2006年02月23日
脚本家「石森史郎」氏の足跡 ③
昨日は、
「藤森稲荷」春季例大祭で披露された、
熱海市出身の彫刻家・故澤田政広氏が製作した、
”狐面”のことに触れたが、
現在、
「澤田政広記念館」では、
故政広氏が昭和初期と戦後間もなく
製作した、座り雛と建ち雛二対が展示されている。
その他にも、
国宝の薬師如来像台座にある、
「青龍白狐」拓本屏風も展示されており、
興味のある方に、お勧めいたします。
さて、製作といえば、
脚本家「石森史郎氏」も、
多くのシナリオを世に送り出してきた。
石森作品の代表作の一つ、
「旅の重さ」(1972)は、
「よしだたくろう」が作曲を担当、
高橋洋子、高橋悦史主演の松竹映画で、
秋吉久美子の演技力に心を奪われ、
この映画を撮った「斎等耕一」監督は、
この年、
もう一本の話題作、
ショーケン(萩原健一)の映画デビュー作、
岸恵子と競演し、話題を集めた、
「約束」(1972)も、
石森氏との共同シナリオで、松竹で映画化した。
映画のスチールマンから監督に昇格した、
斎等耕一氏が、
晩年、熱海の某リゾートマンションに
住んでいたことは余り知られていない。
また、1977年には、
「泥だらけの純情」(山口百恵、三浦友和主演)や、
寺山修二が監督し、
菅原文太、清水健太郎主演の、「ボクサー」を。
それより以前の、1960年代には、
日活作品で、
吉永小百合主演の、
「あゝひめゆりの塔」(1968)、
東京ぼんた「喜劇東京の田舎ッぺ」(1967)
西郷輝彦主演の
「恋人をさがそう」(1967)
小林旭、浅丘るり子主演の、
「不死身なあいつ」(1967)、
石原裕次郎主演の、
「夜霧よ今夜も有難う」(1967)
渡哲也の
「拳銃無宿 脱獄のブルース」(1965)を共同執筆している。
原作は、「東京五輪音頭」(日活)、
1966年「星のフラメンコ」 (日活 )、
1996年には、ミュージカル「泥棒貴族 BODY HUNTER」
1997年Vシネで「極道の2号たち2」と、
ニッポン競輪アカデミー「青春、ジャン!」等がある。
その時代を風靡してきた”スター”の作品を手がけており、
作品の大部分は、
ビデオ化やDVD化され、
脚本家「石森史郎」氏の名は、
時代を超えて”邦画ファンの心に、
印象深く刻み込まれるはずである。
石森氏は現在、
舞台の脚本も手がける一方、
若手シナリオ作家を育てるべく、
シナリオ教室を都内で2ヶ所開いており、
小生が訪ねた、
JR線「高田馬場」駅近くのビルの7階では、
「青春脚本塾」を開講している。
この日は、予定より早く着いたので、
東京駅からそのまま遠回りして、
”山手線”で「高田馬場」へと向った。
中央線から新宿経由より、
10分程度遅くなるようだが、乗り換える手間が省ける。
ジャスト12時に、
石森氏と「早稲田口」で落ち合った。
そのまま、
石森氏が推薦する、
Asia Voxの
堀池尚哉氏と会うことに。

堀池氏の「アジアブォックス」社は、
早稲田大学の学生さんを中心にした、
不動産業と、

「個人情報取扱事業者」として、
東京都から認可を受け、
外国人留学生への門戸も開放し、
それが”縁”で、
NHKを中心に、テレビ東京などで、
1999年NHKBSの「素晴らしき地球のたび」以降、
(中国・猿まわしのふるさと)
主に、NHKを中心に、ハイビジョンやスペシャルを含め、
昨年までに、41本の番組を制作、
今年も既に、
テレビ東京の”ガイヤの夜明け”(仮題)を始め、
6本と、
民放各局のニュース番組や報道特集番組など
多数製作している。
中国、韓国などアジアを舞台とした
ドキュメンタリー番組をメインに企画、
製作、コーディネートを手がける、
番組制作部門を併せ持ち、
「スリランカ」との貿易関連のビジネスで急成長の会社だった。

「アジアブォックス」では、
異文化コミュニケーションマガジン、
「プラザプラザ」を発刊して諸外国からの
留学生等との交流を密にしている。
石森氏はこうした環境の中、
早稲田の学生さんも対象にした、
「青春脚本塾」を開講し、
次世代の映像作家を目指す若者に囲まれ、
年齢には見えない、活力を発散し、
枯れない”想像力”で、塾生を指導している。
「堀池」社長、若干40歳の上り坂。
小生とは、
静岡県、伊丹プロ出身、石森氏との繋がる縁で、
”心”の距離が一気に縮まり、
「熱海」再生や、
スリランカが求める日本からの”供給品目”をめぐり、
新しいビジネスチャンスも頂戴する。
石森史郎デビュー50周年
心よりお祝い申し上げます。
投稿者 村山 憲三 : 2006年02月23日 15:59
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