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2006年04月30日
GW熱海イベントあれこれ
GW幕開けの熱海。
小生が参加したのは二つのイベント。
ひとつは、”ディスクドッグショー”。
このイベントは、
熱海市観光港芝生広場において、
4月29日と30日の両日、
”ワンちゃん”と人間が共存していけるトレーニングの、
ひとつとして、
最近注目されてきたのが、
ディスクと言う簡単な円盤を使う
”ディスクドック”という競技である。


熱海市では企画が持ち込まれ、
共催が「ニッポン放送プロジェクト」という、
ビックネームに、
観光地としての知名度、集客アップを期待した、
”急造したイベント”だったが、
ペット愛好家が、
”ディスクドック”という競技を通じて、
全国から集まり、
自慢の愛犬の身体能力を競い合い、
熱海市の行事として、
定着しそうな盛況を見せた。

主催は”N・D・Aナショナルディスクアソシエーション”
近年、ペットとして飼われる犬の数は
増加の一途で、
犬を飼う人が増えるにしたがい、
犬をめぐるトラブル発生の頻度が高くなっている。
土佐犬による、
老人噛殺し事件は記憶に新しい。
N・D・Aでは、
ディスクという簡単な道具を使い、
犬と人の絆を深め、
人間社会で共存していける、
犬のトレーニングのひとつとして、
ディスクドックを広めてきた。
犬の高い運動能力と迫力は
見る人を魅了し、
新たなドッグスポーツとして、
また、
イベントとして高い評価を得てきた。
競技内容等の詳細は、
ホームページを見ていただくとして、
人と犬が”円盤”を通じて繰り広げる、
このスポーツ・ドッグは、
見るものを飽きさせずに
”感情移入”できる。
参加者のコスチューム、テント等、
ファッション性も高く、
今度益々知名度が高まり、
メディアが取り上げる頻度も高くなりそうである。

先ずは、
開催企画を実現していただいた、
N・D・Aナショナルディスクドッグアソシエーションの皆さん、
そして「ニッポン放送」プロジェクト、
小杉造園、
熱海市、熱海市観光協会に感謝したい。
この競技の開催中に、
もうひとつのイベント、
”網代そらこい祭り”に参加した。
恒例の地域産業活性化の一端で、
年々その規模は拡大しており、
全国からもこの祭り参加を目的の
観光客も、
目だって増えてきた。
この日は、
熱海市議会「熱海会」のメンバーとともに、
祭りに参加した、
様々な市民と交流を持てた。


また、
獲れたての新鮮な”鯵”や”烏賊”、サザエに鮑、
アンコウなど”魚”が提供され、
約1,000人もの参加者が一体となって楽しんだ。
ただ、
行楽の熱海市を襲ったのが、
伊豆半島東方沖地震だ。
やはり予測どおりの襲撃だった。
今度は震度”5”弱。
NHKを中心に、
熱海で地震と、特番を組んでの放送は、
観光客集客に数々のイベントで、
取り組む地元関係者にとって、
測度不能の”激震”となりかねず、
いくら”熱海市の地盤”が強くて安全といえど、
あまり歓迎できない、
”お客さん”といえる。
2006年04月29日
貞方家(系)の人々
夕べは、
”貞方邦介”氏(アルカサバ)が、
毎月主催する”セレブパーティー”に、
栗本石油の山田社長と参加した。
今年の2月には、
二次会会場の広尾”MURASAKI”に顔を出したが、
一次会は多分、
4ヶ月ぶりと記憶している。
この貞方氏のセレブパーティーでは、
多くの知人が出来、
ご縁のある方との”輪”は広がっている。
遠くは九州、大阪からも大勢参加しており、
小生のように、
60歳を迎える”チャンジ~”が、
20歳代のイケイケ上昇志向の若者と、
何が欲しくって参加しているのか、と、
正直疑問を抱かれる方もいらっしゃるかも。
ところが、
このパーティーには、
地元六本木に居住する、
”リッチ”でハイソサエティな熟年層も多く参加しており、
このパーティーで知り合った、
数人の方が”熱海市内”にマンションを、
購入していただいている。
例えば、株式会社「宝祥」の、
”高宝祥”社長は、
熱海に住民票を移そうというほど、
この温泉地を気に入っていただいており、
来熱の際は必ず
ラーメンハウス”Ya~Ya~屋”にお越し頂いている。
貞方氏もメディアに登場する頻度が高く、
国内の多くの団体から、
講演依頼が引きも切らないほど。
箱根で展開するニュービジネスなど、
アルカサバ本体の事業展開にも、
気が抜けないと推測するのだが、
月一”セレブパーティー”を欠かさず続けており、
参加者の顔ぶれも馴染みの方が多く、
情報交換の場としても、
”人”を魅了する”場”として定着している。






この夜は、
”MURASAKI”での二次会に参加、

小田原、開成、東大、弁護士と、
エリートの階段を一気に駆け上りながらも、
些かの自惚れも、驕りの欠片も
窺えない、
T総合法律事務所の「E]氏を筆頭に、
IT関連、宝飾、フリーアナウンサー、
エステ、飲食関連の若さ溢れる人材との交流に、
華が咲き、大いに盛り上がった。
貞方氏も最後までお付き合いいただき、
”熱海をモナコにしたい”と、
終始熱海を愛してやまない、
セレブな感性を改めて吸収できた。
帰りは、
小生と山田氏、横浜のエステ会社経営、
金子さんが、
大竹氏(横浜・ブラジルレストラン セグレード)の、
ワンボックスカーで、
熱海まで送っていただいた。
上宿町のイタリアンレストラン、
「柿の木」で、
食事をしていただき、
午前3時に解散した。
2006年04月28日
第17回「熱海おどり」
熱海芸妓置屋連合組合(飛高多恵子組合長)、
恒例となった、
第17回「熱海おどり」は、
今日28日(金)午前11時30分より、
市内中央町の、
熱海芸妓見番歌舞連場で開幕した。
このイベントは、
明日29日(日)までの両日開演され、
熱海芸妓衆の日ごろの修練の成果を発表する。
熱海おどりは、
平成10年6月”湯めまちおどり華の舞が、
熱海市の後押しにより開演されm
今年で8年目を迎える。
毎週土・日の二日間は、
午前11時より一回公演を続けており、
口コミやメディアの影響で、
旅行業者が観光ルートの組み入れたことで、
国内はもとより、
中国、韓国の東南アジアを含む、
外国人観光客の観賞が目立って増えてきた。
小生は、番組のうち、
長唄”元禄花見踊り”(写真上)と、
常磐津”釣女”(写真下)を楽しませて頂いた。
釣女は、
能狂言で、大名が神の示験により美女を吊り上げ、
太郎冠者は醜女を得て閉口するという筋で、
踊りや能に精通していない小生でも、
狂言回しの面白さで”魅せ”、
観客から笑いと拍手を浴びていた。





今日の舞台に登場した
白塗りのの姉さんのうち、
小生が顔を知っていたのが、
元禄花見踊りの立方、”七恵”さんと、
地方で登場の、”初玉”姉さん。
時間の関係で、
最後まで見届けられなかったのが
残念だったが、
熱海芸妓組合の沿革だけでも、
パンフレットを参照に、お伝えしよう。
明治10年、
坂東三代吉師は樋口ろく遊芸師として、
熱海浜町に居住して、
宿屋に滞在した客に稽古の相手をしていた。
長唄は杵屋、踊りは坂東流で、
岩倉具視のお墨付きだった。
明治43年には三代吉師の、
功労記念碑を明治の豪商、公爵、候爵という
上流社会の人たちが、
大乗寺の山門のところに、
等身大の碑を建てたといわれている。
今は当時の碑は跡形もないが、
芸妓の祖として、
三代吉師の菩提寺として、
平成4年芸妓組合で、
大乗寺に、
”撥扇塚”を建立している。
大正元年には三代吉師の後継者、
喜久さん遊芸師の妹である、
”はな”さんが「春の屋お花」として、
遊芸師となったが、
この頃は、
芸妓として認めてもらえず、
遊芸師でなければ
宿屋への出入りは許されなかった。
芸妓と呼ばれるようになったのは、
昭和7年”熱海芸妓組合”が設立してから。
芸妓、元遊芸師は大正7年頃27~8名で、
昭和11年には195名と急増した。
昭和25年の「熱海大火」により、
置屋も大部分が焼け出され、
昭和29年4月、
現在の建物が完成した。
GWをむかえ”熱海市”は、
初島ところてん祭り、
姫の沢公園の花祭り、
ふれあい産業祭り等イベントが目白押し。
小生等「熱海会」は、
5月2日、初島ところてん祭りに伺う予定だ。
2006年04月27日
大阪「黒門町市場」
昨夜は、
予定通りに「熱海駅」に着いた。
ただ、午前10時からの
熱海市議会議員の勉強会”11会”には、
出席できなかった。
というのも、
”池乃めだか師匠”のスナック「キャット」の
共同事業者「倉沢」氏と山下氏が販売をかける、
パチンコが10倍楽しくなる、
統計・確立ソフト”究”(きわめ)の、
22日間お試し版を預かり、
加藤会長には予め、
お断りをいれてぴたが、
パチンコに精通した友人にこのソフトの立ち上げ方や、
”試打”するための、
説明に時間がかかったたためだ。(後日説明)

午後から役所に出向き、
高橋幸雄議員と梅史子議員に、
頂き物のお礼に伺う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、大阪では何時ものように、
”心斎橋グランドサウナ”個室カプセルに、
松本哲治氏(タックワールド)共々連泊し、
朝10時のチェックアウトのあとは、
”なかおかコーヒー”で、
モーニングセットと決めている。
ここのコーヒーは抜群に美味しく、
おまけにお変わり自由。
コーヒーを運んでくる、
小林さんもマナーが行き届いており、
それも”うまさ”にプラスされている。

なかおかコーヒーから、
歩いて日本橋にオフィスがある、
”タックワールド”まで歩くのは何時もどおり。
25日は、
昼食に”ラーメン”を選ぶ。
「金龍ラーメン」以外でお勧めという、
黒門町市場入り口の繁盛店、
”本黒門町ラーメン”で、
とんこつ醤油とおにぎり一個を食べる。
ごく一般の”とんこつ味”で、
しょうがと辛し高菜、白ゴマが入れ放題。
どうせなら、
黒門町市場の中をブラリ散策という事に。
魚屋、食堂、八百屋、豆腐屋等が
ギッシリ軒を並べ、
買い物客であふれていた。


たこ焼きの本場大阪で、
今、話題の”たこ焼き”屋が
この市場の中にあると連れて行かれたのが、
”芋蛸”が屋号のTAKOYAKI屋。
メディアに取り上げられた雑誌や、
来店した、
吉本の芸人さんたちの記念写真がずらりと貼られ、
いかにも”旬”な話題店という、
イメージを植えつける。
主の「槌谷俊彦」さんは、
ずばり、
味の決め手は、山芋の配合と、
秘伝のダブルスープにあるといい、
全国からFC加盟の問い合わせが、
多くあり、
140万円で、
暖簾分けしていると言う。
思えば、
貞方邦介氏(あるかさば)も、
渋谷で5坪のたこ焼きやから起業し、
今では、
年商18億円のセレブな事業家に成長、
たこ焼き屋から、
”成り上がる”二匹目のドジョウを狙いたい方や、
定年を迎え第二の人生を
手軽で美味しい「たこ焼き屋」を開業し、
悠々自適に過ごしたい”団塊”世代の皆さんに、
”芋蛸”への連絡先をお届けしよう。
〒524-0073
大阪市中央区日本橋2-11-8
℡・Fax 06-6649-7300
槌谷俊彦さんまで
このあと、
一旦事務所に戻り、
事務所に訪れた、
小生の友人「宮崎文彦」氏を松本氏に紹介し、
揃って、
DR喜多のオフィスに伺ったところ、
昨日記載したように、
DR喜多の親友で、
「小林稔侍」さん(俳優)が、
偶然にも、
DRが大阪なんばにオフィスを構えて、
始めて訪ねてきていたところだった。

この後の続きはまた明日。
2006年04月26日
そば処「万葉庵」オープン
今日は、静岡駅で乗り換えだが、
新大阪発19時19分発のひかりに乗車し、
22時05分”熱海駅”着の新幹線で戻る予定。
大阪では、コーナン商事(ホームセンター)から
各店舗に商品を配送する会社(イーグルウイング)を経営する、
旧友の「宮崎文孝」氏を、
松本氏やDR喜多他の皆さんに紹介、
その線から色々な繋がりが構築され、
まだ2~3日は”大阪”に滞在したかったのだが、
明日は午前10時から、
熱海市議会会派、
「熱海会」を含む”11会”の勉強会が
予定されているため、
上記の新幹線で帰ることに。
DR喜多のオフィスでは、
”小林念持”さん(俳優)にお会いしたり、

池乃めだか師匠や”ほんこん”(吉本新喜劇)さんと、
楽しんだことは、
明日以降に記載するとして、
一息入れここで、
熱海東海岸町「国道135号線」沿いに、
新規オープンする、
そば処「万葉庵」をご紹介したい。
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来る4月29日(土)にオープンするのは、
日本ジャンボーグループの研修施設、
「サンビーチ・ジャンボー」を大幅に改良し、
「ホテル・サンミ倶楽部別館」との名称で、
新規オープンする、
カジュアルなリゾートホテルの、
一階部分の、「そば処 万葉庵」だ。
北海道産そば粉使用の”そば”と、
駿河湾・相模湾朝漁りの新鮮食材や、
「新潟産コシヒカリ」を産地農家直送の、
自家精米などでこだわりの食を楽しませる、
”絶景のそば処”として、話題を集めそうだ。
「サンミ倶楽部」といえば、
高橋弘会長(万葉倶楽部)がオーナーのホテル。
高橋会長、経験と知識に裏打ちされた
信じられないパワーで、
グイグイと関連企業を牽引している。
事業以外でも興味旺盛で、
つい最近も、
4月22日(土)、川崎の、
クラブ・チッタで開催された、
ブラジル総合イベント
MIX BRASILに、
奥方や小生ともども参加した。

熱海市を出発したのが午後9時。
次の朝には、
「日本ジャンボーグループ」のゴルフコンペへ、
午前7時出発だったが、
午前12時30分過ぎまで、
クラブ・チッタで、
会場の雰囲気にしたっていた。
(主催者のNTTコミュニケーション勝又氏と、小林K-1選手)

この後、熱海に着いたのが午前2時過ぎ。
4時間後には、
「日本ジャンボーグループ」の、
ゴルフコンペ出場のため、
小生他を乗せ、
自らの運転で、
伊豆韮山カントリー倶楽部へ。
小雨交じりのバットコンディションもなか、
「西」コースからスタートした、
高橋会長は、ハーフ46、
午後からの「東」コースを54でまとめ、
出場者20人の中、ダブルペリア方法で、
46,54=100、
ハンディ25,2で優勝したのである。
(成績を発表する、村松日本ジャンボー社長)

(高橋会長と社員の山本勝士さん)


参加者の成績は、ご覧の通り。
ここ2回のゴルフで
自信を取り戻したはずの小生だったのだが、
結果、
不甲斐ない”グズグズ”のスコアで、
おまけに、
地面を強打したせいか、
右肘がハレ、
「メディカルステーション きた」のお世話になる始末。

逆に、高橋会長の勝負強さに、
ただただ脱帽するのみ。
会長宛に、
セグレードの飯島氏からメールが入った。
ブラジルレストランセグレードの飯島一郎です。
MIXBRASILイベントにご来場くださり、
誠にありがとうございました。
イベント当日は、
あまりお話する事ができなかったのでが、
また、お会いしていろいろなお話をしたいです。
これからもブラジルレストランセグレードを
よろしくお願いいたします。
飯島 一郎
投稿者 飯島 一郎 : 2006年04月24日 01:35
そば処「万葉庵」の詳細は、
27日正午から開催する、
プレオープン後に、報告したい。
2006年04月25日
携帯電話で賃貸情報を
今回「大阪」に来た目的の一つに、
山口多加志氏が東大阪に建設中の、
6階建てマンションの視察がある。
山口氏は、不動産関連やアミューズメント会社等を
大阪市内中心に展開している。
韓国でも多数の事業展開をしており、
”釜山”を訪れるたびに、
カジノホテル、
「パラダイス・ホテル」のビップルームを、
行く度にリザーブして頂いている。
昨年10月にも、
小生が所属する月一親睦会「安井会」有志が、
釜山”カジノ”実践の旅の際も、
何から何までお世話になっている。
(昨年10月27日号参照)
山口氏が、
現在建設中の賃貸マンションは、
地上6階建てで、
35室のワンルームマンションで、
今月末に完成予定で、
引渡しが完了し諸手続きが済み次第、
松本氏とともに、
”釜山”3泊4日”グルメ”の旅へ、
参加することになっている。


その他、
大阪”タックワールド”(松本哲治社長)の関連会社
株式会社アクセスオンと、
株式会社ティアイシー・コンテンツが開発した、
”賃貸物件検索及び管理構築システム”
かりトクのシステム研修がある。
携帯から外観・内装や間取り・周辺地図などを
きれいに見やすく表示され、
24時間いつでもドコでも、
携帯電話から、
サイトにアクセスするだけで、
賃貸情報の空室情報を提供できるサービスだ。
利用者・物件管理者にとって、
一番のメリットは、
”仲介手数料ゼロで契約することが出来る”、
というシステムだ。
利用者は街の不動産屋さんを通すと、
必ず、
家賃一ヶ月程度の手数料を取られるが、
サイト経由での契約の場合は一切かからないという。
また物件管理者側は、
この”かりトク”を利用することによって、
”仲介委託料を払わずに集客が見込める”
という大きなメリットがある。
パソコンに触ったことの無い方でも、
アクセスオンが、
物件管理を行うから安心して利用できることだ。
当初は関西圏での利用頻度を見極め、
続いて関東圏も含め、
この”ソフト”が宅建業界に受け入れられるか、
注目していきたい。
また、タックワールドは、
”離れの宿・・・ほのか”の
ホームページ作成管理委託を受け、
携帯電話を最大に活用するシステムで、
顧客管理や販売促進部門で
大きな戦力になるものと期待されている。
この他、小生は、
「メディカルステーション きた」の、
事務局メンバーとして、
熱海を始め、
首都圏において、”痛み”で悩んでいる方々へ、
”ペインクリニック”を。
さらに、
◎高齢者は、これ以上年を取らないで、
いかに若返るか
◎成人は、現在の身体をチェックし、
老化の進んでいる部分は改善し、
全体にバランスの取れた身体を作る
◎若者に対しては、
自分の身体の特徴を知ってもらい、
将来の病気を予測する。
さらに、
◎シェイプアップ・体力アップ・肩こり解消、
ストレス解消・プロポーションを良くするなどの
悩みを改善するためのサポートなどの、
”コアトレーニング”を普及するための、
基本的健康講座を受講する目的がある。
この日、タックワールドには、
前述した、
”かりトク”を開発した、
「テーアイシ・ーコンテンツ」の
”渡辺事務局長”が、
モンゴルからの国費留学生で、
京都大学工学部を卒業した、
「ハシャ」さんをお連れして、
(渡辺氏、ハシャさん、タックの稲葉さん)

お好み焼きの、
鶴嘴”風月”なんばCITYにて、
夕食し、
5ヶ国語をマスターしている”ハシャ”さんから、
現在のモンゴル事情等、
わかりやすく説明していただいた。
”風月”はハシャさんのリクエストだったが、
キャベツたっぷりの、”豚玉月見”、
”燃やしロールのにんにくバター”、”げその塩焼き”、
風月特性の”太たまご麺”使用の、
”焼きそば”など、
関東では味わえない”ヘルシーボリューム感”を、
タップリ楽しませていただいた。
2006年04月24日
コーカサスの赤い風”1993”(3)
午前10時44分発「ひかり」に乗車、
午後12時59分に”新大阪駅”に到着した。
新聞は昨夜投票結果の出た、、
千葉7区の衆議院補欠選挙結果を
大々的に報じている。
民主党候補が僅差で当選したことで、
今後の参議院線を含む、
国政選挙を占う意味でも、
重要な選挙結果と分析している。
ぶっ壊し屋”純一郎”から解体屋”一郎”へ。
この流れを追い風に、
9月の熱海市長選挙で、
立候補を噂されている、
民主党系元官僚”S"氏には、
出馬へ向けて弾みがついた?
選挙結果ではなかったか。
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「コーカサスの赤い風」を、
東名新聞紙上で連載したのは、
遡ること、13年前。
ブログに掲載してから、
その当時の”新聞”を保管して頂いた方から、
”ラムザン”が旧ソ連邦へ帰国する前、
熱海市を訪れた時の記録を掲載した、
東名新聞を
コピーして頂いた.ので、
当時、協栄ボクシングジムに所属していた、
”ラムザン”を含む、
旧ソ連人ボクサーについて、
少し補足したい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラムザン以外のヘビー級ボクサーで、
1985年のワールドカップ優勝者だった、
”ヤコブレフ”は、
マイクタイソン挑戦の最有力候補と、
期待されていたが、
プロ第二戦でアメリカの無名選手に敗北。
このヘビー級の三人より遅れてデビューした、
ソウルオリンピックスパーヘビー級銅メダリスト、
”ミロシニ・アレキサンダー”も、
国内戦三連勝したものの”ダルファイト”が続き、
期待はずれだった。
この三人に代わって期待以上の活躍をしたのが、
軽量級の三人。
17歳のときからソ連のトップとして、
戦績を残している、
”ヤノスキー”は、
31歳でソウルオリンピック金メダリストに輝き、
現在も6戦六勝、4KO、
今年の3月9日、
アメリカ人の”リック吉村”(八戸帝拳)を
10R判定で破り、
日本ジュニア・ウエルター級チャンピオンの座に
ソ連人ボクサーとして始めてついた。
”グッシー・ナザロフ”も、5戦五勝5KO。
チャコフ・ユーリー”も、7戦七勝の戦績で、
世界の頂点にと大きく期待されている。
ソ連側の選手のまとめ役のラムザンは、
異種格闘技に転身、
6月12日東京・武道館で、
新日本プロレスの”橋本真也”との戦いに挑んだ。
試合は3ラウンド1分8秒、
橋本の水面蹴りからのハイキックを
顎に受け、KO負けした。
(1992年、ラーメンハウス”Ya~Ya~屋にて、他のお客とラムザン)

ラムザンは、
チェチェン・イングーシ自治共和国に属し、
エリツィン大統領のもと、
諸外国との独自交渉権をもって、
経済立て直しを図るという共和国の
意を受け、
日本との交流を渇望している。
政治的未解決の問題は
大きく両国間に横たわっているものの、
民間交流の中で、
解決の糸口を探っていくことも無駄ではあるまい。
政治的にソ連国内の動きは当分、
深刻な状態が続くものと見られている。
(1992年中央町小生の事務所にて、ラムザンと)

ゴルバチョフ政権を支えてきた、
シュワルナゼ前外相とヤコブレフ大統領顧問が、
ソ連共産党を離党、
「民主新党」結成に向けて動きが活発である。
これは、共産党の分裂をめざした
運動になるものと予想され、
新党結成の目するところは、
共産党書記長、「ゴルバチョフ大統領」を取り込み、
7月17日にロシア大統領に就任する、
”エリチィン”との、
協力関係を強固なものにし、
「民主国家政権」を築くことにあり、
保守派との綱引き如何によっては、
早期西洋型社会民主主義国家に
生まれ変わると専門家は分析している。
といっても、
共産党保守派は、
軍部、国家保安委員会(KGB)、中央省庁、
地方の行政機関・大企業などを抑えており、
新党結成に断固反撃の手を
加えてくることも予想される。
だが東欧における社会主義国家の崩壊は、
民主運動から大きなうねりとなって、
旧体制を打破したもの。
ソ連邦においても、
民族・宗教など雑多な複合国家であり、
保守派の思惑では、経済の維持は困難。
ラムザン氏の言動の中にも、
既に社会民主主義国家に推移していくのではと、
期待される点が随所にあった。
ラムザン氏は、
観光都市「熱海」の景観や構造に興味を示し、
”チェチンン・イングーシ自治共和国”と、
何らかのつながりを持ちたいと、
熱海市の資料を持ち帰り、
帰国後、関係者に説明するという。
早ければ今年の9月に再度、
関係者を伴って来日したいと、
本紙に
招聘先のプロダクションを通じて連絡があった。
(つづく)
2006年04月23日
熱海に「生ニンニク発酵装置」第一号機が
昨日(土曜日)の予定は、
午後3時に”三重県松阪市”から、
「発酵黒にんにく普及協会」の、
青木敏男氏と見間ちよさんが、
来熱し、
小生の事務所において、
特許申請済みの、
「生にんにく発酵装置」第一号機(FG-A8000)を、
熱海市内に設置する為の、
契約内容の細部の詰めを検討した。

発酵にんにくは、醗酵黒にんにくとも呼ばれ、
特殊発酵技術により、
”臭わず”、”甘酸っぱいプルーン味”で、
アミノ酸20種がバランスよく含有。
抗酸化力は生にんにくの13倍、総合活力は約6倍、
免疫力を備えた、
超サプリメントととして、
全国的に注目を集めている。
「発酵ニンニク」を特集した、
健康雑誌「ゆほびか」で、
鈴鹿医科科学大学”グ・ヨンファ」教授は、
ニンニクには、
アリインというアミノ酸と、
アリイナーゼという酵素が存在しており、
ニンニクの多彩な成分が、
生活習慣病の予防と治療に効果的だとし、
①コルステロールや中性脂肪が減る。
②血圧が下がる。
③血栓ができにくくなる。
④発ガンが抑制される。
⑤疲労が回復する。
⑥ボケにくくなる。と、分析している。
活性酸素は、
体内で過剰になると細胞内の遺伝子を
傷つけて”ガン”を引き起こし、
過酸化脂質を作ると言う。
老化を早め、脳卒中や心臓病、
ガンなどの引き金になる”猛毒物質”で、
発酵ニンニクが活性酸素を除去する効果は、
生のニンニクより13倍大きいことが実証されていると、
”グ”教授は”ゆほびか”の中で語っている。
(牧野出版”ゆほびか”4月号参照)

この”発酵ニンニク”は、
今から8~9年前「三重県尾鷲市」の、
上村、今西両氏が特許申請し、
「ジョーソン」社を立ち上げ、
月産5,000球を製造販売し、
”元気君”ブランドの浜野氏(尾鷲市)は、
受注生産で、月産50,000球、
三健総合研究所(伊勢市)が、月産10,000球、
キタムラの小俣氏(伊勢市)が、月産5,000球、
健命食品の谷口氏(松阪市)が月産30,000球、
夫々受託や自家製造して、販売している。
青木、見間両氏は、
松阪市の”健命食品”に委託生産する一方、
上記の生産技術では
100%の完成度が見込まれないことや、
大量生産が不可能なことから、
独自の技術で特許申請し、
その「生にんにく発酵装置」第一号の開発に成功、
試作機が、
熱海市内に移設されることに。
第一号機の月産生産能力は、8,000球。
このほか、
プレハブコンテナ仕様の、
「全自動ニンニク発酵装置」(FG-21 3000)も、
熱海市内に設置される予定で、
今後、
熱海市を中心に「発酵ニンニク」、
”ブラックガーリック”普及の全国展開の、
窓口となる可能性が広がってきた。
第一号機の導入は、
5月中旬が予定されている。
打ち合わせを終えると、
高橋会長(万葉倶楽部)から電話が入る。
川崎で開催される、
大竹氏(鶴見ブラジルレストラン・セグレード)の、
川崎への出発時間が、
午後10時と決定し、
小生は咲見町の寿司屋「のんき」にて、
待つことを、
運転していただく、加藤さんに伝えておいた。
「のんき」には、
明日の”コンペ”出場組みの、
富沢氏(日本システム社長)以下、
日本ジャンボーグループのメンバーが、
酒を酌み交わしていた。
午後9時55分、
「のんき」の店先に
”加藤”氏が運転する車が止まった。
2006年04月22日
コーカサスの赤い風”1993”(2)
今週は、月曜日に
ナイタイの円山社主、ニコライ、ヘミング氏等と、
飲んで以来、3日間断酒した。
来週月曜日からの「大阪」出張では、
名だたる酒豪が相手とあって、
3日間”休肝日”とし、
葬儀の席でも一切アルコールは口にしなかった。
昨夜も飲むまいと事務所で、
ブログを打ち込んでいたら、
遠藤夫妻から電話が入った。
遠藤夫人がニュージーランドに嫁いだ、
娘さんの所で、
約一ヶ月余り日本を留守にしていたのだが、
帰国して久しぶりの”熱海”の別荘に帰り、
咲見町の「武とみ」で夕食するので、
一緒にどうか、というお誘いだった。
”武とみ”はカウンターも、
座敷も満席の盛況だった。
ニュージーランド土産の”ワイン”と、
芋焼酎を潤滑油に、
”娘と孫”の土産話や、
遠藤氏が開発し小生も導入した、
”監視システム”の普及先と、
データー分析による
”商品”陳列位置移設による
売り上げアップに繋がる分析方法など、
久しぶりとあって、
話題は尽きなかったが、
ご夫妻、
明日は「サザンクロスカントリー」でゴルフと言うことで、
フィニッシュに、
「ラーメンハウス Ya~Ya~屋」にて、
醤油ラーメンと餃子で今夜は締めくくると、
小生の店に。
店には、
今月「ほのか杯チャリティーゴルフ」で優勝した、
記念トロフィーが、
送られてきたいたので、
早速、記念写真と相成った。

☆☆☆☆☆☆☆☆
チェチェン・イングーシ自治共和国、
”ヤナイ・マモダエフ”次期首相候補が、
元ソウルオリンピック”ボクシング”ヘビー級入賞者で、
元全ソチャンピオン、
”シビエフ・ラムザン”に案内され、
熱海を訪れたのは、今年の春のことで、
九州宮崎付近からスタートした、
桜前線は、
いつもの年より足早に、伊豆半島を吹き抜け、
そのあと、
菜種梅雨が居座り続けていたころだから、
3月下旬の午後と記憶している。
(1993年旧つるやホテルにて、ラムザン、マモダエフ氏)

シビエフ・ラムザン(34)は、
旧ソ連、ヘビー級のチャンプだった。
身長182センチとこのクラスではやや小柄ながら、
ガッシリと鍛え抜かれた筋肉は厚く、
打たれ強そうな猪首、
分厚く太い腕から繰り出されるパンチは、
シャープで重い。
日本でのヘビー級のデビュー戦は、
後楽園ホール。
ラムザンは、
顔の中央にデンと構えた鼻筋に、
威圧感ある口髭とは対照的な、
格闘家には不向きに思える、
温和な瞳が印象的な男だった。
旧ソ連のボクサーを、
日本プロボクシング協会所属の、
協栄ジム研修生として召致したのは、
新日本プロレス代表の、
”アントニオ・猪木”だった。
日ソスポーツ交流を掲げ、
その第一歩に”ボクシング”を選択した。
仮に日本でボクサーとしてコケても、
ヘビー級クラスの選手であれば、
その話題性から”新日本プロレス”へ
レスラーとして鞍替えも可能であり、
如何様にもつぶしがきく。
1990年2月1日、
日本のマットにソ連人ボクサーが誕生した。
ヘビー級、
ラムザン、スラフ・ヤコブレフ、ルスラン・タラモ、
Jウエルター級、
スラフ・ヤノスキー、
ライト級、
グッシー・ナザロフ、
フライ級、
チャコフ・ユーリーの6人だった。
猪木と金平はプロモーターとしての
力量はずば抜けており、
世界チャンピオン空白に喘ぐ、
日本ボクシング界に旧ソ連からのボクサーを輸入、
プロライセンスを取得させ、
世界に挑戦させることに
活路を見出したとしても不思議はない。
旧ソ連のボクシング界にプロは存在しない。
アマとプロの壁、民族間の風俗の違い、
宗教、言葉の垣根等など、
来日3年間で克服しなければならない、
ストレスは屈強なボクサーと言えど大きく深い。
この3年間で、
世界チャンプを奪取したのは、
フライ級の”チャコフ・ユーリー”だけで、
”グッシー・ナザロフ”を除く、
4人のボクサーは様々な要因が重なって、
残念ながら可能性を没収された。
それにしても、金平会長は強運だ。
俳優”ミッキーローク”がボクサーとして、
日本のリングに登場した、
前座試合が、
「WBC世界フライ級」タイトルマッチだった。
この試合でチャンピオンに輝いたのが、
”ユーリー”で、
金平会長は、僅か六分の一の確立で、
世界をモノにしてしまった。
ラムザンも限界組の一人だったが、
何故か”猪木”は、
新日本プロレスのマットにマッチメークした。
1992年6月12日、
「東京武道館」で行われた、
異種格闘技”超実力者宣言”がそれだ。
この試合で、
ラムザンは、橋本真也と対戦する幸運を得、
敗れたと言えども、
日本のプロレス界の一片に名を残したのである。
この試合から僅か2ヵ月後の8月、
旧ソ連邦が解体され、
独立国家共同体が新たに発足した。
こうした混乱期の中、
エリツィンロシア大統領は一月、
”価格自由化政策”を打ち出したものの、
価格だけの自由化が先行し、
モスクワの街から食料品が消えた。
こうした政情の中で、
日本からの経済支援の必要性と、
北方四島領土問題解決を視野に、
政治家、商社、ECに現地法人のある日本企業が、
混乱期に乗じて、
”コネ”を探り”利権”という鉱脈を求め、
日本の「冒険者」達が、
夫々”抜け目なく”情報を収集していた。
(つづく)
2006年04月21日
コーカサスの赤い風"1993"(1)
訃報相次ぐの項で、
葬儀を担当したのが、
西村葬儀店。
それもそのはず、
社長の「石村孝治」氏は、
故川上健次氏が役員だった、
ホテルの株主でもあり、
日大時代は、
故山口新氏の一年後輩で、
子供の頃からの顔見知しりという間柄。
昨日は、
熱海市議会観光福祉委員会委員として、
熱海芸妓置屋連合会主催の、
祭事と重なったのだが、
山口家の告別式に出席させて頂いた。
火葬場では、石村氏と、
故人を偲ぶ数々の共通した、
思い出話を綴り合うひと時を過ごした際、
ゴルフ談議にも花を咲かせた。
石村氏とのゴルフ歴も長いのだが、
技量は小生より数段上で、
パターを得意としている。
「ゴルフはパットだよ。パット・イズ・マネー」と、石村氏。
ちっとも上達しない小生のゴルフに
歯がゆく思ったのか、
ー明日事務所に”パター”を届けるよ”と、
今日の正午、
”テーラーメイド・モンザ”を、
小生の事務所に届けていただいた。

石村氏、
昨夜2時50分ころ起きた地震に触れ、
ー伊豆半島東方沖地震を思い出すーと、
観光地への影響を危惧した。
伊豆半島を震源とするこの地震で、
熱海市内でも震度4を記録、
その後5回ほど群発している。
専門家の話では、
同程度の地震が起きる可能性を指摘しつつ、
過去の例からも、
概ね1~2週間で終息し、
GWへの影響は少ないとの見解を示した。
★★★★★★★★
とは言え、
予測できないのが天災である。
地震で蘇るのが、
細川連立政権が誕生した、
1993年の7月12日)に北海道・奥尻島で発生した、
北海道南西沖地震だ。
ここの地震で、
津波と大火事で島が壊滅状態となり、
死者・行方不明合わせて239人の犠牲者を出した。
その後この島へ、
行政視察させて頂いたが、
地震と津波、火災による被害は
筆舌に尽くせないほどの大惨事だった。
この地震が忘れられないのは、
小生が「ロシア」を訪れた年だったからである。
かつて小生が発行していた日刊紙、
”東名新聞”紙上で、
モスクワや、
”チェチェン・イングーシ自治国”(当時)の
首都「グローズニー」を訪問した記録を、
「ロシア紀行」”コーカサスの赤い風”と題して連載した。
改めてこの紀行を振り返ってみることで、
故金平会長(協栄ジム)、
アントニオ・猪木さん、
ナイタイ・円山社主と小生を繋ぐ原点があったのか。
また、
今後、円山社主との交流において、
ロシアとのスポーツ、文化のジャンルや他のビジネスにおいて、
友好的民間外交の潤滑油となれば幸いだ。
(1992年3月、日本ジャンボーを表敬訪問した”マモダエフ経済担当相ー当時ー)

ロシアへの出発は6月2日と決まった。
未知の国に対する皮算用は膨らむばかりだ。
NHKテレビ・ロシア語会話、六ヶ国語会話「ヨーロッパ・ソ連編」
地球の歩き方「ソ連」、エリアガイド「ソ連」と、取り揃え、
教育テレビの画面とも格闘する。
ロシア語は難しい。
無知を演じて会話の中から、
”距離”を図ろうとは、10年早そうだ。
それにしても夢見たいな話が、
日一日と現実味を帯びていく。
が、
間近になるにしたがい、
不安感が増幅してくるのも隠せない。
経済破綻、超インフレ、政情不安、
核管理問題、赤いマフィアの台頭など、
今次期の”渡ロ”への不安と緊張感も隠せない。
(つづく)
2006年04月20日
訃報相次ぐ
小生の知人が18日
相次ぎ黄泉の国に旅立った。
一人は「川上健次」さん(70歳)。
一般には馴染みの薄い名前だが、
市内梅花町に住居を構えてから、
20年以上が経過する。
故川上氏は、
ウオミサキホテル「菊間一光」氏の同級生として、
ホテルの前身、
「中央ホテル」創立メンバーの一人、
常務取締役として活躍してきたが、
事業が拡大するにしたがって、
経営方針をめぐり、
何らかの葛藤を起因として、
早い時期、ホテルを離れている。
川上氏には当時、
出入り業者(サンシン印刷)として、
間近で可愛がって頂いた。
また、縁とは不思議なもので、
川上氏のご令嬢が、
あろうことか、
小生の故郷”北海道釧路”の
大きな材木屋のご子息と結婚したのである。
この結婚式には、
小生も出席させて頂いき、
その後、
釧路に帰省した際、
娘さんご夫婦とは、
お子様がお生まれになった後も、
ラーメンの「まるひら」(釧路市米町)で、
何度か偶然にもお会いしている。
最近では、川上氏とは、
ハンディや車ですれ違う程度の、
接触しかなかったが、
お世話になった恩を感謝するとともに、
ご冥福をお祈りいたします。
(故川上氏ご令嬢の釧路市内での結婚式)

あと一方は、
「山口新」氏(60歳)。
故人は加工魚を中心とした
高齢者用の訪問販売
「新八」を個人経営していた。
また、かつては、
日大野球部のキャプテンを務めるなど、
熱海市伊豆山を軸に、
子供のときからリーダー的存在だった。
そうした環境は、
熱海市議8期、28年5ヶ月在任した、
父君「故山口包夫」氏や
母君「山口藤子」さんの厳格な教育方針にあった。
父君は、
昭和58年10月22日午後3時26分、
不慮の交通事故に遭遇し、
外傷性脳内出血で逝去されたが、
それまでの市政特別功労賞、
全国東海県下各市議会議長会25年特別表彰等の
功績から、
昭和58年11月、
勲四等瑞宝章を叙勲している。
写真は17年前、右から吉田氏(つるや質店)、
中、山崎氏(山木屋精肉店)、故山口新氏。

小生と、
山口新氏の関係は古く、
愚妻の同期生ということだけでなく、
日刊紙(東名新聞)発行編集人当時は、
敵対していたこともあったが、
度量の大きな「山口氏」は、
42歳の厄落としの集まり以降、
寛大な心で接していただいてきた。
ここ7~8年は、
公私共に小生のアドバイザー的存在で、
議会人としての立ち振る舞いについて、
一匹狼的存在だった、
亡父「包夫」氏に重ねる点が多々あったようで、
その経験と危機管理法などご指導頂く事は多かった。
山口氏のお子さんの進路等で、
更に親密度を増した矢先の訃報だった。
ついに、ガンと戦って約20年、
18日未明、
新氏は帰らぬ人となった。
通夜、告別式、火葬場へと、
葬儀には大勢の同期生や友人、野球仲間等が
駆けつけ、
小生もその中の一人として、
最後までその死にご冥福をお祈りさせていただいた。
2006年04月19日
ロンドンからのお客様”来宮神社”参拝
ナイスポ、近代将棋を発行する、
ナイタイ出版を統括する、
ナイタイグループの、
円山和則社主は、
政財界やスポーツ関係の、
ロシア人脈と深いつながりを持つ。
大相撲やK-1やプライド等の格闘技世界に、
多くのロシア人を送り込み、
”日ロ”を結ぶスポーツ・文化の架け橋を担ってきた。
円山社主は、
北海道の出身である。
去る17日(月)、
円山社主の親しいロシアの友人で、
天然ガス関連の事業家、
現在はロンドン在住の「ニコライ」氏ご家族と、
産業廃棄物処理機材等のリサイクル事業を展開する、
ドイツ人で、
ニコライ氏の友人「ヘミング」氏、
京都大学で元禄文化を学んだ、
ロシア人通訳の「マック」氏ご一行を、
西山町「離れの・・・宿 ほのか」にご招待した際、
その”宴”の席にご招待いただき、
親睦を深めさせていただいた。

歓談の際、
マック氏から”ニコライ婦人”が、
日本の神社や寺院建築に興味があり、
「ほのか」に向かった際、
右手に通り過ごした、
「来宮神社」を見学したいとの希望が披露された。
小生早速、
宮司さんに電話を入れたところ、
せっかくだが明日は早朝から、
予定があり、
残念ながらご案内できないが、
但し今からなら、
若干時間が取れるので、
熱海にお越しの上、
当神社をご指名の「外国の方」に、
お会いして、
挨拶だけでも差し上げたいとの
有難いお言葉を頂戴した。
早速起こしになった宮司さんに、
一向甚く感激し、
マック氏を通しての楽しい団欒となった。
(雨宮来宮神社宮司とニコライ婦人、ヘミング氏)

通訳の努力もあり、
言葉の垣根は取り払われ、
意思の疎通がはかられたようで、
宮司さんは”葉巻”をプレゼントされるなど、
”日ロ(日英)”親善に大きな印象を残したようだ。
このあと、暫し宴席が続いた後、
宮司さんを自宅までお送りし、
その後、
小生のラーメンハウスへと向かった。
「Ya~Ya~屋」では、
円山社主のリクエストで、
全員、
餃子と”肉味噌もやし”で楽しんでいただいた。
(写真左より、ニコライ氏と円山社主)


翌朝10時、
ご一行と神社で待ち合わせ、

”神事”を体験し境内の神木に案内され、
社務所にて、
”抹茶”サービスを受け、
この後、ご一行は、
ニコライ、ヘミング両氏夫々の
企業に関連した案件説明を待つ、
中央省庁への表敬訪問のスケジュールをこなす為、
感動の余韻を残し、熱海を離れた。
2006年04月18日
ブラジル総合イベントのご案内
熱海市内の有志で構成される、
月一親睦会、
「佐口会」(佐口静雄代表)の、
メンバーの一人、大竹啓之氏は、
神奈川県横浜市鶴見駅前にて、
ブラジルレストラン「セグレード」を
経営していることは既に既報の通りだが、
来る4月22日(土)に、
「MIX BLSIL」と題した
音楽を中心としたイベントを開催する。
熱海市出身の「大竹」氏は、
熱海再生案の一つとして、
日本に在住する、
日系ブラジル30万人のエネルギーを活用し、
ブラジルの伝統的な音楽やダンスを構成し、
熱海に数千人単位で誘客につながる、
ビックイベントを誕生させたいとの、
情熱を滾らせ、
小生を含む関係者との間で、
企画を進めてきた。
昨年暮れの、
小生の後援会主催の市政報告会でも、
大竹氏の強力なバックアップにより、
”サンバでATAMI”と称した、
ミニカーニバルで、
出席者の心を強烈につかみ、
「熱海ラテン化計画」の第一歩に、
手応えを感じさせている。

昨日は、
大竹氏からイベントの案内を受けた、
高橋会長(万葉倶楽部)から、
「一緒行く」との電話が入り、
川崎でのイベントが、
夜中の10時からの開催であり、
次の朝は、
「韮山カントリー」で、
恒例のゴルフ大会があり、
早朝出発にも関らずの、
”タフ”さを見せ付けたのも、
”サンバでATAMI”で放たれた、
強烈なエネルギーが強く
印象に残っているのかもしれない。
(佐口会メンバーの貞方邦介氏と大竹氏) (川崎イベント会場の案内図)

小生のブログをご覧の方で、
参加したいという希望の皆様には、
「セグレード」スタッフ、
飯島一郎氏から頂いた”メール”を簡略にご紹介して、
内容の一部でも、
把握していただければ幸いである。
NTTコミニケーションズの協力を得まして、
”クラブチッタ”の収容人数は1300人。
(今回のイベントには)大竹啓之オーナーの
強い思いが込められています。
今、どんどんブラジルが
注目されてきています。
2008年には
日本人がブラジルに移民して100周年を迎えます。
音楽などでも
サンバなどのブラジルのポピュラーな音楽を
アレンジして多くの歌手が
歌っているのを耳にもします。
ブラジルの素晴らしい
情熱や文化などは
日々日本人に定着してきていると思います。
しかし、多くのブラジルの情報がありながらも、
多くがブラジル好きの仲間だけの
身内感覚の中だけで終わってしまったり、
こんな風な情報が欲しいのだけれど
一体どこに行けば
その情報はもらえるのかとかいろいろな
問題があります。
しかし、大竹啓之オーナーは
このブラジルというキーワードを使い
日本全国にある
ブラジルレストラン、
クラブ、
ブラジルの雑貨屋など多くのお店や企業を
ひとつなぎにすれば、
素晴らしいコミュニティが出来上が(ると確信しています)
大竹オーナーからの伝言で、
事前にお連絡いただければ、
VIP席をご用意してお待ちしておりますので、
(ふるってご参加下さい)
当日のイベントの内容は
BALANCA MAS NAO CAI
VIA BRASIL
群馬県の大泉町で活躍する
Via Brasilアシェー、フォホー、
バイラォンセルタネージョパゴーヂ、
60,70,80年代のMPBなど様々なジャンルの音楽を演奏。
BANDA SAMBABWE
日本において最初で唯一の
Samba Rock‐ Samba Funを
お届けするバンド。
BAILE FUNK/FUNK CARIOCA(バイレファンキ/ファンキカリオカ)と
呼ばれる音楽を巧みに操り
観客を魅了するその腕は見物。
Dj willie
ETC...
以上のアーティスト達とこの他にも、
いろいろな催し物が開催されます。
また、次回イベントの予定に
現代のサンバ界を代表する
サンバの神様と言われる
彼の独占ライブイベントを
6月頃に開催予定です。
そんなマル秘な情報も
いろいろありますのでお楽しみにしてください。
下手な文章で申し訳ありませんが、
ぜひ、足をお運びください。
心よりお待ちしております。
飯島 一郎
ブラジル総合イベント
MIX BRASIL
日時:2006年4月22日(土)
当日会場にて購入出来ます)
会場:CLUB CITTA'川崎
開館:23:00~05:00
入場券:3、500yen[1drink]
ご質問は下記まで
080-5405-5442
ブラジル家庭料理レストラン
「 Segredoセグレード 」
所在地:横浜市鶴見区本町通2-84-1
TEL:045-510-3201
2006年04月17日
「猪鍋」で親睦会
日曜日は朝から雨だったので、
散歩コースを、
熱海観光港からサンビーチ横磯まで
往復することに。
土曜日は、
DR喜多が大阪に帰った後、
午後7時から、
月一親睦会「佐口会」が”Ya~Ya~屋”にて開かれ、
「猪鍋」に人気が集中した。
熱海市の山野には、
体長1,2メートル、尾長20センチほどの、
首は太く、顎は短く、吻が突出している、
頭胴長の”猪”が多く生息し、
夜間、食を求め、
農作物を荒らす”害獣”認定されている。
狩猟や捕獲された猪は、
夫々に処理され、
時には”料理”として重宝されている。
この日の猪肉は、
山田氏(栗本石油)が持参した。
これに、
下多賀の「松尾農園」から頂戴し、
冷凍庫で寝かせておいた、
猪肉をあわせ、
スープは味噌をベースに、
椎茸、玉ねぎ、大蒜スライス等の野菜を、
タップリ入った鍋に入れ、
グツグツと煮込んだのである。
下拵え担当は、望月のタケさん。
(写真左より、タケさん) (齋藤氏支配人と山田氏)

肉は臭みがなく、柔らかく、
参加者全員が、
美味いを連発し、何度もお代わりをした。
小生にとっても、
今まで食べたなかでは最上の味だった。

この日はメンバーの一人、
貞方邦介氏(アルカサバ社長)が、
九州久留米”ハウステンポス”での、
講演により欠席したのだが、
貞方氏の経営する、
「リラックスリゾートホテル」斉藤支配人が
代理出席し、
出席者と直ぐに馴染み、
”猪鍋”に舌鼓を打った。
(平石氏と花村氏) (松本スクリーン、松本ご夫妻)

9月の熱海市長選の行方、
貞方氏の箱根の新規事業の進捗状況、
市内基幹産業の景気動向等、
各界が集まった月一親睦会は、
広く意見交換をし、
情報を分かち合った。
最後に、猪鍋に、ご飯を入れ、
”オジヤ”としても楽んだのである。
佐口会で盛り上がっていた頃、
”Ya~Ya~屋”(ラーメンハウス)のカウンターには、
前のマンションの住人で、
東京都足立区梅田で、
特殊印刷加工、
松本スクリーンの、
松本淳秀・祐子ご夫妻が食事に見えられ、
記念に一枚お撮りさせていただく。
またこの日は、
大竹氏の店(鶴見・セグレード)は貸切とかで、
会費を持参したのち”U-ターン”。
4月22日、川崎で開催される、
大竹氏主宰のイベントの詳細は、
明日のブログでご紹介いたします。
2006年04月16日
DR喜多、熱海を検診
一昨日、DR喜多、中川、松本氏等と別れたあと、
一階の”ラーメンハウス Ya~Ya~屋”をヘルプし、
中川氏が持参した、
”ハイル温泉マット”に身体を休めたのは、
午前2時30分を過ぎていた。
ヘルニアからくる坐骨神経痛を和らげるため、
固めベットマットにしていたが、
このマットは、体全体を包み込む感じだった。
翌日の土曜日、
午前8時まで目が覚めなかっただけでなく、
あれだけ呑んだのに、
二日酔いの兆候すらない。
へ~っ、ハイル温泉マットの影響かと、
思いつつ、
愛犬「ふ~」を連れ、
いつもの散歩コースへ。
つい先日まで農道の両脇に咲き乱れていた桜も、
花嵐に舞い散り路面の色を変えていた。

DR喜多、中川、松本両氏は、、
午前10時30分に、
サンミ倶楽部をチェックアウト、
西山町「離れの・・・宿 ほのか」へ。
松本氏は、ホームページ作成の契約と打ち合わせに、
DR喜多は、川岸会長の痛みの部分に”ブロック注射”を、
中川氏には、
”はいる温泉マット”の説明という、
各人各々、用件を携えての訪問だった。
昨夜の話では、
DR喜多、松本氏、小生3人が揃って、
中川氏の「原宿」本社を訪れる予定だったが、
DR喜多の患者さんが強い痛みを訴えて、
”メディカルステーション きた”に、
午後5時までに入りたいと言うことで、
急遽、
午後3時47分の新幹線で大阪に戻ることに。

(中川氏と外久保氏) (DR喜多と岡田支配人)

一度小生の事務所(中央町)に戻り、
女性スタッフの”鼻炎対策”の注射を一本、
夕べの「天匠」のご馳走、
”金目の煮付け”が残っているというので、
昼食は軽くお蕎麦ということで、
事務所近くの、
「むさしの」へ。

中川氏は松本氏と、原宿に行くことで合意、
小生はやり残した仕事を優先することで、
東京行きは辞退し、
小生の自宅に、DR喜多をお連れし、
50肩が原因なのか、
パンパンに張り痛みがきついと言う、
悩み解消に。
両肩、両首筋に合わせて4本の注射のあと、
コアトレーニングの指導を。

コアトレーニングとは、
腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋に
囲まれたところを指し、
コアの筋肉群が弱いと背骨が不安定になり、
腰痛や肩こり、上下肢痛を起こしやすく、
また運動機能の低下にもつながり、
骨折や転倒の原因となりい、
介護の必要な生活につながる。と、言う。
コアトレーニングは、
コアを意識しながら身体のバランスを整え、
背骨を安定させる画期的な健康増進運動である。
この効果として、
コアトレーニングは、
年齢を問わずまた設備や器具を必要とせず、
いつでもどこでもできる利点と共に、
心肺機能・柔軟性・筋力を高めることが出来る。
背骨が安定しプロポーションが良くなって、
”肥満が治り”、
下腹部も締まり便秘も改善されると言う。
腰痛・膝痛・肩こりや関節や骨の老化防止に、
いつまでも若々しくいたい方に役立つと、
DR喜多は、
病気にならないカラダづくりを提唱している。
松本、中川両氏を熱海駅に送り、
熱海市内、特に海岸を見たいと言う、
DR喜多をクラウンで案内し、
熱海観光港付近で記念写真を。

30年前、
ご家族と熱海に訪れ、
「石庭」に宿泊したそうだが、
そのころの印象とは大きく変わり、
DR喜多は、
まるで外国にいるようなロケーションだ。と、
外見からのイメージを率直に口にした。
駆け足での「熱海」だったが、
DR喜多の熱海に対する”検診”結果は、
上々のようだった。
この後、午後7時からは月一懇親会
「佐口会」が待っている。
2006年04月15日
DR喜多、熱海を歩く
DR喜多と松本哲治氏(タックワールド)は、
新大阪から浜松までは”ひかり”で、
その後にこだまに乗り換え、
熱海駅に着いたのは、
昨日の午後5時1分だった。
熱海駅から宿泊先の、
”サンミ倶楽部”に案内し、
夕食先の、「天匠」(清水町)で、
午後6時に待ち合わすことに。
先にホテルに案内した、
中川忠氏(エレメンツ製薬)は、
時間前に、天匠で待機してた。
松本氏は、
「離れの・・・宿 ほのか」の、
インターネット営業戦略の契約と打ち合わせに、
中川氏は、
新規開発した”ハイル温泉マット”を持参し、
小生が、モニターとして使用することに。
「美と健康」を原宿から発信する、
エレメンツ製薬が完成したのが、
”おうちで岩盤浴シリーズ”と名づけた、
オーストリア最大の温泉保養地、
バドガシュタインに、
世界で最も優れた、
「坑道療法施設ガシュタイナー・ハイルシュトレーン」の、
貴重な石の力を、エレメンツ製薬が、
特殊技術により、
もっとも簡単で安全なマットとして完成、
このマットを布団・アットにセットするだけで、
簡単に岩盤浴が楽しめ、
約30分ですばらしさが体験できるという。
DR喜多には、
医療器具としての認定を受ける予定の
このマットの臨床について、
小生が仲立ちさせていただくと言う、
顔合わせだった。
和歌山県出身の”DR喜多”、
活きものより、
煮物が大好きということで、
「天匠」を紹介、
ここの”売り物の一つ”、
金目鯛の煮付けを食べていただいたのだが、
「うまい」を連発で、
酒の飲めないDR,
ご飯のお代わりの大満足で、
各々のを対面させた小生としては、
”食が取り持つ、友好の和”で、
四者共同の”ニュービジネス”が進展する予感を、
強く感じた会食だった。
この日の「天匠」、
小生たちの隣の席に、
熱海銀座商店会の方々も会食しており、
DR喜多を紹介させていただいた。

そのあと、
松本、中川両氏の要望で、
小生の”ラーメンハウス”Ya~Ya~屋”で呑みなおしに。
そこに、ロイヤルリゾートの矢野所長が飛び込み、
一緒にカメラに収まる。

店に飾ってある、
”東映カレンダー”4月の顔は、
既報のとおり、
DR喜多の和歌山時代からの親友、
「小林念持」さん。
そのカレンダーを小脇にもう一枚。

この後、2階のクラブで、
中川氏の渋い喉と、
松本社長には、

”ほのか杯チャリティーゴルフ”でご一緒した、
芸妓置屋「紅大吉」の初玉姉さんを紹介し、
さらに盛り上がりを見せた、
一日でだったのである。
2006年04月14日
優勝カップ
14日(金)に、
大阪から、喜多薫医師(メディカルステーション)と
松本哲治氏(タックワールド)が来熱し、
原宿の中川忠氏(エレメント製薬)を
お引き合わせする段取りで、
”サンミ倶楽部”にて宿泊し、
夕食を「天匠」で楽しんで頂いた。
その前に、
他人の自慢話など、
鳥の餌にも値しないと思う方は多い。
確かに、それは言える。
ただ、小生にとっては、
32人、4組が参加したゴルフコンペで、
優勝したとなると、
二度と無い事かもしれないので、
少しだけでもふれさせて頂く。
昨日は、
仲良し議員の”回復記念ゴルフ”で、
”コンドル・若井”に
優勝を浚われたことは既報のとおりだが、
その前日の、
第8回「ほのか杯チャリティーゴルフ」で、
優勝したのは紛れもない事実。
無論、ハンディが多く、
フロック的要素があったとはいえ、
小生にとって
優勝という二文字は、
ひじょ~に、嬉しいの、
ココロだったのでございます。
このチャリティーゴルフは、
「離れの・・・宿 ほのか」(外久保宏一社長)が主催する、
熱海市内の出入り業者や、
顧客やその関係者を集め、
月一開する親睦会である。
スリーパット、OB,バンカーなど、
上限価格を設定した、
小生のような”ヘボ”ゴルファ~には、
厳しい大会だが、
その収益金すべてが、
熱海市社会福祉協議会に寄付されるとなれば、
納得もいく”貢献ゴルフ”大会でもある。
さて、その成績だが、
ところは、大仁カントリークラブ。
コースは、箱根から富士。
コンディションは雨という状況の中、
小生は、48,54、ハンディ・・・・(32)de
優勝させて頂いたのです。
優勝を狙ったのではなく、
たまたま、”はまった”ラッキーなトロフィーだったのです。
写真右は、ほのか「岡田」支配人と外久保社長。

それでも、
優勝にはかわりありません。
素直に喜こばせていただきます。
このあと、「ほのか」にて、
大会に参加した、
大阪「池乃めだか師匠」(吉本新喜劇)の
スナック「キャット」の共同事業者、
倉沢氏や山下社長等、

遠方より参加の皆さんと食事会が催され、
メンバーで、
熱海芸妓組合連合会の重鎮、
「初大吉」の女将や、
その系列で紅大吉の、
「初玉」姉さんを交え、

歌って笑った楽しい一日だったのございます。
なお次回は、
5月の第3水曜日がコンペ開催予定日ですが、
参加ご希望の方は、
熱海市西山町、
「離れの・・・宿 ほのか」
外久保社長か岡田支配人までご連絡下さい。
電話番号0557(81)5223
2006年04月13日
ゴルフで健康づくり
これまでご紹介してきた、
”メディカルステーション きた”の
喜多薫院長は言う。
ー少子高齢化が進展する中、
医療は改革が遅々として進まず、
医療や介護・福祉分野の財源は、
すでに破綻状態にあります。
この社会情勢の中では、
出来るだけ病気をせずに高齢者がいつまでも、
自分の足で歩ける”脱介護”が、
必然的な時代に入っていると考えます。
しかし、
現代医療は、内部矛盾が鬱積した状態のままで、
人間を物のように扱い、
画一的で病気を治せない医療や、
検査や薬・注射漬けの医療など、
私がもっとも望まない
医療界になっていますー
ーもう病院の時代は終わった、
もっとコンパクトで、
全人的・総合的な医療を、
出来るだけ治療し再発させない医療を、
”薬や手術が少なく体力づくりを
完璧にできる、医療を目指そう”
それが40年の医師生活を経た
私に与えられた新たに使命だと考えています。
生活習慣病の約8割は、
ライフスタイルの見直しによって、
予防できることが明らかになっており、
また難治性の慢性病や椎間骨ヘルニア、
寝たきりも生活習慣の見直しで
予防できるのです。
その意味でも、
「病気を治す医療」から一歩進んだ、
「病気にさせない医療」の実践と、
スタッフの育成が急務となっています。
笑顔のある生活は健康なくしてなく、
大切な家族を守るため、
そして自己実現のために、
自分の体にあった健康づくりをすることが、
もっとも大切なのです。
あなたが健康で豊かな人生を送るために、
病気にならない方法を、
ご進言できればと願っていますーと、
病気を治す医療から、
病気にさせない医療を目指している。
では、病気になったあと、
自分の体にあった健康づくりを実践し、
”胃がん”という名の、生活習慣病を
”打ち負かし克服した”方々が、
熱海市議会に少なくても3人存在する。
若井明、梅原一美議員のお二人もそうである。
梅原議員は昨年、
「国際医療福祉大学付属熱海病院」にて、
胃の三分の二を摘出したものの、
19日間で退院し、
担当医のお墨付きのもと、
6ヵ月後の今日、
何と、ゴルフに挑戦するまでに回復、
我々関係者を喜ばせた。
早期発見、早期治療が功を奏し、
笑いながら歩くスポーツを程々に嗜みながら、
病気にならない”身体”づくりの
復帰戦に、
小生等仲良しグループと、
ゴルフを選択したのは
”梅ちゃん”賢明な選択肢であり判断だ。
加藤議員は齢80歳だが、
少しの衰えも感じない強靭な体力を誇示しており、
若井議員も、過去とはいえ、
胃がんを”ウッチャリ”
70半ばでドライバーの飛距離は、
200を越すほどの腕前で、
お二人とも、
健康の秘訣は”好きな仲間と
”ゴルフ場でストレスを吐き出すこと”だと言う。
さぁ~っ、注目の
梅原議員の復帰第一ラウンドが、
「西熱海ゴルフ場」で開催され、
2組の議会関係者が集合した。

注目の梅原議員、
アウトの出だし2ホールが、
10,10という最悪のスタートとなったのだが、
何と、
上がってみれば、
52で纏めメンバーを驚かせた。

さらにインに入り、
48でホールアウトし、52,48の100ジャストと、
しっかりと勘を取り戻したのだから、アッパレ。
ちなみに他の参加議員のスコアは、
加藤議員、48,46の94、
若井議員、46,47の93、
高橋議員、46,49の95、
橋本議員、41、50の98、
そして小生だが、
本人も驚きにの44,49の93で、
優勝に絡んだのだが、
コンドル・若井(若井議員)と同スコアのため、
年齢差で、
”コンドルにあぶらげ”をさらわれてしまった。

もっとも、
昨日も”ほのか杯争奪ゴルフコンペ”で、
優勝させて頂いていたので、
2日連続優勝は”虫”のいい話と、
梅原議員の”復帰ゴルフ”を素直に、
喜んだ一日で、
参加者全員が和気藹々、
笑いの絶えない親睦ゴルフとなった。
2006年04月12日
憲三のロシア紀行序文
熱海温泉ホテル旅館協同組合、
理事長交代の案内状が届いた。
鵜沢精一氏(新かど旅館)から、
内田進氏(古屋旅館)へとバトンタッチされた。
基幹産業の淘汰が急速に進む中、
新理事長として、
再生を視野にどのような舵取りをするのか、
未だ、
内田氏に、
次期市長選出馬を期待している一人としても、
目が離せない。
以前もふれたが、
内田氏の”新理事長”受諾から推測して、
これまでの、
旅館・ホテル業界の談合的人事と重ね
川口市雄現市長の4選出馬は、
ほぼ固まったと見るのが妥当だろう。
「田島秀雄」県議の
市長選出馬の可能性も捨てきれないのは、
前回市長選での”次回市長禅譲説”という風評だが、、
内田氏が田島県議の
後援会長という側面や、
田島氏の年齢的余裕、
経済的事情から推測しても、
現職との一騎打ちは避けたいとする、
関係者の思惑も見え隠れする。
内田氏の新理事長就任で、
現時点での9月市長選出馬は、
現職、前回出馬の片桐氏、
M元県会議員、元官僚S氏の
4人に絞られてきたようだ。
さて、今日は久しぶりに、
”ゴルフ”コンペに参加した。
明日13日も続くので、
まとめて報告するとして、
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小生の思い出の”ロシア紀行”続編を
報告させていただく。
小生が発行していた日刊紙、
「日刊アタミ」紙上で連載した、
「コーカサスの赤い風」だが、
長年、
小生の事務所の片隅に埋もれていたのだが、
猪木氏と接点が生まれたことや、
故金平会長との”線”が浮上したことで、
政治的や民族性、
あるいは宗教的にも、
一切関係しない、
内戦前の”チェチェン・イングーシ”紀行を
ご紹介しながら、
小生の不思議体験を振り返りたい。
写真は、
1991年旧つるやホテル前お宮の松にて、
門松常務、石原専務、佐々木氏(当時)のつるや社員と、
故橋本真也選手と異種格闘技戦を終え、
旧ソ連へ帰国前のシビエフ・ラムザン氏。

写真下は、上記と同日、
小生がかつて経営していた
居酒屋”寺田屋”玄関先の、ラムザン氏。

ロシア紀行のプロローグは、
1993年3月15日(日)、
「日本経済新聞」に掲載された
一段扱いの記事から入ろう。

ーチェチェン・イングーシ自治共和国、
次期首相会見ー
来日したロシアの、
チェチェン・イングーシ共和国の
マモダエフ経済運営委員会議長(次期首相内定)は、
14日、
都内で会見し、
同自治共和国はロシアからのお
完全な独立を目指すと語った。
ロシア領土内の大部分の自治共和国は、
連邦内にとどまることを確認する、
「ロシア連邦条約」の、
仮調印作業に入っている。
しかし、
チェチェン・イングーシは、
この条約の加盟を保留しており、
従来のロシア連邦を維持したい、
エリツィン・ロシア大統領との間で、
対立が深まりそうだ。
マモダエフ議長は
独立を承認しないロシア政府に対して、
自治共和国の主要な資源である、
石油のロシア供給を止めるなど、
資源の囲い込みで対抗すると、
強硬な姿勢を示した。
当時の、チェチェン・イングーシ政府の
こうした民族性に裏打ちされた理念が、
ロシア政府との、
泥沼の内戦へと突入して行くのは、
それから、2~3年後のことだった。
(つづく)
2006年04月11日
コーカサスの赤いかぜ 序章
今週は憂鬱な空模様が続くようで、
今日も朝から、
桜雨が薄紅色の花びらを
路面に散らしている。
昨夜は名古屋から、
梶間氏(カジマ不動産)が立ち寄り、
中央町の「錦」で、
軽い食事をしながら、
マスターの”小林譲二”氏と、
カウンター越しににぎやかに談笑した。
一段落し、
再び事務所に戻り、
2階のPCデスクに置いてあった、
書類を取りに上ったところ、
梶間氏が一枚の”写真”を手に、
「あっ、宮司さん(来宮神社)と金平さんだ」
協栄ジムの故金平元会長との
出会いについては、
小生のブログ(2005年10月20日号)でも、
ふれているが、
来宮神社の宮司さんとの一枚は、
確か、
8~9年ほど前、”旧つるやホテル”で開いた、
小生の忘年会での一こまだったと記憶している。
故金平会長と小生を結んだのは、
国会タイムズの五味武会長。
それ以前、
故金平会長とアントニオ・猪木氏の接点は、
猪木氏が参議院時代に、
旧ソ連の”ペレストロイカ”政策によって、
プロ解禁となった、
ソ連アマチュアボクシング界と、
いち早くスポーツ交流してからだった。
旧ソ連ボクサーの受け入れ先が、
協栄ジムだった。
この写真を見るたびに、
小生が体験した貴重な思い出が、
走馬灯のように浮かんでくる。

小生と故金平会長の接点はもう二本あり、
一本は、
熱海後楽園時代の友人、
「小野崎」氏と、
彼のご子息が経営していた、
外国人タレント招聘事務所に出入りしていた、
猪木氏が旧ソ連から招いたボクサーの一人、
1988年「ソウルオリンピック」のメダリスト、
「シビエフ・ラムザン」氏と二本である。

ラムザンは、
”旧チェチェン・イングーシ共和国”出身で、
1988年、全ソヘビー級チャンピオン、
1987年、ヨーロッパヘビー級選手権2位というのが、
アマチュア時代の主な戦績だった。
”日ソ”スポーツ交流から、
民間レベルでの外交が期待された、
旧ソ連ボクサーが揃ってデビューしたのは、
1990年2月1日だった。
ヘビー級、
スラフ・ヤコブレフ、
”シビエフ・ラムザン”、ルスラン・タラモ、
Jウエルター級、
スラフ・ヤノスキー、
ライト級、
グッシー・ナザロフ、
フライ級、
チャコフ・ユーリーの6人が、
全員KOで初戦を飾った。
この時代、
マイクタイソンが無敵を誇り、
スルベスター・スタローン主演の
”ロッキー4”では、
ドルフ・ラングレン演ずる、
ソ連人ボクサーとの死闘を描いた映画が
大当たりした余韻が残っており、
当然ボクシングファンの興味は、
旧ソ連からのボクサーに集まっ
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