指定されており、
景観ガイドラインで、
建築物の高さは60メートル以下の制限があるが、
(仮称)熱海プロジェクト21は、
景観条例が制定される前の、
平成14年に協定を済ませており対象外。


尚、販売は、
三菱地所住宅販売が担当する。
この後
”直会”が、
サンミ倶楽部別館で行われ、
高橋弘会長の挨拶で始まり、

挨拶に立った、
高橋弘会長は、
ー熱海で生まれ育った熱海市が、
このままで良いのだろうかと、
このプロジェクトを計画した。
市の指導・要望に従い背後地に配慮し、
熱海再生へのランドマークタワーにしたいーと熱く語った。

この後、
施工者「竹中工務店」長崎常務の挨拶の後、
暫し歓談となり、
最後は、
「竹中工務店」横浜支店「石渡鉄蔵」次長が締め
午後1時閉会となった。
施工が竹中工務店(スーパーゼネコン)、
販売が三菱住宅販売という
耐震偽装問題を払拭する、
安心と安全の代名詞のような
大手企業参加によるプロジェクトへの期待は大きく、
団塊世代を中心に、
着工前から関係者に対する
問い合わせは多いと言われ、
100年耐久の、
”定住型高層マンション”の完成によって、
熱海市はどのように再生していくのか、
多くの市民が期待を込めて見守っている。
2006年05月25日
上空からの富士山
22日(月)のスケジュールは、
ツアー組が午前8時30分から、
塘路湖でカヌー下りへと出発し、
小生は、
伊木(敬称略)と、厚岸町へ。
info.town.akkeshi.hokkaido.jp/pubsys/public/mu1/bin/index.rbz
釧路から片道約1時間少しの港町では、
丁度”牡蠣”のシーズン到来ということで、
”牡蠣”好きの二人が向ったのは、
厚岸漁業組合直営の卸しセンター。
お土産をここで発送し、
釧路へUターン。
昼飯は、
少し早かったのだが、
釧路ラーメンの喰止めということで、
愛国町の”仁”へ。
伊木は”たんめん大盛”
小生は”しょう油の大盛”を、
やはり”美味い”。
釧路空港での集合時間が、
午後14時ということで、
時間がタップリあり、
ー何所か行こうかーと
お誘いを受けたのだが、
3日間付きっ切りの伊木も、
釧路石炭の社長さんとして、
仕事も山積していることなので、
空港で下してもらう事に。
一行が集合する一時間ほどの間、
売店を一回りしたり、
椅子に座り休憩するなど時間を潰す。
予定時間に一行と落ち合い、
JAL3132便は定刻どおり、
釧路空港を離陸する。
(須藤さんと寺田さん)

空路の途中、
乗客乗務員さんから、
窓の外に、
富士山が見えると知らされる。
普段では余り見ることが出来ないという、
富士山の雄姿に、
思わずを手を合わせてしまい、

雄阿寒岳といい、
富士山といい”うまい具合”(グットタイミング)に、
デジカメに収めたことで、
”運気上昇”のキッカケになる予感も。

中部国際空港に近づくにつれ、
雲海が厚く広がり、
MD-90の機体がその上に、
クッキリと影を落とし、
16時35分には飛行場に着陸した。
寺田氏を含む一行に別れを告げ、
「須藤」さんと、
名鉄で名古屋駅へ。
午後5時45分に「大阪」から名古屋駅に着いた、
松本哲治氏(タックワールド)と待ち合わせ、
午後6時丁度の「こだま」に乗車、
熱海駅に着いたのは午後8時5分だった。
小生に店(Ya~Ya~屋)に直行、
軽く一杯飲っていたら、
エクザイルファンの、
国際観光専門学校生徒で、
市内のホテルで働きながら勉強しているという、
長崎県出身の「宮崎靖」君と、
佐賀県出身の「前田一」君がラーメンを食べに。

記念写真を撮った後、
暫くの間、
「離れの・・・宿ほのか」に続く、
ホームページ作成希望の、
熱海市のクライアント”ペットショップ”トップの、
太田社長を招き、
大まかな構想を話し合う。

その後12時30分過ぎに、
送ろうと表に出たところ、
”焼きとり”のすぎ山から明かりが見え、
もう一軒ということで、
入ったのだが、
小生はご覧のとおり名古屋の寺田家を含め、
3連泊相部屋の疲れが、
ドッと出たようで、
ご覧のとおり”カウンター”でウトウト20分。
サンミ倶楽部に宿泊の松本氏と別れたのは、
午前1時30分頃だった。
2006年05月24日
釧路から中部国際空港へ
小生は無宗教だが、
”両親”の墓は
釧路市米町にある、
「真言宗」大谷派”聞名寺”にある。
母「カネ」は昭和59年、父「茂」は平成5年に、
夫々が、
このお寺で眠っている。
聞名寺の娘さんは、
高校3年間同じクラスで、
小生が40年以上迷惑をかけどうしの、
釧路石炭社長の伊木(敬称略)も同期で、
時を経てからだが、
20年以上も仲良くさせて頂いている。
同級生だった娘さんは、
”松竹”の元社長「大谷信義」氏とは
親戚筋に当たり、
小生も松竹本社に、
脚本家の「石森史郎」氏とともに、
表敬訪問したこともある。
そういった意味でも、
毎年行われる、
釧路湖陵高校の同窓会に、
欠かさず出席するのは、
”墓参り”を兼ねているからである。
今日は、
お盆でも何でもなったのだが、
伊木から、
ー憲三、墓参りしないのかーと言われ、
「おう、そうだ」と、
墓前に手を合わせてきたのである。
3時15分まで、
緑ヶ丘にある「伊木邸」の
パソコンに向っていたのだが、
眠たくなってきたので、
東京競馬場第11レース”オークス”の、
テレビ中継を見ずに、
「釧路パシフィックホテル」にチェックインし、
部屋の中で少しウトウトとリラックスしていた。
午後6時少し前に、
観光ルートに乗っていた一行が帰ってきた。
伊木も一行のチェックインと同時間に、
ロビーに到着、
夕食も”別コース”という予定だったが、
生憎、
釧路の繁華街、定休日が多く、
一行が予約していた、
活魚鮮とあぶり焼きの「海へ」”へ”
そこで、
ツアーの中の、
名古屋市千種区にある、
「名古屋宮根台郵便局」の、
鈴木重行局長さん一家と親しく話す機会を得た。
奥さんの「とく代」さんのお母さん、
鈴木さんのお袋さんを伴っての、
”道東ツアー”参加で、
とく代さんのお母さんの名は、”小金”さん(88歳)。
鈴木さんのお袋さんの名は、”玉”さん(92歳)。
お二人とも、元気ハツラツで、
お互い、
福福しい”幸運”を呼ぶ名前である。
握手をして、
”福”にタッチして次なる目的地へ。

そこには、
伊木と高校時代からか通い続けた、
スパゲティの「泉屋」へ。
40数年前から変わらぬ味で、
ジュウジュウに焼けた”鉄板”に、
山盛りのスパゲティが乗せられ、
見ただけで、
得した感を与え、
釧路一の”スパゲティ屋”を継続し、
この夜の店内は学生や家族ずれで、
超満員だった。
湯河原の「須藤」くんは、ミートカツスパを、
伊木は、泉屋スパ、
小生は定番のナポリタンを、
3人ともほぼ完食したのである。
(スドウ君と食べる伊木さん。泉屋にて)

身動きできないお腹を引きずり、
コンビニで”水”を買い、
そのままホテルの部屋で、バタンと、
行くつもりだったのだが、
スドウくん、
今夜も疲れたと見え、
”ツイン”相部屋の小生は、
”テノール”に近い寝歌に見舞われたのでした。
2006年05月23日
上川郡標茶町”茅沼”から釧路へ
”茅沼”は、
北海道上川郡標茶町にある。
www.town.shibecha.hokkaido.jp/yakuba/
ネットでは余り詳しく紹介していないので、
簡単に説明すると、
釧路湿原国立公園に位置する、
”シラルトロ湖”のほとりにあり、
丹頂鶴が暮らし、
白鳥が飛来する静かな温泉卿で、
大自然の中の美しい風景のもと、
この地に別荘地を構える、
地元の人々は多い。
茅沼駅(釧網線)には、
JR釧路駅から汽車で約40分。

ここの温泉はナトリーム塩化温泉、
源泉温度は42,7度Cと計測されている。

ここが小生が格安で譲渡していただいた、
”温泉付分譲別荘地”だが、
一生の内に、
再び訪れるかどうかは定かではないものの、
気分的には、
文字通り、
別荘”地”を持ったことには変わりはない。

同行した”伊木”氏に、
ー君に差し上げるーと進めたのだが、
足早に車の中に入ってしまった。
どなたか、この”温泉付別荘分譲地”、
ご希望の方には、
所有権移転の手続きさえしていただけたなら、
差し上げたいと考えていますので、ご連絡を。
さて、
国道391号線に路線を変え、
釧路町に。
伊木氏と向かったのが、
”釧路ウインズ”だった。
www.kiso-keiba.com/wins/02-2.html

第67回”オークス”G1レースが
開催されるということで、
競馬好きの伊木(敬称略)にお付き合いすることに。
マークシートに、
3連単だの、3連複とか、
連複を教授してもらい”6,000”円ほど、
投資をし、
結果、
¥
日本競馬会と”釧路町”に、
寄付する形となったが、
思い出すのが平成11年。
熱海市議会会派研修旅行で、
今は亡き、
故川口栄一市議や、
現熱海会「加藤則夫会長」等と、
行政視察で釧路市を訪れた際、
釧路ウインズにも、
足を伸ばし”馬券”を投じたことを
昨日のように思い出す。
G1レースとあってか、
満員の人だかりで、
駐車場も満車状態で、
もし、は、禁句だが、
ーあの時、熱海駅前ウインズが出来ていればーと、
ついつい、
マンション乱立を看過せざるを得ない、
逼迫した”熱海市の財政事情”を、
目の当たりにして、
”死んだ子の年を数えてしまうのである”
ウインズを後に、
昼飯は勿論”ラーメン”だ。
伊木といる時は、
3度”ラーメン”を食べてもいいほど、
釧路ラーメン屋めぐりをする。
巡りといっても、
”まるひら”と”仁”、
”かどや”に”川村”くらいだが、
ラーメン屋を経営する者として、
原点は”釧路ラーメン”の一般的な、
スープ作りと”味”を、
上記有名店を参考にしてきた手前、
どうしても、
釧路では”炉端”で一杯の後は、
こうした”ラーメン屋”めぐりをすることで、
自分の店の味が”変化”しないように、
スープまで飲み干してしまう。
”まるひら”は相変わらず満タンで、
「塩」と「しょう油」味だけで、
普通、大盛、特大の三種類だけだが、
鰹味がプーンと鼻をつく、
アッサリ味だが、
とにかく、
朝9時30分から午後9時までの営業だが、
何時行っても、
座れないほどの盛況で、
単に味だけではない、
家族的な雰囲気も”味”に付加価値を
与えているのかもしれないが、
伊木は塩小生がしょう油の、
共に特大(700円)を注文し、
スープまで飲み干したのは言うまでもない。

食欲を満たした後は、
”両親が眠る”、
真言宗大谷派「聞名寺」へ。
(つづく)
2006年05月22日
阿寒湖から茅沼へ
中部国際空港(セントレア)から、
定刻どおり”12時20分”に
JAL3131便は離陸した。
3131便の機種は”MD-90”。

空港内の食堂街は評判どおりの、
テーマパーク然としており、
昼時ということもあり、
どこも満員で並んでいいる状態だった。
MD-90という機種,
今はボーイング社に吸収合併されたものの、
マグダネル社とダグラス社の共同開発の、
中型旅客機で、
TVモニターや音楽多重放送も、
設備されている快適な空の便だった。
釧路空港からバスで約1時間。
今夜の宿泊先「ニュー阿寒ホテル」は、
昨年釧路市と”飛び地”合併した、
阿寒湖町の、
阿寒国立公園内にあり、
事業主体は”カラカミ観光”という、
全国展開しているホテルチェーン。
ホテルは”クリスタル”と”シャングリラ”に別れ、
土曜日ということもあり、
宿泊した「シャングリラ」棟は、
収容人員988人ということだが、
満員御礼の大盛況だった。
夕食、朝食とも”バイキング”で、
提供される食事の種類や中身は、
味、種類、ボリュームとも
文句のつけようがないほど充実していた。
(ニュー阿寒ホテル一階ロビーバイキングコーナーにて)
width="400" height="300" />
阿寒湖畔を望む、
大風呂は9階にあり、
バリエーションに富んだ造りとなっており、
サウナも露天風呂も兼備していた。
小生の釧路の親友「伊木繁樹」氏が
宿泊先のロビーに迎えに来たのは、
午前9時20分ころ。
ツアーグループとは、
このホテルから別行動ということで、
この世の宿泊先、
「釧路パシフッィクホテル」で合流することに。
”阿寒湖”といえば、
小学生、中学生時代を含めの、
何度か来ていたが、
一番の思いでは、
昭和48年
日本テレビ連続ドラマ、
「ちんどんどん」のロケで、
ここを訪れたときだ。
主役の加藤剛、伴淳三郎、山形勲さんらと、
阿寒湖の自然を守り通した、
「前田一歩園」の当時の御当主に
招待され感動したことを鮮明に記憶している。
その記念館を訪れたのだが、
残念ながら時間前ということで
入館できず次回ということで、
とりあえず、
”茅沼”に向かい、
阿寒町から弟子屈町に向かって、
国道241号線を走った。
(雄阿寒岳をバックに)

途中、
5月16日に開花宣言されたという、
”蝦夷桜”が残雪が未だ消えない
国道の両側にピンクの花びら咲かせていた。
前方の車が徐行した。
”蝦夷鹿”が悠然と横断している。

最近では、
増えつづける蝦夷鹿は、
捕獲され”料理用”に
品種改良されているとのことだが、
夜間に車と衝突する事故は、
絶えないということだった。
2006年05月20日
居酒屋「ぶん太」
21日(日)の今日は、
熱海青年会議所創立50記念行事が、
盛大に挙行されたことを、
予めお祝い申し上げたい。
本来であれば、
愚息「京三」もメンバーの一人として、
加えていただいている手前、
式典に参加するのは当然なのだが、
今回の北海道ツアーが、
式典開催案内の
一ヶ月以上も前に決まっていたことで、
残念ながら参加できなかったのである。
今回の北海道
”道東観光ツアー&現地見学”の旅は、
名古屋で”コロンビアコーヒー”を創業した、
「寺田正弘氏」(現在湯河原在住)が、
10数年前に、
北海道釧路の近くにある、
川上郡”標茶町”茅沼という、
釧網線が停車するJR北海道の、
駅前に1万坪ほどの土地を購入。
しばらくして、
温泉を掘り当てた事から、
75画を、
温泉付別荘分譲地として売り出したのだが、
現在は、
25画ほど販売できただけだった。
つい最近も、
寺田氏が所有する、
名古屋市金山駅側の、
商業ビルが売却できたことを切っ掛けに、
予てお世話になった、
親戚、知人、友人を対象に、
この茅沼の温泉付別荘分譲地を、
1区画100坪~200坪の単位で、
当期代金其の他を含め、
ただ同然の価格で譲渡したのである。
今回ツアーに参加した人たちも、
小生同様の条件で
蝦夷鹿や北キツネ、
丹頂鶴も季節になると舞い降りる、
”北の果ての温泉付別送分譲地”の、
オーナーとなったのである。
家屋を建設しなければ無税で、
オーナー気分が味わえる、
”茅沼別荘分譲地”、
是非ご紹介したかったのですが、
今お世話になっている、
伊木繁樹邸にも、
”DS”カード同根のパソコンが見当たらず、
デジカメ写真が掲載できませんので、
ツアーの顛末は、
23日以降ということに。
/////////////////////////
さて写真がなければ
ブログの楽しみは半減しますので、
今日は今まで書き溜めていた、
小生が好きな飲食店のご紹介を致します。
熱海市清水町に大きな飲食ビルがある。
”丸源ビル”がそれ。
ここの一階に、
”居酒屋ぶん太”はある。
平成14年オープンで、
焼き鳥からお刺身に天麩羅、
おソバに至るまで、
大よそ「和食」と名のつくものは、
何でも”メニューどうり”こなし、
寮、保養所、旅館ホテルの”板さん”が、
比較的多く集まる店として、
親しまれてきた。
季節の料理にピッタリの、
日本酒や焼酎の品揃えも豊富。
(土屋オーナーご夫妻)

(ぶん太) (店内模様)

また上の写真にあるように、
土屋ご夫妻とも愛犬家としても知られている。
愛犬は”柴犬”で名前は「ぶん太」。
そう、
屋号は愛犬「ぶん太」からとったもので、
小生のところの「ふ~」とは顔なじみ。
愛犬仲間の一人としても、
おすすめしたい、
夜の熱海に癒しを提供する”居酒屋”である。
”ぶん太”の詳細は、
下記までどうぞ。

喫茶&居酒屋「ハワイ」
5月19日(土)朝7時50分、
今、
名古屋市金山駅前にある、
漫画喫茶内にある、
”パソコン”に向かっている。
昨夜は、
この金山駅から徒歩8分ほどの、
”沢上”という地名にある、
「寺田正宏」氏(昨年12月31日ブログ参照)所有の、
マンションに、
”ある湯河原町の吏員”と伴に一泊する。
寺田氏が所有する、
北海道釧路市郊外にある、
”茅沼”駅前の分譲地を”譲って”頂いた、
名古屋を中心とした関係者の方々との、
”現地見学&北海道道東の旅”
に参加するためである。
今朝の名古屋地方は、
愚図ついた空模様ながら、
雨は上がっている。
午前11時までには、
”セントレア”国内線ロビーに入り、
「釧路空港」へと向かうのだが、
金山駅からセントレアまで、
電車で約30分ほどということで、
それまでに、
これまでの記載漏れを記録するために、
パソコンに向かっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、
熱海市中部連合町内会が、
”山木旅館”で開催された際、
新規町内会長に選任された方の中で、
知った方が数名。
旭町二丁目町内会長の、
大石哲夫氏もその一人。
この方にも
この新任会長の実家の皆さんにも、
過去においてお世話になっており、
この機会に、
簡単ながら”大石哲夫”町内会長の
一部分をご紹介したい。

大石氏は故平岩俊光議員の
同期生であり、親友だった方で、
実家は建築板金業だったが、
上のお兄さん二人が家業を継いでいた関係で、
板金業を手伝う傍ら、
昭和59年、結婚を機に、
熱海魚市場前(旭町2丁目)の、
清水館ビル一階に、
喫茶「ハワイ」をオープンし、
現在に至っている。
ついでながら、
小生の実弟家族も
このビルの住人としてお世話頂いている。
実弟の”明”も、
過去において愚妻の実家の”ブリキ屋”の
職人をしており、
大石氏とは旧知の仲。
(実弟の佐藤明と)

小生が「熱海後楽園」に入社当時の、
18歳から”大石家”に出入りし、
麻雀を通じて多くの地元民と、
親しくさせて頂いた。
小生も”ハワイ”には、
「愛犬ふ~」との夜の散歩の時には、
立ち寄り、
夕方から”居酒屋”として、
リバーシブルなお店のファンの一人として、
大石氏と昔話に花を咲かせる。
奥さんの昭代さん)と
娘さんの奈々子さん(ヤナセ田町本社)と
お会いしたのも、
丁度”ふ~”と散歩の途中。
必ず載せると、
写したまでは良かったのだが、
ストーリーが続かなくて、
今日まで延び延びになってしまった。
(大石家の奥さんと娘さん)

この間、
奈々子さんはブログを見て頂いている、と、
大石町内会長から言われ、
今日のご紹介となったのである。
昼は「喫茶店」として、
コーヒーや軽食を。
夜は「居酒屋」スタイルの
アットホームな飲食店で、
お酒も各種取り揃えており、
あっさり味の”ラーメン”も好評である。
お近くにお立ち寄りの際は、
町内会のご相談を含め、
利用頂く事をご推薦いたします。
///////////////////////
喫茶&居酒屋「ハワイ」
住所 熱海市清水町7-16 清水館ビル一階
電話 0557(81)8813
2006年05月19日
愛犬が取り持つ”縁”
昨夜は、
午後6時から、「山木旅館」で開かれた、
熱海市中部連合町内会の総会と懇親会に、
加藤則夫、山田治雄、岡武秀、大山」伊佐夫、
橋本議員と小生が同席し、
田島県議共々、
熱海市のの停滞した活気向上策について、
美味い料理の数に比例した
意見交換をした。
今、熱海がどう動いているのか。
旅館・ホテルを中心とした”基幹産業”は、
確実に衰退し、
熱海を買い占めている、
大手”6社”の
”企業”の事業計画に関する情報収集が、
不可欠だ。
という小生の自論が
何処まで届いたのだろうか。
さて、
今日は名古屋に泊り、
明日は、セントレアから、
「北海道」阿寒湖で一泊し、
明後日釧路というスケジュールが待っている。
小生が大変お世話になっている、
名古屋(湯河原在住)の、
寺田さんの招待ツアーの詳細は後日として、
その前に、
一昨日の話の続きをしたい。
”ほのか杯”チャリティーゴルフ、
表彰式の途中で、
熱海市渚町の、
「和可奈寿司」のご主人、
石川満さんから電話が入った。
”ブラックガーリック”(醗酵黒にんにく)を、
ぜひ分けて欲しいという、
常連客がいるので、
何とかなりませんか。という内容だった。
午後8時過ぎには、
打ち上げの2次会会場である、
「離れの・・・宿」ほのか に、
お誘いを受けていたが、、
その少し前の午後7時30分ころ、
「和可奈寿司」へ出向く。
カウンターには
小生が日ごろからお世話になっている、
ある”寮”の管理人さんや、
その関係者も顔を揃えていた。
”醗酵黒にんにく”に関する薀蓄をひとクサリ。
ー甘酸っぱいー
ープルーンみたいだねー
ー食べても翌日臭いがしないんですってー等など、

試食分をお分けすると、
決まって出る言葉である。
インターネットを検索すると、
三重県を筆頭に、
かなり多くの地域で”加工野菜”として、
販売しており、
高いところで一個「700円」、
安いところで一個「600円」が相場で、
青森県や和歌山県、長野県の業者が、
”発酵黒ニンニク”として、
広告宣伝し販売している。
アミノ酸が多く含まれ、
”デドックス効果”(体内の毒を出す)も、
臨床実験されており、
健康雑誌や新聞で何度も取り上げられてきた。
但し何れの業者も、
大量生産する技術開発が遅れているようで、
個数限定販売しているのが実情のようだ。、
また、
他の健康食品と混ぜ合わせ、
”錠剤”等に再加工している業者もいて、
この”発酵黒ニンニク”は、
今後大手加工業者も参入してくることが予想され、
来年の今頃には、
”ブーム”到来となる可能性を秘めている。
小生は、
三重県松阪市の関係者と提携しており、
特許申請済みの、
コンピューター制御で、
大量生産可能な製造機を、
”熱海”に導入する計画を立てており、
ある農家の方を中心に、
その時には、
安くて良い”ブラックガーリック”を、
多くの皆さんに提供したとの想いで、
現在は、
興味のある方々に試食用として、
効用をモニターしている。
しかし、
この日の「和可奈寿司」の
ご主人からの依頼や、
他の、
試食して頂いた方々から、
”売って欲しい”、”分けて欲しい”との
リクエストが入る回数が多くなってきたことで、
製造機械導入を待たずして、
出来る限り仕入原価に近い価格で、
お分けしたいと考えている。
ただ、他の業者が出来ない
”にんにく”加工野菜が上記写真、
左サイドの、
「プチにんにく」なのです。
で、この後、
「ほのか」で、
大騒ぎした後、
外久保社長と、
”武とみ”(咲見町)へ。
何と、そこには、
渚町の
イタリアンレストラン”門”の塚田社長が。
”門”は熱海を代表する有名店。
この社長と小生は実は”シンセキ”なのです。
まっ、シンセキといっても、
”愛犬ふ~”の兄貴の、”ケン”が
ここの養子になっているという、
愛犬が取り持つ”縁”でのシンセキなのです。
(小生の家族の一員、ふ~とジョン)

さらに、
”武とみ”さんと、小生、塚田さんも、
実はシンセキなのです。

武とみさんチも”柴犬”を家族にしていたのです。
それも、2匹。
そのうちに、一匹と”ケン”ちゃんが、
入籍し”子犬”が誕生したのです。
ですから、
我々は、”愛犬”を通じたシンセキなのです。
だから何だ、といわれると・・・・・・。
2006年05月18日
第9回ほのか杯チャリティーゴルフ大会
先ほど、
高橋弘会長(万葉倶楽部)から電話が入った。
今月25日(木)に、
旧暖海荘跡地に建設する、
”東海岸町タワーマンション”(仮称)の、
地鎮祭出席への案内だった
この日は丁度、
「来宮神社」の春季奉賛会旅行が、
”伊香保”に決定しており、
スケジュールが重なり、
正直躊躇したのだが、
取り合えず式次第の案内をFAXで頂くことに。
ー昨日のゴルフどうだったー
出だし49で、
ーほう~、良かったじゃーー
でも、後半・・・・・で。
どうしても良かった方のスコアから、
言ってしまうのは、情けない。
そのゴルフとは、
5月17日(水)、
「離れの・・・宿」”ほのか”主催の、
チャリティーコンペが、
伊豆大仁カントリークラブで開催された。
前の日の天気予報では、
大雨の可能性も懸念されたゴルフ大会だったが、
9組36人が集結した。

回を重ねる毎に、
市内の取引業者を始め、
首都圏の斡旋業者や、
”日刊スポーツ”を含む参加者が
増え続けており、
昨年8月開業の「ほのか」、
あるいは、
”旧秋よし”買収し、
「奥・昭和」としてリニューアルオープンするなど、
順調に業績を伸ばしていることや、
業者への支払いもそれに順じて、
履行していることなども、
参加者が増え続ける要因となっている。

曇天のこの日、
優勝したのは「今野聡」さんで、
富士コース、49、天城コース、42=91、
ハンディキャップ26.0で、
見事、
初参加初優勝に輝いた。
前回優勝させていただいた小生は、
1組目で、
川岸洋一氏、
倉沢由昭氏(大阪池乃めだか師匠のキャット共同事業者)、
初玉姉さん等と回る。
当初は3組目のスタートだったが、
大阪から出席の、
山下社長が前の晩から、
風邪気味だったことから、
小生が1組目に入った。
箱根コース49で上がってきた
小生は、
後半大きく崩れてしまい、23位だった。
ちなみに、
初玉姉さん、52-50=102の9位。
富岡隆氏(富岡酒店)48ー45=93で4位。
外久保社長、57-58=115の25位。
お久しぶりの、
愛澄姉さんも22位と健闘した。
(写真左から、愛澄姉さん) (倉沢社長と初玉姉さん)

成績発表と表彰式は、
同クラブハウス内で行われ、
恒例の豪華商品が当たる
”くじ引きジャンケン大会”をはじめ
最後まで、
大いに盛り上がったゴルフ大会だった。
また、
ペナルティーで徴収された”罰金”は、
その全てが、
熱海市社会福祉協議会に
寄付されていることも、
併せて報告しておきます。
で、ハーフ49で連続優勝を目指した、
小生の後半は61と、
リキが入ったのか、惨めの一言でした。
倉沢社長から一言、
ーだんだん窮屈に打っているー
その倉沢社長は、46,43の89で6位と、
安定したスコアで存在感を示した。
2006年05月17日
澤口座長”皮膚がん”からの生還
実はこのブログ、
昨日、
ホテル池田での”宮神輿保存会”に
参加する前に書いたもの。
この会の後、
若林正(若林設計)、
山田康夫(第一不動産)、
大川(おおかわ旅館)各氏と、
もう一方と小生、
熱海市中央町のお好み焼き屋”八重よし”で、
熱海の将来を語る会、のような、
一杯会に首を突っ込んだのですが、
そのあと、即、
野部さん(男たちの宴)から電話が。
武とみにいるから直ぐ来てよ!
えっ、澤口さん。また飲んでるのっ。


小生は毎月、
熱海市内の仲間との間で、
夫々異なる”親睦会”をもって
情報交換の場としている。
”男たちの宴”もその一つ。
西山在住の「澤口昭三」氏を座長に、
野部氏、北沢氏と小生の4人に、
様々なゲストを招いて、
結成以来、
市内の「美味い料理」を提供する、
ホテル。旅館を含む飲食店巡りで親睦を図ってきた。
最年長の澤口氏は、
首都圏を中心に不動産賃貸業のオーナーで、
西山町の自宅も500坪以上の豪邸に住む。
南路面に向いた広大な庭園には、
四季折々の草花が咲き乱れ、
見るものの心を癒してくれる。
その澤口座長に異変が起きたのは、
今年3月の始め頃のこと。
昨年喜寿を迎え、
益々円熟味を増してきた矢先、
野部氏から電話が入り、
澤口座長が、
”東京女子医大”に
入院したことを告げる内容だった。
病名は”皮膚がん”だという。
術後落ち着いた時期を見計らい、
月末にでもお見舞いに行く段取りを組んでいた矢先、
愚妻から電話が入り、
澤口氏が奥さんと一緒に、
”2階のクラブで歌っており、小生を探している”という。
別の月一親睦会に参加し、
熱海市内にいたことが幸し即駆けつけたら、
何と、
元気横溢として、
歌い踊っているではありませんか。
ーハッハッハッーと、挨拶は笑いから入り、
ここ見てよ、と、
指した左側の額を見れば、
拳大の肌色の絆創膏が張られており、
かなり大きな摘出手術だったと推測できた。
ー呑もう、飲もうーと、
澤口座長と同じ時期”白内障”手術で入院していた、
奥さんまでが、大はしゃぎ。

座長、十八番の”ジャニギター”から裕次郎物まで、
奥さんは、越路吹雪一辺倒を舞台で歌った。
ーちょうど3週間入院しましたー
始め小さな疣のようなものが出来、
弄っていたら、
段々ジュクジュクしてきたので、
検査したところ、
”皮膚がん”だと言われました。
ーファッハッハッハー
後日その種の辞書を引いたところ、
どうやら色素細胞が悪性化した、
悪性黒色腫らしく、
日本では皮膚ガンが増加の傾向にあり、
皮膚がんの初期症状は、
一般に痛みも痒みもなく治りにくく、
徐々に大きくなってくるものをみたら、
皮膚がんを疑う必要がある。
触れてみてかたいときはなおさらで、
いずれにしても、
早期発見と早期治療を励行することが、
皮膚がんを完治させる
最良の手段と記してあった。
先ずは座長の、
”皮膚がんからの生還”に、
心からおめでとうを言わせていただきます。
大阪”喰飲”B級ハンター(2)
今日午後1時から、
熱海市議会会派「熱海会」の、
打ち合わせに出席し、
午後5時30分からは、
東海岸町”ホテル池田”において、
「来宮神社」宮神輿保存会の、
懇親会にも顔を出す予定だが、
その前に、
今回の「大阪喰飲”B級ハンター”」の、
”撃ち止めに”、いや、打ち止めとしたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
松本哲治氏(タックワールド)は、
大阪”B級”グルメファンを自認する。
つまり、
高級飲食店よりも、
立ち食い”焼肉屋”やスタンドカレー、
24時間営業の”ラーメン屋”や”うどん屋”。
外人が焼く、
こんにゃくの入った”たこ焼き屋”、
鶴橋ガードしたの”焼き鳥屋”や、
生野の”お好み焼き屋”。
通天閣の”串かつ屋”、
日本橋の”肉すい”(ちとせ)、
シュウマイの”一芳亭”など、
飲食店が犇めあう一等地から
少し離れた場所にあり、
”Bクラス”の店構え、
こだわりの味を追及の2点セットで、
昔から、
多くの食通の”舌”を捕らえて離さない、
一品、一点物で勝負する”飲食店”のファンで、
小生にも、
大阪に行く度毎に次々と紹介して頂いてきた。
この日の昼食は
”浪速麺だらけ2”内で、
九州系特産”麺処”を2店舗にまたぎ、
食べ歩き、
夕食には、
山口多加志氏が2晩続けての
お付き合いを頂きいたのである。
東京では関西鉄板焼きが大流行。
前々会も食べたあの”お好み焼き”の味が
舌に残っている。
今回は下町の”B級有名店”で、
キャベツぎっしりの、
胸焼けしない浪速風”お好み焼き”を
どうしても食べてみたかった。
ー何にします~ー
山口氏のお誘いに
間髪入れず、
”お好み焼き”をリクエストする。
山口氏のBMWの中では、
松本氏とお二人、
お好み焼きの通らしく、
知ってる限りの美味い”店”の名前を、
しりとりゲームのように、
次々と繰り出すが、
小生には全く”チンプンカンプン”。
会話の途中で、山口氏は、
”ミックス”2枚にミックス焼きそばを
電話注文する。
”なんば”から、
約20分ほどで東成区に入り、
車がやっと通るような、
細い路地に入ると、
お好み焼き”くろちゃん”に着いた。
この字型のカウンターの中央には、
大型の鉄板がデンと鎮座し、
大型亀の甲羅にも似た、
キャベツを高々と積んだ、
お好み焼きが並んでいた。
先客2名だったが、
我々がカウンターに腰を下ろし少し経つと、
後から後から常連客が入ってくる。
山口氏が車から予約していた意味が納得、
大きく厚いお好み焼きは、
混んでいる時にオーダーしても、
なかなか焼き上がらないので、
事前に仕込んでもらうのが”通”の技。
親子3人で切り盛り、
おっかさんの福顔にも食欲が増す。
松本氏生ビール、小生樽だしチュハイレモン、
山口氏ウーロン茶で先ず乾杯。
ぎっしりキャベツに別焼き卵をのせ、
豚肉にテンカスをまぶし、
濃い目色のソースを表面にかけ、
キャップに無数の穴を開けた、
チューブ入りのマヨネーズをお好みで、
ソースの上から、
タップリ降り注ぎ出来上がり。
熱海市周辺の”お好み焼き”屋は、
お客が自分味に焼き上げるのだが、
大阪では、
店の人間が焼き上げタレや海苔、鰹節等の、
味付け添加物に至るまで一切を仕切る。
東成区お好み焼きの殿堂「くろちゃん」、
山口氏推薦どうりの、
美味さとボリュームの2点セットが売りの、
繁盛店でした。

お好み焼き「くろちゃん」
住所 大阪市東成区中道2-14-10
電話 06-6972-3841
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くろちゃんを出て、”なんば”にUターン。
なんばといっても、正確には”心斎橋”。
ここで「山口」氏とはお別れし、
松本氏行きつけの”ハロン”へ。
ここへは過去3度ほどお邪魔している。
ママ一人のカウンターだけのバーで、
6人ほど座れば満杯になる。
気さくで聞き上手なままの名前は、
「釜田明美」さん。
先客2人は電気関連会社の方々で、
写真手前の方が「辰巳」さん。
松本氏とも顔なじみのようで、
ここでは、
”醗酵黒にんにく”(ブラックガーリック)が
話題となり、
辰巳氏にプレゼントを約束し、
3人のお客がドアを開けたところで、
席を交替し、

近くの”立ち呑み屋”、
「満々気」へ。
(写真左からハロン釜田ママと満々気のテキパキ姉さん)

この立ち呑み居酒屋も、
次から次へと客が入ってくる。
それを捌く”姉さん二人”、
夕方5時から朝5時までとはきつ過ぎないか。
聞けば、
常連さんが日増しに増え、
きつさ素通りの楽しさの方が大きい、とは、
従業員の鏡のような存在で、
経営者には、
宝のような人材だ。

この店では、
大阪メッセンジャーの”吉田純”さんと、
馬が合い、
ーまた今度。ど~も”-と、お愛想。
そのまま、”グランドサウナ心斎橋”へ。

そして大阪最終日、
松本氏が昼食に選んでくれたのが、
谷町九丁目、通称”谷九”の有名繁盛店、
うどんの”ふる里”だった。


この店、
24時間営業で店内には
モニター3台が設置されている。
車で来るお客が多く、
従業員が必ず外で駐車違反対策”や、
車荒らし防止の張り番役として、
交代で店先に立つという。
松本氏は”天ぷらうどん”
小生は”カレーうどん”を注文した。
カレーうどんは好物の一つで、
熱海市内では、
清水町の”善作”、
中央町の、”むさしの”、
伊豆山の”木むら”のメニューにある、
”カレー”ものとは、
餡かけのや具の中身、
スープの濃さが少し異なるものが、
麺はやや柔らかめで、
のどごしが良い。
ここまでが、
大阪、足掛け3日間の
喰飲”B級”ハンター(松本)とその助手(小生)による、
地元ファンが列を成す”飲食名店”各所を
駆け足でのご紹介といたします。
2006年05月16日
大阪喰飲"B"級ハンター
15日(月)午後12時10分ごろ、
熱海市中央町、
市役所前交差点で、
普通自動車同士の接触事故が発生。

事故当時の詳しい状況は不明だが、
双方フロント部分と
後部左バンパー周辺を破損したものの、
幸い、
人身事故は避けられた模様。

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14日(日)午後5時から、
熱海「ニューフジヤホテル」にて、
バーテンダー協会主催の、
”カクテルパーティー”が開催され、
小生も出席する予定で、
関係者に伝えていたのだが、
急用が出来たため辞退させて頂いた。
橋本議員やその他の友人から、
会場から電話が入り、
400人以上が集まったとの報告、
先ずはイベント成功を祝福したい。
午後7時からは、
月一親睦会の一つ、
”安井会”が、
中央町の焼肉”すみ”で開催され、
そこには出席して、
大阪”宗右衛門町”の
韓国料理「兆」とは違った、
関東風の”焼肉”の味覚を堪能した。
さて、
大阪出張2日目は、
明け方まで”ダベッて”いたせいで、
カプセルから出たのが、
午前9時30分を回っていた。
午前10時を過ぎると、
一時間毎に315円が加算されるのだが、
ゆっくりサウナで寛ぎ、
”グランドサウナ心斎橋”を、
チェックアウトしたのは、
午前11時を少し過ぎていた。
夕べもこのサウナで見かける常連客が
何人か滞在していた。
名も知らぬその方々だが、
風貌や立ち居振る舞いに味があり、
一度見たら忘れられない個性が際立ち、
松本氏と
付けた愛称が”落ち武者”と”仙人”。
フロントの女性に聞くと、
2ヶ月以上滞在している方が
数人いるとのことだ。
このサウナから数分歩くと、
奇襲備長炭100%で焙煎した、
自家焙煎炭火珈琲専門店、
なかおか珈琲がある。
前回もご紹介したが、
ここで”アメリカン”とハムトーストで腹を満たし、
日本橋の”タックワールド”へ。

午後5時30から、
「メディカルセンターきた」へ、
山口、佐藤両氏をDR喜多に
お引き合わせする件は既報の通りだが、
この日の昼食は午後2時過ぎ。
場所は、
2003年10月、
元大阪球場跡地に建設された、
「なんばパークス」内7階に、
特設された、
”浪速麺だらけ2”へ。
なんばパークス内には
かつて大阪球場の
ピッチャーズプレートと
ホームプレートであった位置に
記念のモニュメントが設置され、
パークス内上階には
「南海ホークスメモリアルギャラリー」という
展示コーナーも設置されており、

その奥に”麺だらけフロアー”がある。
チラシによれば、
日本初”ご当地麺の殿堂”として誕生、
北海道函館の、てき・麺(味噌ラーメン)
香川高松の、たも屋真打庵(讃岐うどん)、
東京目黒の、創作うどん、
横浜の、くじら軒(ご当人ラーメン)、
長崎の、成宥亭(ちゃんぽん)、
福岡博多の、しばらく(博多ラーメン)、
福井越前市の、本家あみだそば(越前おろしそば)、
大阪住吉区の、豊房(浪速すじ焼きそば)、
東京大田区の、萬来(刀削麺)が、
麺のエンターテインメント空間として、
しのぎを削っている。

この浪速麺だらけでは、
2件の麺処で食を重ねる。
博多ラーメン”しばらく”と、
長崎ちゃんぽん”成有亭”だ。
九州佐世保出身の松本氏は、
昔の味が忘れられなくて、
ここを利用するといい、
”しばらく”は、
白濁したトンコツスープにストレート麺に、
トッピングの、”すりゴマ”で
2日間ジックリ煮込むというスープの臭みを消す。
ちゃんぽんは、
長崎で3本の指に入るという、
中華の名店だそうで、
何と、
スープのとんこつは12時間以上もかけ煮込み、
そのスープにタップリの野菜を、
強火で炒めると旨味がじわ~っと、
麺にもとけこんでいる。
2軒とも、
博多と長崎を代表する”麺”文化継承店。
大阪に進出して”府民権”を得るまでに、
普及させた努力に、
熱海市の”飲食文化”の
今後を占うヒントがありそうなのだが・・・。
2006年05月14日
大阪喰食交遊録(1)
新幹線「新大阪駅」から、
地下鉄御堂筋線”なんば駅”までは約18分。
進行方向最前列車両に乗車、
なんば駅で下車した階段を上ると、
”高島屋デパート”一階に出る。
そこから、
日本橋にある「タックワールド」の事務所へは、
デパートを抜け、
”なんばシティ”を跨ぎ、
徒歩約10分で到着する。
大阪初日は、
山口多加志氏(アミューズメント・不動産賃貸業)と、
夕食を供にすることになっており、
タックの事務所で待ち合わせることに。
従来であれば、
松本哲治氏(タックワールド)と、
高島屋一階で待ち合わせ、
目的地へと向かうのだが、
道順を確認するためにも単独で歩いた。
どこを歩くにしても、
なんばの街には人があふれており、
サラ金会社が配るティシュのように、
何人の人が反応してくれるかは未知数だが、
温泉地熱海のパンフレットやチラシがあれば、
通りすがりの人たちに配ってみたい衝動に駆られる。
事務所で合流し、、
山口氏の車に乗車、
宗右衛門町の、
韓国料理店「兆」に。
松本、山口両氏の行きつけの店らしく、
店長と紹介された「高橋たかし」氏と名刺交換を。
焼肉は量を少なめに、
ミスジ(2,500円)、特上ロース(2,500円)、
韓国式骨付きカルビ(2,500円)、
ハラミ(1,000円)、上タン(1,200円)を各一人前と、
ユッケジャンスープ(1,200円)、
キムチ盛り合わせ(1,000円)を注文、
松本氏は生ビールを、
小生は韓国ショジュ眞露をグラスで、
酒が飲めない「山口氏」はウーロン茶で乾杯し、
再会を祝った。
前回もご紹介したが、
山口氏は東大阪に
住宅用マンションを完成させたばかりで、
もう一棟同規模のマンションも、
急ピッチで仕上げに入っているようで、
少し前より痩せた感じを受ける。
会食した際に、
山口氏の”肩”の痛み、
腕の上がりがきつい事を再確認し、
翌日12日に、
「メディカルセンターきた」での、
検診となったのである。
また、近々”釜山”へ3泊4日の行程で、
山口氏が滞在中にお邪魔したいのだが、
小生にとっては、
6月初旬の日程調整がなかなか難しそうだ。
釜山でも事業展開する「山口」氏。
ホテル、買い物、食事と
どれを取っても破格で楽しめる。
韓国産の夏用のスーツやオーストリッチ(?)のシューズまで、
仕入れても”オール10万円”でおつりがくる。
あとは宿泊先の”パラダイスホテル”の
カジノで、
掛け金を決めて楽しめば、
ストレス解消になり、
仕事への意欲も湧いてくるというもの。
とはいえ、
そうは旨くは行かないのが”バクチ”。
仮に小生が辞退しても、
松本氏には、
夏用のスーツ一着とシューズ併せ、
3万円でお願いする。
こんな話で料理が進む。
料理はどれも日本人にも、
受ける味付けと肉質で、
一階の店内は、
次々と来客が引きも切らずに入ってきた。
この店では、
鍋料理も有名で、
海鮮物鍋(2人前)5,600円、
テッチャソ鍋(2人前)4,000円、
ブルコギ(2人前)4,000円が好評だという。
また、
参鶏湯が3,000円とリーズナブルで、
挑戦したかったのだが、
焼肉の感触を残しておきたかったので、
次回ということに。
(写真は松本氏山口氏と高橋店長)

韓国料理「兆」
住所 大阪市中央区宗右衛門町2-16
アソドラビル1F
電話 06-6214-1881
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「兆」をあとにし、
次なる場所はご存知、
池乃めだか師匠のスナック”キャット”へ。
山口氏昔からの”めだか”ファンということで、
店内にいた師匠を目の当たりに、
面と会うのは今夜が初めてと大喜び。
少しして、
共同事業者の倉沢、山下両氏が駆けつけ、
一気に打ち解け、大賑わいに。
帰りがけに、
他の来店客も師匠を真ん中に”カシャッ”。

30坪程度のスナックは、
カウンター席とテーブル席とミニステージが。
照明は明るく、
男性5,000円、女性3,000円の
一定料金の明朗会計がウリ。
この夜は、
「メディカルステーションきた」の、
石橋事務局長も合流。
松本氏と小生は、
倉沢氏にお連れして頂きもう一件のスナックへ。
そこで睡魔に襲われ、
定宿”グランドサウナ心斎橋”へ。
松本哲治氏と足ツボマッサージにかかり、
ゴルフと大阪での”喰飲録”が重なり、
バタンキュー、とは、いかず、
サウナ6階の休憩rストランで、
小生が相談を受けている、
”新規ホームページ開拓先”の、
アウトラインと料金設定の大枠について、
話しながら朝を迎えた。
2006年05月13日
DR喜多の健康手帳(3)
今回”大阪行”の目的のひとつが、
「メディカルステーション きた」(大阪・難波)の、
DR喜多に、
大阪在住のお二人の方が
長年抱えている痛みを解消するために、
引き合わせることだった。
お一人は、小生のブログに度々登場していただく、
大阪生野区の実業家「山口多加志」氏と、
もう一方は、
今回初登場の、
ハナテンネット(自動車オークションの端末機器販売)の、
佐藤幸弘氏のお二方。
山口氏は”肩”、佐藤氏は”腰痛”。
お二方とも、
痛みについては、
”我慢”を美徳とするかのように、
これまでは”口”にしなかったが、
小生が長年付きまとわれていた
”腰痛”が、
DR喜多のペインクリニックにより、
今のところ嘘のように再発しないことを、
何度も得意げに話したことで、
実は、、、私も、、、、と、
徐々に、
糖尿気味だの血圧がどうの、
ストレスがあ~だと、
口を開くようになり、
今回の、治療
プロフィール
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