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2006年02月28日
広尾「MURASAKI」
松本氏(タックワールド社長)から、
外久保氏(ほのか社長)の
”お多福風邪”病状安否について聞かれ、
本人に携帯を入れたのだが、
この時点では繋がらなかった。
今朝、再度連絡したところ、
緊急入院には至らず、
明日「病院」で担当医の判断を仰ぐということで、
予断は禁物だが、
熱や”腫れ”が弱まってきたことで、
当初不安視された、
最悪の状態を脱する可能性も浮上してきた。
さて、とりあえず、
大阪での交遊録は後日掲載するとして、
24日開催された、
アルカサバの、
2次会パーティ会場の雰囲気を、
足早に伝えたい。
広尾「ムラサキ」(MURASAKI)へは、
赤坂からタクシーで、
遠藤氏、浅野氏、小生の3人が向かったが、
小生、広尾近くで方向不明に陥り、
秘書の「餌取」さんに電話を通じてナビーゲートを依頼、
アルカサバ本社ビルに到着。
階段を下りると、
笑顔の「高木」秘書がレジに。
お一人様、「4,000円」也を支払い、
カウンターへ。
フリードリンクで女性は、2,000円。
遠藤氏と貞方氏は、
「ソロモン流」撮影時や、小生の市政報告会で
すでに顔なじみだが、
浅野氏はテレビでしか見ていないと言うことで、
小生から見た、ナマの印象を植え込む。
金子店長がカウンターに入ると、
間もなくして、
大竹氏が「夫」さん等2~3人を伴い店内へ。
大竹氏が小生に紹介したのは、
「ブブカ」の上野記者。
ーあれっ、大竹君の兄弟?-と聞いたほど、
人相風体が酷似していた。
ブブカとは
「エクザエル」のアツシ君の一件があったものの、
週間ポストの「大屋敷」記者も関係しており、
今後のこともあるので、
”軽い皮肉を笑いで塗せ”握手を。
(左、金子店長) (左から「夫」さん、上野記者、石井華子さん(アルカサバ)

一次会には、
山田氏(栗源石油社長)、高橋君(キヨミ)が
熱海から参加したのだが、
2次会には出席せず、別の場所へ。
今夜の「貞方社長」、
紺のスーツ『DOLCE&GABBANA』に、
鮮やかな黄緑色のネクタイを締めて登場、
事業の隆盛に裏打ちされた自信と謙虚さが、
ない交ぜになった、
ある種の”オーラー”が放射され、
2次会まで足を伸ばした、女性ファンを魅了し、
店内は熱気で充満していた。
ここのパーティーの楽しみの一つに、
異業種交換会的な要素が濃く、
過去にお会いし、
親睦を深めている人材は多い。
この2次会で、名刺交換した方々は下記の通り。
山崎照代さん(フリーアナウンサー)
福田明美さん(和幸株式会社)、
井上満喜さん、
Amiria Okaさん、
越石一彦氏(クライアントサイドコンサルティング)
根岸伸后氏(TRUE-I)、
正木明氏(CCI)。
板野容子さん(会計エージェント)、
松本留弥さん。
貞方社長のお陰で、
挨拶を交わした参加者からは、
熱海市に対する”探究心”が深まっているようで、
機会があれば、
泊りがけで遊びに行きたいという声を頂いた。
午後11時、
MURASAKIを離れ、
遠藤、浅野両氏とはここで別れ、
大竹氏のワゴンで熱海へ向かったものの、
乗車してものの5分足らずで熟睡し、
気が付いたら「熱海」に。
トンボ帰りする「大竹」氏を
上宿街のラーメン屋「照の屋」に誘い、
今日の出来事を反芻し、
収穫の多かったことに感謝しつつ解散した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アルカサバからの、メールを抜粋して、
貞方邦介社長の近況をお知らせいたします。
(雑誌掲載のお知らせ)
・『SevenSeas』4月号 3/20発売
「賢者のとっておきのお買い物 Shopping Life of New Age(仮)」
(ネット掲載のお知らせ)
・DIANA(ディアナ)4月号 (掲載期間2月23日~3月23日)
「日本一のイケメン社長は誰だ?(仮)」
http://www.solsabass.com/diana/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
MURASAKI
www.alcazaba.co.jp/murasaki/index.html
渋谷区広尾5-22-3広尾西川ビルB1F
Tel: 03-5795-0055
2006年02月27日
赤坂「和風ビストロ」曼荼羅舎
熱海駅10時44分発「ひかり」に乗車、
新大阪駅に着いたのが午後1時少し過ぎ。
本来であれば、
外久保宏一氏(ほのか社長)も旅館の販促を兼ねて
ご一緒する筈だったのだが、
一昨日あたりから、原因不明の
40度以上の高熱に見舞われ、
診断の結果、”おたふく風邪”ということで、
気の毒ながら、
今日、緊急入院ということに。
新大阪駅から、地下鉄で「難波」駅で下車、
高島屋デパート前で、
松本社長と待ち合わせ、
取りあえず、
なんばグランド花月近くの、
「ちとせ」の、
”肉水、半玉”で腹ごしらえして、
「タックワールド」へ。
この続きは、後日ということにして、
話は前後するのだが、
去る24日、
オーストラリアから帰国した「遠藤」夫妻から、
前述した、
「デジタルマーケティング監視ソリューション」の、
大まかな内容説明方々、
赤坂、
和食ビストロ「曼荼羅舎」に
お誘いいただいていた。
赤坂見附「ベルビー赤坂」で待ち合わせをし、
一木通りから丹後坂を上り、
曼荼羅舎へ。
遠藤ご夫妻25年のご贔屓店で、
山崎マスターも、
北海道の出身ということもあり、
初対面でも親近感を感ずる。
(山崎マスターと浅野さん)

店内は、5~8人用の個室を含め、
立食形式で約80人は収容できるスペースの、
肩の凝らないフランス風と和食をアレンジした、
創作料理店として、
これまで数々の有名人が足を運んだという、
老舗の有名店。

ただこの日は、
貞方氏(アルカサバ)が開催する、
「六本木ヒルズ」のパーティがあり、
2次会の「広尾」ムラサキには、
遠藤氏と共に参加することになっており、
食事は軽く済ませ、
ドリンクが主体に、
遠藤ご夫妻と共同事業計画のある、
熱海市内で、
”ブラック・ガーリック”(醗酵にんにく)
製造販売についての具体的な取り組みについても、
この席でご紹介頂いた、
遠藤ご夫妻の友人の「浅野」氏を交え、
意見交換が出来たので、
「発酵にんにく」ブラックガーリックの
詳細は後日ということで、
広尾の「MURASAKI]へとタクシーを拾った。
和食ビストロ
曼荼羅舎
東京都港区赤坂4-5-21
(ベルミー赤坂1F)
株式会社ダイニングマジック
電話 03-3505-5343
営業時間 午前11時30分~13時30分(ランチ)
午後17時~24時まで
日曜祭日 休み
2006年02月26日
義母の3回忌
昨夜は、遠藤夫妻(東通メディア)と、
咲見町の”割烹”武とみにて、
新規ビジネス商談を兼ねた食事をする。
デジタルマーケティング監視ソリューション、
「アドリューションアイ」と名づけられた、
デジタル監視システムを使った、
広告の費用対効果検証が可能なソフトで、
顧客サービスの向上や質の高い、
従業員教育にも利用することが出来る。
このシステムの汎用性については、
小生の店舗に実験的に導入する予定であり、
詳しいことは後日掲載させていただく。
さて、
日曜日の今日は、
高橋弘会長(万葉倶楽部)恒例のゴルフ大会が、
韮山カントリークラブにて開催されたのだが、
義母の3回忌の法要のため欠席、
今夜は、
近所の「藤中靴店」母堂の通夜もあり、
「加藤則夫」議員(熱海会会長)が葬儀委員長を務める。
藤中さんとは、
咲見町に越してからのお付き合いだが、
ここの靴を履いて市議選に臨み、
2連勝とゲンがよく、
来年もお世話になる予定である。
さて、亡き義母だが、
昭和57年、ムラヤマビルを取得して以来、
病に臥すまで、
家事や愚息の面倒を見続けて頂だいてきた。
今年90歳になる、父も元気な姿を見せ、
出席した親族を安心させた。
市内「桜木町」興善寺での法要の後、
近くのレストランで会食し、
思い出話や孫の話で盛り上がった。
今日は、
義弟「敏行」の長男「一也」、「直子」夫妻の
愛娘「愛夏」(まなか)ちゃんと初対面。

小生の孫娘「歌奏」より、
3カ月遅く生まれ。
抱かせて頂いたが、人見知りのしない、
愛くるしい瞳が印象的な女の子で、直子さん似。

午後は、
雨の止まない中、愛犬ふ~を連れて、
サンビーチ周辺を散歩。
通夜に出席の後、
明日から「大阪」へ出張のため、
資料作りをしながらブログを書き込んでいる。
2006年02月25日
熱海ラテン化推進計画への助っ人
大竹氏が「佐口会」親睦会に
お連れしメンバーに紹介した人物、
夫 徳柱氏は、
慶応義塾大学大学院に在籍し、
メディア研究会修士課程を政策、
専攻は、環境デザインー都市計画・建築・社会学ー、
研究テーマは「都市空間とエスニシティ。
エスニシティを辞書で引くと、
ー既存の民族的な帰属意識に拠る場合ばかりでなく、
状況に応じて政治的運動としての性格をあわせもつーとある。
所属学会は、
日本建築学会、日本都市社会学会と、
プロフィールに記されたおり、
2003年より、
横浜市鶴見区まちづくり事業
(鶴見区多文化ネットワーク推進事業
オブザーバーとなっている。
夫氏はその名前からも推測できるとおり、
在日4世である。

2004年2月号「論座」(朝日新聞社)にて、
「私の「在日系日本人」宣言」
昨年は、
会い・地球博「世界最大の熱帯雨林アマゾンを救え」
プロジェクト。メインパネルデザインや、
週間「ニューズウイーク日本版や韓国版(2003年)や、
映画「地と骨」(監督崔洋一 主演ビートたけし)に出演してきた。




その「夫」氏に、
ラテン化推進計画実現に向け、
熱海に対する先入観念を聞いたところ、
熱海市は静岡県の最東端。
伊豆半島の付け根に位置し、年間宿泊数は260万人を越える、
日本有数の観光地で、
温暖気候と海や山の自然環境に恵まれた
風光明媚な地である。
古くからの温泉地であり、旧国鉄東海道本線開通以降、
首都圏からの保養客が押し寄せ、
一大保養地となり、新婚旅行や、
社員旅行の定番の行き先とされ、
大型ホテルや旅館が立ち並ぶ市街地へと発展していった。
しかしバブル崩壊後からは、
団体客が激減するという構造不況のもと、
1990年以降、
社員旅行自体の衰退と大型宿泊施設を敬遠する、
ムードから斜陽化が進み、
さらに今日では少子・高齢化が急激な進行を
見せる中で、
衰退した国内観光地の象徴として、
からられることも少なくない。
そうした現状を背景に、
大竹氏や熱海の市議会関係者が立ち上げられた。
これは国内に多く定住している、
南米系市民の力を活力した、
新しいまちづくりの可能性を模索する試みであり、
ぜひ、協力して実現したい。
それについては、
調査企画立案推進メンバーとして、
高橋武俊氏(慶應義塾大学SPC研究所上席所員)
金 昶基氏(東京大学大学院)
濱田美緒氏(東京大学大学院)等、
日本都市計画学会のメンバーに
お願いするのも吝かではない、との、
力強いお言葉を頂戴した。
小生は、
大きなプロジェクトと同時に、
熱海市独自の歴史と文化を掘り起こし、
行政と地元飲食店や
お土産物関係者との密な連携を持ち、
起雲閣周辺や、中央町、渚町の一部を、
昭和30年代をイメージした
”横丁”や”路地”を再現した場合の、
経済波及効果についても、
研究していただく旨、お聞き頂くとともに、
河岸を変えて、
もう少しお付き合い願うことに。
2006年02月24日
「熱海ラテン化推進計画」のその後
24日午前10時より、
3月定例会に伴う「観光福祉委員会」が開催され、
午後2時15分まで、
議員と担当吏員との間で、
上程される議案に対する白熱した論戦が展開された。
詳細は、次回に譲るとして、
熱海市の観光不振は、税収その他に跳ね返り、
抜き差しならないところまで、
経済状況が追い込まれている。
どうすれば、観光客や宿泊客を誘致できるのか。
小生を含む関係者が、
試行錯誤を繰り返しながらも、
探ってきた。
さて、昨年12月、
熱海再生を目指した、
「熱海ラテン化推進計画」の一端が、
小生の後援会主催の「市政報告会」で披露され、
地元の有線テレビの取材も受け、
その統一された、
ダイナミックな躍動感に多くの参加者が
圧倒され、そして魅了された。

今年に入り、
ブラジルサンバの醍醐味とインパクトを、
熱海市民に認知していただくべく、
市内のイベントへのアプローチを関係各位に対する、
企画を立案しているところだが、
この「熱海ラテン化推進計画プロジェクト」は、
熱海出身の大竹啓之氏(横浜鶴見・セグレード)が、
立ち上げた、
熱海市街地再活性化に立脚した企画である。
大竹氏は、
小生が月一参加させていただいている、
熱海市民の親睦会、
「佐口会」のメンバーとして、
毎月第3土曜日には欠かさず出席し、
「熱海ラテン化推進計画」への具現性について、
予想される様々な問題点も含めて
メンバーに説いてきた。
「佐口会」のメンバーは、
殆どの方が昨年の市政報告会の場で、
サンバカーニバルの”ド迫力”に
圧倒されており、
実現に向けての後押しに全員協力体制にある。
(大竹氏と夫 徳柱氏)

ただ問題は、
時期とタイミングである。
チマチマとしたスケールでは、
サンバを含めた”ラテン化計画”は萎んでしまう恐れもあり、
最低規模でも、ワンイベント、
ダンサー50人、楽隊30人、
ブラジル人(日系含む)も含めた南米人観光客、
5,000人規模を呼び込み、
その宿泊も含んだ
受け入れ体制など詰めなければならない課題は多く、
行政や関係団体との意見交換が不可欠である。
そんな課題を抱える中、
大竹氏が、佐口会の席にお連れしたのが、
夫 徳柱氏。
(ゲストの夫氏と意見交換する佐口会メンバー)

小生は、
良いプラニングは焦ることなく、
せめて、
今年の9月「熱海市長選」の目処が付いてからでも
遅くはない、
その間、浅草サンバカーニバルも含め、
ラテンアメリカを冠にした祭典の
経済的相乗効果等も掌握して、
熱海的なプラニングの立案をと具申してきた。
さて、夫氏は如何なるプロフィールをお持ちなのか、
(つづく)
2006年02月23日
脚本家「石森史郎」氏の足跡 ③
昨日は、
「藤森稲荷」春季例大祭で披露された、
熱海市出身の彫刻家・故澤田政広氏が製作した、
”狐面”のことに触れたが、
現在、
「澤田政広記念館」では、
故政広氏が昭和初期と戦後間もなく
製作した、座り雛と建ち雛二対が展示されている。
その他にも、
国宝の薬師如来像台座にある、
「青龍白狐」拓本屏風も展示されており、
興味のある方に、お勧めいたします。
さて、製作といえば、
脚本家「石森史郎氏」も、
多くのシナリオを世に送り出してきた。
石森作品の代表作の一つ、
「旅の重さ」(1972)は、
「よしだたくろう」が作曲を担当、
高橋洋子、高橋悦史主演の松竹映画で、
秋吉久美子の演技力に心を奪われ、
この映画を撮った「斎等耕一」監督は、
この年、
もう一本の話題作、
ショーケン(萩原健一)の映画デビュー作、
岸恵子と競演し、話題を集めた、
「約束」(1972)も、
石森氏との共同シナリオで、松竹で映画化した。
映画のスチールマンから監督に昇格した、
斎等耕一氏が、
晩年、熱海の某リゾートマンションに
住んでいたことは余り知られていない。
また、1977年には、
「泥だらけの純情」(山口百恵、三浦友和主演)や、
寺山修二が監督し、
菅原文太、清水健太郎主演の、「ボクサー」を。
それより以前の、1960年代には、
日活作品で、
吉永小百合主演の、
「あゝひめゆりの塔」(1968)、
東京ぼんた「喜劇東京の田舎ッぺ」(1967)
西郷輝彦主演の
「恋人をさがそう」(1967)
小林旭、浅丘るり子主演の、
「不死身なあいつ」(1967)、
石原裕次郎主演の、
「夜霧よ今夜も有難う」(1967)
渡哲也の
「拳銃無宿 脱獄のブルース」(1965)を共同執筆している。
原作は、「東京五輪音頭」(日活)、
1966年「星のフラメンコ」 (日活 )、
1996年には、ミュージカル「泥棒貴族 BODY HUNTER」
1997年Vシネで「極道の2号たち2」と、
ニッポン競輪アカデミー「青春、ジャン!」等がある。
その時代を風靡してきた”スター”の作品を手がけており、
作品の大部分は、
ビデオ化やDVD化され、
脚本家「石森史郎」氏の名は、
時代を超えて”邦画ファンの心に、
印象深く刻み込まれるはずである。
石森氏は現在、
舞台の脚本も手がける一方、
若手シナリオ作家を育てるべく、
シナリオ教室を都内で2ヶ所開いており、
小生が訪ねた、
JR線「高田馬場」駅近くのビルの7階では、
「青春脚本塾」を開講している。
この日は、予定より早く着いたので、
東京駅からそのまま遠回りして、
”山手線”で「高田馬場」へと向った。
中央線から新宿経由より、
10分程度遅くなるようだが、乗り換える手間が省ける。
ジャスト12時に、
石森氏と「早稲田口」で落ち合った。
そのまま、
石森氏が推薦する、
Asia Voxの
堀池尚哉氏と会うことに。

堀池氏の「アジアブォックス」社は、
早稲田大学の学生さんを中心にした、
不動産業と、

「個人情報取扱事業者」として、
東京都から認可を受け、
外国人留学生への門戸も開放し、
それが”縁”で、
NHKを中心に、テレビ東京などで、
1999年NHKBSの「素晴らしき地球のたび」以降、
(中国・猿まわしのふるさと)
主に、NHKを中心に、ハイビジョンやスペシャルを含め、
昨年までに、41本の番組を制作、
今年も既に、
テレビ東京の”ガイヤの夜明け”(仮題)を始め、
6本と、
民放各局のニュース番組や報道特集番組など
多数製作している。
中国、韓国などアジアを舞台とした
ドキュメンタリー番組をメインに企画、
製作、コーディネートを手がける、
番組制作部門を併せ持ち、
「スリランカ」との貿易関連のビジネスで急成長の会社だった。

「アジアブォックス」では、
異文化コミュニケーションマガジン、
「プラザプラザ」を発刊して諸外国からの
留学生等との交流を密にしている。
石森氏はこうした環境の中、
早稲田の学生さんも対象にした、
「青春脚本塾」を開講し、
次世代の映像作家を目指す若者に囲まれ、
年齢には見えない、活力を発散し、
枯れない”想像力”で、塾生を指導している。
「堀池」社長、若干40歳の上り坂。
小生とは、
静岡県、伊丹プロ出身、石森氏との繋がる縁で、
”心”の距離が一気に縮まり、
「熱海」再生や、
スリランカが求める日本からの”供給品目”をめぐり、
新しいビジネスチャンスも頂戴する。
石森史郎デビュー50周年
心よりお祝い申し上げます。
2006年02月22日
熱海「藤森稲荷」春季例大祭
今日「22日」、午前11時より、
熱海市咲見町、野中山にある、
藤森稲荷神社(雨宮治興来宮神社宮司)の、
春季例大祭が同神社社殿で斎行された。
稲森神社は衣食住の祖神を祀り、
商売繁盛、延命長寿、厄除けの神様として、
熱海市民に崇敬されてきた。
江戸の始め、徳川家康は、
3代将軍「家光」の温泉療養に際し、
来宮神社の南方に館(現市文化会館)を構え、
その表鬼門に当たる東北の方角に、
稲森神社を建立し、
守り神としたと言い伝えられている。
神事には、
祭典委員長の「加藤則夫」熱海市議をはじめ、
池田考太氏(ホテル池田会長)、
岡武秀(熱海市議)等が参詣、
このほか、
氏子総代として、
青木悦男、川口和義、渡辺保夫、伴博之の
各氏が顔を揃え、
(写真、左から順に、池田、青木、岡、藤中の各総代)


新しく総代として、
リラックリゾートホテル(アルカサバ)の、
齋藤剛支配人が参加した。
(熱海リラっクスリゾートホテルの齋藤支配人)

また、この日は日本的な彫刻家、
「澤田政広」作の、
”狐の御面”(檜木彫)が、
(加藤祭典委員長と澤田政広作”狐面”)

雨宮宮司の特別の計らいで披露され、
参加者の関心を集めた。

神事の後「直会」が行われ、
”アゲ”を肴に、参加者の親睦がはかられた。
2006年02月21日
脚本家「石森史朗」の足跡 ②
昨夜、熱海市内の「Oホテル」役員2人が、
風営法違反で逮捕されるというニュースが飛び込んできた。
国内に5ヶ所の宿泊施設を持つ、
親会社に何があったのか?。
12月議会で小生が質した、
”内部告発”怪文書の中にも、
このホテルに関する情報漏えいが記載されており、
内容の信憑性や、
事件の伸展による先行き不安も推測され、、
当局を含め、
業界内や出入り商業者、市民関係者にとっても、
当分目の離せない状況が続きそうである。
さて、
小生の自宅はビルの3階にあり、
テレビの視聴は有線放送(IKC)を利用し受信している。
WOWWOWや時代劇専門チャンネル、
チャンネル・ネコなどで、
懐かしの日本映画を楽しんでいる。
先月、チャンネルネコを見ていたら、
1964年、
日活作品「東京五輪音頭」が放映され、
「石森史郎」氏が”原作者”として
クレジット・タイトルされていた。
戦後日本初の大イベント
「東京オリンピック」を題材にした、
映画の主役は、
5年前永眠された、
国民的歌手「三波春夫」さん。
三波さんが歌った、
同名の「東京五輪音頭」の原作に名を連ね、
小杉勇監督のメガホンで、
若き日の、
山内賢 、十朱幸代 、和田浩治 、山本陽子 さん等が
枠を固めていた。
「晩鐘」が北海道の寒村の百姓さんの
悲惨な物語を苦労しながらも美しく生きる、
末孫の姿を書き、
「シナリオ」新人コンクールで佳作となったが、
この映画も、当時の下町の生活が
ほのぼのと描かれており、
「晩鐘」入選のことばで示された、
ー明るさを失わずに美しく生きるー
ーこれは現代の夢でありましょうー
この石森氏のモチーフの
延長線上にある人情物で、

昭和49年から『ビッグコミックオリジナル』に
連載されている、
「三丁目の夕日」の世界のレトロチュクな風景が、
「東京五輪音頭」では、重なって見え、
ビデオに撮るのも忘れたほど。
石森作品(脚本)の主なものを
今日は、
昨年から1973年までの映画作品を、
邦画ファンの方にご紹介したい。
昨年は、WOWWOWで放送された、
宮部みゆきの同名のベストセラー小説、
「理由」(2004) を始め、「告別」(2001)、
「あの、夏の日」(1999)と、
大林宣彦監督とのコラボレーションが多い。
「故郷(ふるさと)(1999)では、
淡島千景さんを主役に、今井雅之さん等が、
熱海後楽園や親水公園などを舞台に、ロケをし、
小生も”エクゼクティブプロデューサー”として参加した。
このほか、
大林監督の、
「青春デンデケデケデケ」(1992)や、
「ボビーに首ったけ」(1985)、
石原良純の映画デビュー作品、
村川透監督の、「凶弾」(1982)や、
「銀河鉄道999」(1979)「 博多っ子純情」(1978)
「泥だらけの純情」(1977)「 ボクサー」(1977)、
古谷一行主演の東宝作品、
「悪魔が来りて笛を吹く」(1977)や、
「ザカゲスター」(1976)「青春の構図」(1976)
テレビでは、
・全員集合! 7人の仮面ライダー!!(1976)も連作で担当、
中村雅俊、五十嵐淳子主演の、
「凍河」(1976)や、
「パーマネント・ブルー 真夏の恋」(1976)
早乙女愛が西城秀樹や南条弘二と競演した、
「続 愛と誠(1975)」「愛と誠(1974)」
渡辺淳一の小説で、
五十嵐淳子、三浦友和主演の
「阿寒に果つ」(1975)
「はだしの青春」(1975)「 しあわせの一番星」(1974)
「流れの譜 第一部動乱 第二部夜明け」(1974)、
中村雅俊のヒット曲を映画化した、
「ふれあい」(1974)
松田優作が映画デビューした、
「狼の紋章」(1973)、
高沢順子、由美かおるが主演した、
「新・同棲時代-愛のくらし-」(1973)
「同棲時代-今日子と次郎-」(1973)
森田健作主演作、
「ひとつぶの涙」が1973年に製作されている。
歌謡映画や漫画原作を元にした脚本や、
ここまでの年代では、
松竹、東宝映画作品が多く、
「あ~っ、あの映画」と、
思い出す方もいらっしゃる事でしょう。
(つづく)
2006年02月20日
脚本家「石森史郎」氏 ①
京王ホテルで開かれた、
日本映画テレビプロデューサー協会新年会の席で、
脚本家「石森史郎」氏の

プロデビュー50周年記念の一つとして、
今年7月、新宿西口「宝塚造形美術学校」内で
記念パーティーが催されことは聞かされていた。
小生も発起人の一人として依頼されているが、
これを機に、
近代映画社、マガジンハウス、その他の雑誌社から、
3冊同時期記念本が上梓されるとのことで、
小生が保管していた、
52年前の昭和29年5月号の「シナリオ」と、

1975年の「NHK」連続テレビ小説、
「水色の時」の
主題歌で、桜田淳子が歌った”白い風よ”を作詞し、
ビクター音楽産業から”ヒット賞”受賞の、
記念ブロンズ像と合わせ、
先日、高田馬場にある、
「石森史郎」青春脚本塾までお届けにあがった。
石森氏の作品が、
「シナリオ」に始めて掲載されたのは、
”第4回新人シナリオ・コンクール”
選外佳作になった「晩鐘」だった。
日大芸術学部映画学科4年在学中に応募した、
この貴重な「シナリオ」には、
この年に上映された日本を代表する名画数点が
掲載されており、
石森氏受賞の初々しい喜びの言葉と、
黒沢明監督の、
「七人の侍」や、
小学生の頃、血湧き肉踊った、
キンちゃん(中村錦之助)や東千代之介主演の、
東映映画「笛吹き童子」、
同じく東映作品で、
片岡千恵蔵が名探偵「金田一耕介」に扮した、
「悪魔が来たりて笛を吹く」、
掲載映画のチラシを見ていただこう。

刊行本に先駆け、懐かしさをお届けしたい。
当時としては早咲きの、
脚本家としての想像力と筆力だが、
74歳を過ぎても直、
一線で活躍する”若々しさ”の原点が
ここに記されており、
高齢化社会の元気な”鏡”としてもご紹介したい。
熱海が好きな「石森」氏は、
1999年、ー大林宣彦監督ーの、
新尾道三部作の一作、
小林桂樹主演の、
「あの夏の日ーとんでろじいさんー」のシナリオを
小生が関っていた
東海岸町旧「つるやホテル」に
3連泊して書き上げ、尾道のロケ現場まで同道し、
関係者にご紹介頂いている。
さて、石森氏は
昭和6年7月31日「北海道羽幌町」で生まれ、
北海道立留萌高校から日大に進学し、
コンクール応募作品、
「晩鐘」は、
”北海道の寒村”の、百姓一家の物語。
.
ーこの度のコンクールで私の作品が
数多い出品の中から選ばれ「シナリオ」誌に
掲載される機会を得ましたことは、
あまりの光栄ー
奇跡のような気がしてなりません。
シナリオの勉強を始めたばかりで、
シナリオのことは何も判らず無我夢中でした。
物を書くには、書くだけの人間としての充分な
素地を作る必要があります。
私には未だそれが出来ておりません。
在るものは、只「シナリオを書くという情熱」だけです。
勿論、情熱だけでは秀れた良いシナリオが
書けるものではありません。
従って此のシナリオは私の不勉強さを
物語っていると同時に、
情熱の空転な標本になっているのではないかと思います。
此のシナリオは、
混沌とした目まぐるしい都会に住む人たちの
目から見ますと、
嘘の様なお伽噺の様な世界が舞台です。
永い間、土に生きてきた祖父と、
その愛情を一心に集めている末孫の二人を中心に、
苦しいながらも、
決して幸せを得る喜びを忘れずに生きる、
美しい百姓の生活を描いてみました。
百姓の生活は悲惨な暗いものが多いと謂うことは、
百も承知ですが、
私はあえて明るい面ばかりを描きました。
(昭和29年「シナリオ」5月号より抜粋)
ーつづくー
2006年02月19日
スタンドバー「博多」
「武とみ」の”金目鯛”の煮つけが、
これほど美味いとは・・・・・。
稲取の”ナブラトト”、熱海の”天匠”と比較して、
勝るとも劣らないほど、
「まいう~」と、言われた小生、
では、もう一軒、と、
ご紹介したのが浜町の老舗カウンターバー
「博多」。
小生が自慢できる”熱海”の歴史を今に伝える、
夜の”語り部”の残り少ない一軒である。

芸者衆の悲喜こもごもを具に、
或いは、酒で飛ばしたいウサを受け止めてきた、
約50年間の貴重な”匂い”がしみこんだバーだ。
だから、
倉沢、山下両氏が「博多”のドアを開けた瞬間、
「ワオ~」、”好い店”だと、
嬉しい評価。

で、ここに、カイ姐さんが合流、
武とみのママも駆けつけ、宴再びという雰囲気に。
”だから、どうした”。
はい、このまま商談をさておき、飲み続けたのでした。

そして、気がついたら「あと5分」(や~や~屋)に
たどり着いて居たのです。
そこで話題になったのが、
・・・・・・・ホテルの競売話しですが、
詳しい話は後日。
スタンドバー「博多」
熱海市銀座7-1
電話0557(81)0900
2006年02月17日
夕食は割烹で
一昨日の続きだが、
「ほのか杯」争奪チャリティゴルフを終え、
外久保氏(ほのか社長)が、
大阪から来熱した、
倉沢、山下両氏を今晩は旅館でなく、
街中で夕食の席を設けたい。
ということで、紹介したのが、
咲見町「竹とみ」。
ゴルフ場でも、”煮魚”が食えて、
酒が美味しい店も何軒かあるが、
ゴルフの成績発表と表彰式が
”オセオセ”で伸びたこともあり、
自宅で少し休んで出かけようと考えて、
小生の町内会から選定させて頂いた。
この店は、
市内でも一級の老舗旅館で和食を極めた、
ご主人と女性ソムリエとして、
ワインファンを喜ばせている奥さんが経営する、
カウンターがメインの割烹。
落ち着いた雰囲気も好評で、
市内外から多くの顧客が駆けつける。
ところが、
午後7時30分を予定していたのだが、
外久保氏は一時間早く到着し、
携帯の呼び出しにより
コタツの中での安息を破られ、「武とみ」へ。

「武とみ」では、
生ビールで乾杯し、改めて大阪でのお礼を。
ゴルフ談義にしばし時間を割き、
「金目の煮付け」、「カキフライ」、「明日葉のてんぷら」に、
極上の芋焼酎が、
大阪のお二人には至極満足したようで、
倉沢氏、
特に金目の煮付けがお気に入りだったようで、
何度も、美味しいね~を連発していた。

何れにしろ、
所違えば味覚も別。
お二人とも、
ここを紹介した意味があったというもの。
大阪から持ち込んだビジネスの詳細がファイルした、
封筒を渡された中身は、
大阪発有名「ラーメン」店の関東進出に関する資料と、
パチンコ、パチスロの攻略情報に関する、
データーベースシステム開発と
インターネット利用コンテンツの
制作・受注に関するデーターだった。
(つづく)
3月定例会「熱海会」政調会
16日、
熱海市が平成18年度当初予算案を
発表したことを受け、
3月議会提出案件も含めた、
熱海市議会の各会派との、
政調会が始まった。
17日の今日は、
「自民党熱海会」(加藤則夫会長)との日程が組まれ、
午前9時から予定通り、
庁舎5階会議室において開かれた。
高橋幸雄「熱海会政調会長」の挨拶に続き、

川口市長は、
厳しい財政運営を前に、
役所の中から、歳出をカットしていくと、
市長10%、助役、収入役各5%の
給与を一年間、
職員についても、半年間の給与減額を求め、
組合側と交渉していく考えを示した。
新年度当初予算案「一般会計」は、
前年度、1,4%減の
184億8千3百万円と、
8年連続のマイナス予算となった。
8特別会計と公営3企業会計を合わせ、
394億9876万円は、
前年比0,4%増となった。
また、交際費についても
市長5割削減、
議長3割カットを決め、
事業の見直しを徹底し、
安心・安全のまちづくりを目指すと、
観光振興や福祉・教育関連重視の
予算配分についての取り組みを明らかにした。

一般会計歳入の約6割を占める「市税」は、
106億9,588万円と、
前年比1億7.619万円の減収となり、
固定資産税は、52億6、700万円と、
これも前年比3億円余りの大幅減となった。
また、国の三位一体改革による「補助金」の減額が響き、
7千万円の歳入減と、
熱海市を取り巻く財政的環境は、
悪化の一途を辿っている。

政調会では、
桜井財政部長が進行する形で、
歳入歳出の詳細を政調会資料を基に読み上げ、
会派議員から、
公営三企業の未集金処理への不満や、
収納率や滞納処理や、地域振興対策等、
各項目毎に質問を重ねた。
小生にとって、
熱海会議員として初めての政調会だったが、
違和感なく上程案件への質問ができたのも、
加藤、梅原、高橋、梅の各所属議員との、、
暗黙のコミュニケーションが取れたからであり、
これまで一人会派として
当局に”ぶつけて来た”個性を失う事無く、
政調会を終了でき、
熱海会所属が最良の選択だったと
確信できた日でもあった。
2006年02月16日
「ほのか杯チャリティーゴルフ」
早いもので、
「離れの・・宿 ほのか」
オープンにあわせて開催された「チャリティーゴルフ」も、
今月で第6回目のコンペが、
西熱海ゴルフ場にて、
27名が参加して開かれた。
このコンペは、地元の出入り業者を中心に、
旅館関係者やゲストを招き、
毎月コンペを重ねてきた。

今回は、日本調理士会のカリスマの一人、
「安斎朝一氏」が特別参加した。
(上記写真中央が安斎会長)
安斎氏は、日本料理研究会師範や、
四条司家料理故実御調所指南役、
日本調理士連合会師範などの肩書きを持つ。
小生も安斎氏とは、
「鱗友調理士会」を通して面識があり、
今年も、
箱根「ホテルおかだ」にて、挨拶を交わしている。
このコンペでは、
全て自己申告だが、
OB、3パットやバンカーに入れた場合、
ペナルティーが課され、
ホールアウト後、
チャリティボックスに入れられ、
毎月、熱海市社会福祉協議会へ寄付される。
(外久保社長、カイ姐さん、ガレージシーサイドの坂口社長)

今月、外久保社長(ほのか)と同行した
大阪への”販売促進”の際、
お持て成しを頂いた、
吉本新喜劇の「池乃めだか」師匠の店、
”キャット”の共同事業者、
「倉沢由昭」社長と、
「山下雅周」社長が2連泊で参加、
倉沢氏、44、48、山下氏、57、47とまとめた。
(玉大吉の初玉姐さん)

前回から、
市内の芸妓さんたちも参加し、
コンペを盛り上げ、今回も、4人がプレイ、
何れも、小生を上回る”集中力”を発揮して、
40代後半でホールアウトした。
ただ、
「涌稲国愛澄」姐さん、こと、
芸妓置屋「時代屋」の”カイ”さんだけは、
ニアピン一つ獲得したものの、
笑い涙で視界が曇ったかどうか、
小生と変わらぬスコアでホールアウトさせてしまった。
9番打ち下ろしのミドルホールで、
ドラコン一本、取ったものの、
今回も納得のいかない、不完全燃焼のうちに終わった。
今夜は、
倉沢、山下両氏と外久保社長を交え、
食事方々大阪発関東進出の”麺ビジネス”と、
ある、データーソフト販売に関する商談が控えている。
2006年02月15日
新宿の夜、渡辺の蕎麦で焼酎
一晩の出来事、
否、正確に言えば僅か3時間足らずの、
展開を”3日”に渡って、引っ張ってきたが、
今日はもう少し補足して終わりにしたい。
「京本政樹」さんと、
水戸黄門(TBS)格さん役「伊吹吾郎」さんが、
同じ事務所である。
伊吹さんと小生は同じ釧路の出身であり、
何度かお付き合い頂いている。
オフィス「斬」には、
他に、知られたところでは、
あいはら友子さんが顔を並べる。

京本さんには、彼の事務所の「菊池常務」が
付き添い、
各プロデューサーに営業を掛けている。
石森氏は、
お二人と仕事を通じて旧知の仲のようで
小生を紹介しながら、
温めている次回作の”シノプシス”(あらすじ)を
説明しながら、ニュー京本キャラについて、
自論のイメージについて熱く論じ、
親睦を深めていた。
京本さん、今年47歳ということだが、
肌は白く、映像で見るより”イケメン”だが、
男っぽい芯の強そうな雰囲気が感じ取れた。

友人で、宮川和男氏(ドリームステーションジャパン)が、
奥さんと大学生の娘さんの待つテーブルに、
少し遅れて、到着した。
宮川氏は、
早稲田を出た後、ナベプロで「森進一」のマネージャーを
長く勤めた後、
独立し「深野美幸」を育て、
その後、吉本興業を経て、
現在は原作権を取得して、
「Vシネ」製作や映画やテレビ番組の企画を立案している。

パーティーが終了した後、
京王プラザを出て、
昨年も「石森」氏にご馳走になった、
近くの有名蕎麦や「渡辺」で口直しをすることに。
「ど~も」、
知った顔に会釈をする。
国際放映から石原プロダクションと、
テレビプロデューサーとして、
一線で活躍した、
「森川一雄」氏がコートの衿を立て、
目の前を歩いていた。
「相変わらずダンディですね」と、
国際放映時代の共通の知人の近況を尋ねると、
小生の親友、
国際放映製作担当、西島孝恒氏が
北海道でロケの最中急死したことを知らされる。
また、森川氏は、
石原プロを通じて、
旧「静観荘」時代から、新年会・忘年会を担当した、
当時のフロントマンで、
現在は、
熱海「おおかわ」旅館の、
大川社長と昵懇で、
今年も「おおかわ」に泊ったそうで、
宜しくというメッセージを頂いて分かれた。
西島氏の急逝を悲しむように、
ビル風が強く吹いていた。
高層街の”つむじ風”が
寒気を伴いコートに絡み、マフラーを巻き上げる。
「渡辺」は満席だった。
小生と石井利宣氏は”そば割り焼酎”を、
石森氏と大竹氏は、単なる”お茶”で、
全員が、もり蕎麦2枚を注文して、
パーティーを振り返り、
大竹氏の質問に「石森氏」は、応える。
そこに、連絡していた原宿「アミティ」の中川氏が、
同社の高橋専務を連れて、
「渡辺」に登場、
自己紹介の後、ホテルの部屋に河岸を変える。

中川氏は、
原宿で美容関連の事業の他、
秋田県”玉川温泉”の岩盤浴に関する研究に、
時間と経費を掛け、
その集大成が日の目を見ようとしており、
玉川温泉と岩盤浴、
その成分を壊すことなく、凝縮し、
熱海温泉で活用したい。
中川氏がそれに応えてくれる日は、
そう、遠くないはずである。
今回の「日本テレビ映画プロデュサー協会」新年会は、
何時になく有意義な時間となったようだ。
2006年02月14日
不老女優「森光子」さん
京王プラザ南館5F、エミネンスホール受付で、
入場券と名札を交換した後、
杉田成道」プロデューサー協会長や、
以前から顔見知りの、
黒井角川映画社長等が、
各々の交際密度に即した挨拶で、
来場者へ歓迎の意を表していた。
石森氏と小生は、
黒井社長と握手をし、パーティコンパニオンが差し出す、
ドリンクを片手に、
正面舞台に近いテーブルを確保する。
杉田会長の挨拶のあと、
特別賞を受賞した、
「森光子」さん(女優)が舞台の袖から登壇した。
その後を追うように、
2月3日、来宮神社で一緒に、豆まきをした、
橋田壽賀子さん(脚本家)が、森さんの
プレゼンテーターとして登場し、
業界の重鎮としての貫禄を見せた。

さて、
「石森史郎」氏と、橋田壽賀子さんは共通点がある。
脚本家としての知己.だけでなく、
共に、
熱海「来宮神社」に”縁”があるのだが、
橋田さんは、
石森氏がここで結婚式を挙げたことを
知らずにいるのかも知れない。
さて、森さんだが、
フットライトを浴びた舞台姿からは、
とても御年「80~ウン歳」には見えない可愛らしさが
全身から漂い、
受賞を素直に喜ぶ姿は、
溢れる来場者に感動すら与えた。
石森氏は袖に降りた、
橋田さんを改めて紹介すると、
小生の肘を引いて頂いたのだが、
場面を見て、今回は遠慮することでご了承頂いた。
新人賞受賞者は、
伊藤淳史さん(電車男、義経)、
内山理名さん(大奥~華の乱、深紅)
沢尻エリカさん(パッチギ!、一リットルの涙)
速水もこみちさん(ごくせん、電車男、ブラザービート)
堀北真希さん(電車男、野ブタ。をプロデュース)等が受賞、
(新人賞授賞式と”珍人表”「大竹啓之」氏ー鶴見・セグレードー)

舞台において出演作などが映し出され、
改めて昨年度の活躍と受賞作を紹介されていた。
何れも、映画テレビに引っ張りだこの人気者で、
今後の活躍が期待されている俳優さんたちである。
ー朱に交わればー、ではないが、
熱海が”フイルムコミッション事業”を推進していく上で、
こうした業界を仕切る世界を体現して、
その波及効果を行政自らが、
模策する前向きな姿勢が不可欠だろう。
舞台では、
映画監督故「岡本喜八」夫人、みね子が特別賞を。
そこに、「必殺仕事人Ⅴ」 で、
ニヒルな殺し屋 『組紐屋の竜』 のイメージが焼きつく、
「京本政樹」さんが駆けつけ、フラッシュを浴びていた。
(つづく)
2006年02月13日
2006年「エランドール賞」
去る2月9日(水)、
日本映画プロデューサー協会主催の、
新春パーティーが、
新宿京王プラザホテル、
南館5F「エミネントホール」で開催された。
パーティーは、
2005年度に上映された、
映画・テレビのドラマ部門の作品の中から、
プロデューサー協会会員各位から、
寄せられたアンケート投票上位作品について、
委員会で論議を交え選考された中から、
先月27日に開かれた「第7回定例理事会」で、
承認・決定された、
新人賞・作品賞・プロデューサー賞・同奨励賞・
特別賞を発表する、
「エランドール賞」の、
授賞式も兼ねて催された。
(会場に駆けつけた報道陣)

小生が入会出来たのは、
国際放映、その他での経験だけでなく、
今から約10年ほど前、脚本家「石森史郎」氏と、
東京築地において、
「青春脚本塾」を開校していた頃、
「石森史郎」氏と、
www.jmdb.ne.jp/person/p0226690.htm
大山勝美氏に、
ご推薦を頂けたからである。
kazumo.jp/creator/ooyama/ooyama_list.html
昨今の地方自治体では、
映画やテレビ番組などの撮影を誘致する、
「フィルムコミッション」事業に、
本格的に着手するところが急増している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーフィルムコミッション事業ー
映画、テレビドラマ、コマーシャルなどの
撮影を誘致し、
エキストラなどの手配や支援を行う活動。
近年、観光効果を狙い全国各地で自治体や、
観光業界、民間組織などが一体となった、
協議会方式などで展開している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「金色夜叉」、お宮と貫一といえば、
小生の脳裏には、
明治から平成の現代まで、
熱海市と一対の固有名詞然と、焼きついており、
昭和40年に「熱海後楽園」に就職したのも、
間接的に、
”貫一”のような人生に憧憬の念が重なり、
”熱海~のぉ~、海、岸~ん、散歩~する~っ”の、
フレーズに誘われて来た可能性も、
今振り返れば、否定できない。
因みに、現在の”熱海の海岸”は、
俗化の象徴のように、
「サンビーチ」と名を変え
、
金色夜叉を連想させるものは、
”銅像と石碑”だけだが、
ここを訪れる観光客は後を絶たない。
当世の、
IT、ケーターイ、”メール世代”に通用し、
後世まで心に残る”ドラマ”の創作を、
熱海市が公募、発掘し、
それをドラマ化するなどの再生策も、
他方、不可欠なのは、
金色夜叉の”賞味期限”を見るまでもない。
こうした背景を踏まえ、
「フイルムコミッション」の波及系として、
「石森」氏を含め関係者と、
創作公募の方法などで、
話し合い続けているところへ、
11日、熱海会に所属した途端、(11日ブログ参照)
「ニッポン放送」役員の方と、お会いできたのである。
さて、話は横道にそれたが、
パーティーが澄んだ後も、
中川氏(原宿アミティ社長)とのアポもあり、
この夜は会場の、
「京王ホテル」宿泊するのだが、
ネット予約して頂いたことで、
通常の半額近い宿泊料金で部屋をキープできた。
(京王ホテル28階から俯瞰する)

ホテルでは、
石森氏に部屋までご足労頂き、
お互いの近況に触れ、
今年7月には、
石森氏の出版記念パーティが予定されており、
小生も発起人メンバーの一人として、
協力することを引き受けた。
何せ、小生夫婦は、
石森夫妻の仲人ということもあり、
肝胆、相照らす仲でもある。
なお、
パーティ会費は毎月の会費に含まれており、
一般の出席者は、
受付で”15,000円”受付で収めれば入場できる。

小生は今夜欠席した、
松本哲治氏(大阪・タックワールド)のチケットを、
大竹啓之氏(鶴見・セグレード)に譲り、
会場受付で待ち合わせしていた。
今夜は、
女優「森光子」さんが、
昨年、デビュー70余年の女優活動で、
「文化勲章」を受賞したことを受けて、
「特別賞」受賞のため、
会場に姿を見せることになっている。
(つづく)
2006年02月12日
朝の散歩道
今日は、最近変えた
小生と愛犬「ふ~」の散歩コースを
ご案内いたします。
写真は順に、自宅前から「税務署前」、
大乗寺階段、野中山踏切、澤口宅、菊池工業自宅前、
パサニア、来宮神社、加藤則夫議員自宅前。


小生が散歩を始めてから、
今年でかれこれ8年目になる。
動機は、ただ減量が目的だった。
これまでも、濃い味酒肴で
平成9年の市議選で落選した時点では、
血圧は高く(160-100)、
血液検査でも、
肝硬変やアルコール性肝炎等の
肝機能数値を示す”GOT”や、”GPT"や、
アルコール性肝障害、閉塞性黄疸、肝硬変、
肝炎、すい炎の状態が一発で解かる、
”γーGTP"もかなりヤバイ状況にあった。
熱海診療所の「竹内」先生から、
「早死にしたかったら」と、ハッパを掛けられ、
一年間酒を絶ち、
数値は全て平均値に戻ったものの、
体重だけは76キロを割れずにいた。

その後、
平成10年9月、
市長選挙とセットで行われた、
熱海市議補選に落選後に本格的に始めた。
先ず、自分自身にプレッシャーを掛けた。
―どうせ三日坊主さ―
―糖尿らしい―など等の雑音を無視すること、
歩くことに、楽しみを持つこと。
とはいえ、最初は夜の帳が下りた頃を見計らい、
小生のラーメン屋を手伝っていた、
故「岡本功」元熱海市議会議員の長男、
岡本義正君や、
まだ太る前の愛犬「ジョン」を連れて、

自宅から「来宮神社」経由で旧「西山山荘」のぼり口までの、
往復約1時間を目処に、
”歩けない理由を自分自身に付けずに、
以来、8年間、熱海市内に居る時は、
雨の日も風の日も、
のんびり、焦らず続けられたのは、
先輩の「岡 武秀」議員が、
小生が歩くより以前から、病後回復を期し、
完全に復活した現在でも、
継続している”芯”の強さを見せ付けられた事や、
男たちの宴の「澤口昭三」氏も、
15年以上も自宅前の急坂を歩くことで、
体調維持していることも含め、
最大の理由は、
愛犬2匹のお陰だと感謝している。
歩き始めは、平成8年生まれの、
イングランドコギー「ジョン」。
今では老犬と太り過ぎで心臓が弱く、
長時間の散歩はご法度だが、
現在は、
柴犬「ふ~」(藤姫)7歳が、
小生の相手となって現在に至っている。
散歩のコースは基本的に、朝、1時間以上、夕方、15分と、
愛犬の習性にあわせ調整している。
どの時間帯も愛犬家やウォーキングを楽しむ方々と
顔見知りになるばかりでなく、
行政サービスの不備や問題点を捉えることができ、
市当局への協力を得ながら、
修正できたことは多い。
2006年02月11日
皇紀2666年の弥栄
2月11日は「紀元節」。
神武天皇即位の日を設定したこの日、
午後2時から、
来宮神社において、
恒例の神事が挙行された。
神社正面入口で、国旗掲揚の儀と
青木悦夫氏(常任総代)の先導による、
「君が代」斉唱と紀元節奉祝い歌のあと、
社務所で直会に出席した。
池田考太責任総代(ホテル池田会長)が挨拶に立ち、
「神武天皇が建国し、本年は皇紀2666年を迎えました。
今一度、この紀元節の時に、
今後の国のあり方、
郷里を愛する気持ち、
家族のことなどを考えて頂く良い機会になれば幸いです」と、結ぶ。
3日連日の神事だったが、
10日行われた、湯前神社の「献湯祭」は欠席した。
理由は、会派勉強会と神事が重なったからだ。
昨日は、午後12時45分に、
「熱海会」会派控室に入った。
梅原、高橋両議員が既に待機していたが、
加藤会長は庁内で打ち合わせ、
梅議員がボランティア活動の
一環として続けている、
”湯~遊~バスのガイドの途中で少し遅れるとの事だった。
毎月、10日と20日は、
熱海会が当局幹部吏員を招いて、
行政に関する勉強会に時間を割いているとのことで、
小生に取っては初めての経験だった。
この日は、
熱海港第七岸壁に関する、観光への波及効果について、
双方の情報交換の場であり、
官と民との活性化への”温度差”を
勉強会によって縮めていこうという狙いもあるようだ。
その後、
高橋議員の紹介による、
箱根彫刻の森を立ち上げた、
ニッポン放送役員を含む関係者の方と、
熱海市活性化をテーマにした会合が続いた。

議長応接室を借り、
熱海会所属議員夫々が持つ、
理想を具現する”とば口”を探る意味合いで
進められ、
小生は、数年前の、
ハウンドドック「コンサート」での、
経済波及効果の残像が
今でも鮮明に残っていることから、
夢よもう一度、的、
2番煎じ3番煎じの出がらしでも良いから、
実現できないかとの、質問をぶつけたところ、
ー巨額な設営費、チケット販売の壁が厚い、
大手スポンサーでも付かない限り、
プロデューサーの負担増は計り知れないー
ー今、歌手でお客を引っ張れるのは、
会場のスペースにもよるが、
「船木一夫」さんで、
全国からの追っかけで、
1,000人規模のコンサート会場はどこも満員ーと、
意外な言葉が返ってきた。
さらに、町おこしには、
「アントニオ猪木」さんや、
「千葉真一」さんの、
名前があがり、
その具体的な求心力を説明していただいた。
ただこの日、
例の、ホリエモンショックにゆれる、
”フジテレビ”の巨額損出金への対処をめぐる、
役員会議があるということで、
約40分程度しか時間が取れなかったが、
席を立つ前、ニッポン放送役員の方は、
観光港をそのまま使用し、
経費が掛からず、メディアが取り上げる”イベント”について、
大きな置き土産を残して頂いた。
キーワードは、”デヴィ婦人”とその愛犬だった。
「熱海会」所属直後の、活性化への”種まき”が、
皇紀2666年の今日から、
近い将来、大きな収穫を伴い、
熱海市を潤すキッカケになるよう
実現に向けて、
議会一丸となって、
努力したいものである。
2006年02月10日
湯前神社春季例大祭
熱海温泉の守護神といえば、
「熱海湯前神社」につきる。
湯前神社(内田進奉賛会長)は、古社として、
今から、1400年以上も昔、
薬師権現が里人の夢枕に立ち、
大湯を祀るよう神託があり、
この地に鎮座したという言い伝えが、
「伊豆の国神階帖」に、
従四位上熱海湯の明神と記されている。
昨日9日は、湯前さんの宵宮で、
宵宮の神事は、
大湯間歇泉苑地にて湯汲や、その汲み湯を神前に
捧げて祭りを挙行した。


汲み湯神事に参加したのは、
内田会長以下奉賛会員の他、熱海市助役、
小生を含む市議会関係者(宇畑副議長、岡、橋本各議員)、
熱海温泉ホテル旅館協同組合、
熱海商工会議所、熱海観光協会、
熱海温泉浴場組合役員、熱海芸妓衆など、
温泉・観光に携わる関係者が焼く30数名が参列した。
雨宮宮司(来宮神社)が祝詞を相乗した後、
参列者全員が玉串を捧げ、
泉脈が枯渇しないよう、熱海市の発展を祈願した。

内田奉賛会会長は、
「今朝明日はこの冬一番の冷え込みということだが、
この時間になり穏やかな陽気となり、
湯前さんのお恵みと感謝する」と、挨拶に立ち、

水谷助役は、
「温泉あっての熱海であり、一日も早い
経済波及が熱海市に波及することを願う」と、続けた。
小生が昨日、
熱海市議会政策会派「熱海会」へ、
電撃入会したことを受け、
雨宮宮司を始め、奉賛会員からも
「あれっ、橋本君(橋本議員)と仲が良いので、
民主党だと思っていた」だの、
9月の市長選がらみの戦略的な深謀遠慮では、など、
様々な意見が飛び出したが、
全般的に、
熱海市再生への布石になることならばと、
一応の理解を得た。
尚、今日10日は、
午後1時から同神社において、
献湯祭が斉行され2日間にわたる
「湯前神社」春季例大祭は恙なく終了した。
2006年02月09日
村山憲三「熱海会(あつみかい)」へ
熱海市議会一人会派として、
過去、7年間
”市政に不満のある市民の代弁者”として、
税金の無駄遣いや、
不公平な市民サービスの是正、
不可解な公共事業投資への徹底追及や、
基幹産業崩壊に伴う、
民間雇用喪失と長期不況対策を視野に、
夫婦共稼ぎ、親子三代、市外通勤者等、
優遇される市役所職員のあり方などを質す一方、
高額定住者誘致対策や、
企業誘致など、
一期目は、自民党村山派として、
二期目は、熱海市政調査会として、
議員として当然の義務を果たすべく努力を続けてきた。
この間、過去3年、
派閥、会派を超えた政策勉強会「11会」の
一議員として、
自民党熱海会、民主党・市民クラブ、共産党等々の
各所属議員さん方とともに、
勉強をさせていただいてきた。
熱海市が現在抱える政治的、経済的問題は多く、
少子高齢化率”県下一”と、
基幹産業崩壊、財源枯渇は合わせ鏡のごとく。
もう後のない「熱海市」の議員として、
党利党略、個利個略を排した
”市民党”的見地で議会活動を続けてきたのだが、
しかしながら、一人会派の小生、
議会での質問時間は、
僅か「35分」と短く、
隔靴掻痒的屈辱も味わってきた。
支持者の中からも、
そろそろ、どこか会派に
所属してはとの声も大きく、
2年ほど前から、そうした話(会派からの)はあったが、
自分の考えをハッキリ見極めるまでは、
色々な意見を聞ける立場でいたが、
昨年12月議会を機に、
「熱海会」への所属を決断させていただいた。

これまでには、上記のように、
役所の人事に関する指摘も多かったせいか、
昨年12月議会では、
小生も含む、怪文書をめぐる
当局の関与と信憑性をテーマに、
告発された内容が、
市職員やOBしか知りえない、
個人情報が漏洩された可能性や、
反面、事実誤認も多く、
実しやかな憶測を是正すべく、
当局に質したのだが、
のらり、くらり、
緊張感に欠けた回答しか引き出せず、
一人会派としての、限界を改めて知らされた。
幸い、
熱海会は、加藤会長以下、
是々非々の政策集団であり、
拘束の少ない、
真摯に熱海再生を目指しており、
反権力を標榜してきた小生をも、
度量の大きさ、
懐の深さで迎えていただいた。
今後は、
加藤会長の行政に対する豊富な知識と経験、
梅原議員の設計士としてのプロ的視点や、
高橋議員の、地域防災のトップとしての見地、
梅議員の、家庭を守る主婦という側面から、
少しでも、緊張感のある議会活動、
税の市民還元、
熱海市再生を目標にして、
初心に帰り、勉強させていただく所存です。
戦う政策集団、熱海会の存在意義は大きい
2006年02月08日
めだか師匠の店「キャット」
スタンド割烹「日本」は、
難波で最大の”サウナ”ニュージャパングループだ。
過去に何度か、松本氏にサウナとマッサージで
案内していただき、
ズラッと揃った若いマッサージ嬢に
度肝を抜かれた経験がある。
今夜は”ニュージャパン”に寄らず、
倉沢氏の事業パートナーであり、吉本新喜劇所属の
「池乃めだか」師匠のスナック、
キャットへ、
足を伸ばすことに。
ドアを開けると、
めだか師匠が、ミニステージの上で、
シンセドラムをカラオケのリズムに合わせて、叩いていた。
めだか師匠は小生たちを見つけるなり、
顔を崩して歓迎の意を表し、
握手を求めてきた。

店は30坪程度のスナックで、
カウンター席とテーブル席とミニステージが。
照明は明るく、男性5,000円、女性3,000円の
一定料金の明朗会計がウリで、
壁に飾られたボードには、
吉本のタレントさんを始め、多くのスポーツ選手や、
芸能人が「キャット」を訪れ、
記念写真を残している。
松本氏は近くに事務所があり、
この界隈には精通していたつもりだったが、
「キャット」は初めてという。

先客が数組。
最新のカラオケマシーンと、
めだか師匠のシンセドラムの伴奏を楽しむかのように
カラオケマイクを握り自己顕示に余念がなかった。
外久保氏も得意の喉を披露したが、
松本氏は風邪気味とかで、
小生はしつこく、クリクエストしたのだが、
残念ながら歌っていただけなかった。
めだか師匠は、
昨年逝去した、新喜劇で一世を風靡した
「故岡八郎」さんが移っている写真を紹介したり、

ボードに飾られた記念写真について、
丁寧に説明し、

客あしらいのうまさも垣間見せた。
倉沢氏は、
熱海にもこうした芸能人やタレントの店があると、
各方面からの、
誘客に一役買うと、膝を乗り出し、
何なら「池乃めだか」の店”キャット”熱海店でも、
オープンするなら全面的に協力する。
師匠や”キャット”と縁のある、
知りえる限りのタレント・芸能人に”熱海”を紹介すると、
力強いお話が。
小生は外久保氏が考えるなら協力すると、
応えるに留まったが、
一考する価値のある有難いお言葉だ。

倉沢、山下両氏をロシア訪問に誘った、
著名週刊誌社主と小生、
実は間接的に繋がっていたのである。
キーワードは、故金平協栄ボクシングジム会長である。
この社主は、故金平協栄ジム会長の
葬儀委員長を務めるほどの仲という。
1993年、小生がモスクワ経由で、
当時の”グローズヌイ”(チェチェン・イングーシ共和国首都)の、
大統領府に招待されたのも、
故金平会長が旧ソ連から選抜し、
日本でライセンスを取得させた、
オリンピック経験者のボクサーの一人
”シビエフ・ラムザン”と友人だったからだ。
同時にソ連から来日し世界チャンプまで上り詰めたのが、
ユーリ・アルバチョフと、
グッシー・ナザロフの二人である。
この時点では、
故金平会長とは接点がなかったものの、
その数年後、
旧「つるやホテル」にて、
国会タイムズ主催のシンポジュウムを機に、
可愛がって頂くようになった。
今回、
外久保氏と旅館の販売促進のヘルプとして、
大阪に来なければ、
こうした”縁”を感じ取れずじまいだったはず。
今後どのような展開が待ち受けているのか、
ワクワクするような期待感が膨らんでくる。
午後11時30分、
キャットにさよならを言い、

一路「金龍ラーメン」に向う。
キムチ、にんにく、にらキムチを各々お好みの量で味を調整、

それぞれの満足感を満たし、
倉沢氏が用意した「ホテル」にチェックイン、
大阪一泊、販促の旅は、
ほぼ満点の収穫を得て散会となった。
2006年02月07日
難波の夜、鍋で暖を取る
6日、午後7時30分過ぎ、
旅館の販促で難波方面に出かけた、
外久保氏から電話が入った。
雨はまだ降り続いていたが、
傘を差すほどではなかった。
「日本橋」にあるタックワールドから、
タクシーに乗車、
指定された「富士屋ホテル」前まではワンメーター(630円)。

外久保氏と並んで、昨年
”ほのか杯争奪チャリティゴルフ”でご一緒した、
池乃めだか師匠の
事業パートナー
「倉沢由昭」氏と共に既にホテル入口で待機していた。
「ど~も」と簡単な挨拶とともに、
松本氏を紹介、詳しいことは後程ということで、
案内していただいたのは、
富士屋ホテルから歩いて数分の、
鍋物・会席 スタンド割烹「日本」
係の仲居さんから、
エレベーターで3階の座敷に通された。
倉沢氏の友人で大阪市内で
不動産関連事業を手広く展開しているという、
「みやび・フォンド」の山下雅周氏が合流する。
山下氏は、
大晦日から連泊で「ほのか」に家族と宿泊、
ゆっくり温泉三昧できたと目を細め、
名刺交換しながらご自身の営業案内を説明し、
倉沢氏の音頭で、生ビールで乾杯、
全員一致で冬限定という、
「紅鮭のつみれ付」 山海鍋を注文した。

竹べらにギッシリ詰められた鰯のつみれや鶏につくねや、
20種もの、旬采魚采が盛り込まれた大皿から、
仲居さんが器用に素早く慣れた手つきで、
鍋に”つみれ”を練りこみ、
具材が次々とスープの中に並べられていく。
鍋からあげた具に寄せダシと柚子胡椒とすりゴマ少々、
薄くもなく濃くもなく、
素材が生かされた味に、
”いいちこ”がスイスイ入り、
お互いの親睦も深まる。
倉沢氏と山下氏、
今月ビジネスを絡め、「モスクワ」へ。
報道等では、
今年のロシアは、氷点下43度という記録的寒波とか。
聞けば、モスクワスタイルの”サウナ”スタイルを
日本に普及させることが出来るかを検討するため、
東京の著名週刊誌社主と共に出かけてきたという。
それ程でもなかったというが、、
マイナス20度以下では、
釧路出身の小生でも想像外の寒さだ。
3泊4日のモスクワ滞在中、
移動はベンツ3台でボディガード付きで移動、
ボルシチなど、ロシア料理とウォッカが馴染み、
格別のVIP待遇だったと、
詳細に話していただく。
ただ、宿泊したモスクワのホテルは
料金が日本円で、一泊3万円と5ツ星級だったが、
シャンプーやボディソープ等の、
アメニティグッズは部屋から省かれていたと、
ちょっぴり不満を漏らす。
とはいえ、政府の要人や、
日本大相撲協会所属力士である、
ロシア出身の「露鵬」関との会食や、
また、ロシア産物の輸入に関する情報など、
大変貴重な時間を有意義に過ごせ、
6月に再度、訪問するがと、お誘いを受けた。
1993年以降、
モスクワとはご無沙汰なので、
VIP待遇ならと心が騒ぐ。
午後9時30分頃、
スッカリ空になった「鍋」を置き去りに、
次なる”ご招待”先へと駒を進めたのである。

大阪で二番に旨い店、一番はおふくろの味
鍋物・会席
すたんど割烹 日本
大阪市中央区難波2ー3-27
電話06(6213)0121~2
2006年02月06日
大阪へ
桃の節句は3月3日だが、
昨日は、
愚息の嫁の実家から、
孫の初節句を祝う贈られてきた
雛人形を組み立てるということで、
嫁が「歌奏」を連れて我が家へ。

昨年4月に産声を上げたと思っていたら、
早いもので、
炬燵の縁伝いに立つように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今朝、10時44分のひかりで「大阪」へ。
新幹線チケットは、
熱海駅前第一デパートにある「MOAトラベル」で、
リーズナブル価格を利用する。
西から天気が崩れる予報だったが、
熱海に限っていえば、
そうした兆候は未だ見えてこない。
大阪へは、
「離れの・・宿 ほのか」の外久保社長の、
販促のお供ということで、
ついでに、
大阪市内で起業している友人への紹介も兼ねている。
無論、
小生の友人「タックワールド」の松本哲治社長には、
これこれ、こういうわけで、
大阪に行くということは事前に伝えており、
地下鉄「難波駅」高島屋デパート前で待ち合わせを。
久しぶりの大阪だった。
天気予報通り、
霙交じりの大粒の雨だったが、
少しも苦にならなかったのは、
松本氏の元気な笑顔に触れたからだろう。
昼飯は、コテコテの大阪を食べようと、
待ち合わせ場所から、
タクシーで、通天閣”ジャンジャン横丁”の
串カツの人気店「八重勝」へ。

ご覧の通り、
午後2時30分近いというのに、
カウンター席50脚は満席だった。
約10分待って着席。
まず、甘味噌仕立ての筋肉を煮込んだ、どて焼きから、
ラードで揚げる”串揚げ”に。
カツ、玉ねぎ、かぼちゃ、たまご、アスパラ、
ハム、生麩(餅入り麩)など、
生ビール2杯ずつ頂いて、
たらふく食べて、8,800円は安すぎる。
この店の特注は、
ナマキャベツ食べ放題で、
串揚げのくどさを消すから、食が進む。
ただし、タレの2度付けは”ご法度”。
一品100円から300円の値ごろ感で、
一本でもリクエストできる。
松本氏と外久保氏は初対面ながら、
お互い、
小生のブログの常連者ということもあり、
馬が合ったようで、
話がトントンと進み、

この後、日本橋にある「タックワールド」事務所に。
ここから、外久保氏は大阪の顧客とアポイントを取り、
難波周辺へ販促ということで、
午後7時に連絡を取り合うことで、
一旦別行動に。
池乃めだか師匠や島田洋八さんを始め、
「ほのか」ご愛顧の、大阪人は多い。
2006年02月05日
BRASA!! もう一つのブラジル
先日、鶴見(横浜)にある、
ブラジルレストラン「セグレード」の
大竹啓之氏から、
ブラジル大使館後援の、
”ブラーザ”を見に来ませんかとチラシを頂き、
会場である、
麻布十番に出かけてきた。
東京駅銀の鈴で、
友人の「石井」利宣氏、
原宿アミティーの「中川氏」の両氏と待ち合わせ、
丸の内線から大江戸線経由で、
麻布十番駅下車、7番出口から約3秒という、
うたい文句の通り、
出口の隣が会場の「ウエアハウス」だった。
入口には長蛇の列が出来ていた。
このイベント会場で”ブラジル軽食”の
店舗を任されている、
大竹氏に電話をして、指示通りに会場へ。
会場は地階にあり、
天井が高いライブハウスで、
入場者の年代は殆どが20代で、
ブラジル人や日系人と思しき人たちも多い。
ここでは、
サンバやボサノバ以外のジャンルの、
ブラジル音楽や踊りが見られるとのふれこみだった。
ブラジル北東部由来の
フォルクローレや、フォホーやアシェ、
アマゾン地方のカーニバル音楽である
「ボイ・ブンバ」、
黒人奴隷由来の伝統芸能・カポエイラで
使われている楽器:ビリンバウなど、
もう一つのブラジルの、
音楽を集めたライブイベントだった。

大竹氏は、階段を下りた所で、
”店”を開いており、
日本で言う、
ホットドックやソーセージとジャガイモ、オニオンを合わせた、
ブラジル軽食を販売していたが、
話が出来ないくらい、
お客が店先に並んでいた。
小生達は、ブラジルビールで乾杯し、
“ビリンバウオーケストラ”
ブラジルの楽器「ビリンバウ」の演奏に暫し聞き入った。
このあと、
パンフレットを参照してご紹介すると、
浅草サンバカーニバルに出場した
エスコーラのダンサーにより結成されたバンド、
”ジラソウ”サバヘギや、
ブラジル北東部、ベルナンブーコのフォルクローレを
演奏する女性だけのバンドや、

アマゾン川に浮かぶ小さな島「バリンチンス」の牛祭り、
ボイブンバを、
日本で結成された「ボイ・アルアナ」が、
リズムとダンスを見せれば、
会場は一体となって揺れ動いた。
満員御礼となった一人2,500円の入場料。
思わず、このイベント仕掛け人の儲けを計算してしまう。
計算したついでに、大竹氏の
この会場での売り上げを聞くと、
「・・・・・・円」と答えてくれたが、
僅か二人でそれだけの売り上げとは、

熱海ラテン化計画の実現を期して、
「ウエアハウス」を後に。
石井、中川両氏と近くの、紅虎餃子房直営の、
麺酒肴「萬力屋」麻布十番店で、
ラーメンと餃子で仕切り直しで、
(写真左から石井、中川の両氏) (階段からイベントを見る観客)

中川氏のアミティの商材が、小生の友人の計らいで、
テレビ通販のコードをとんとん拍子に、
受けられるところまできた、と、
感謝、感謝と連発される。
調子に乗って、
”芋焼酎”を呑り過ぎ、
新幹線に飛び乗ったまでは良かったが、
気がつけば「三島駅」の手前。
1,500何がしを払い、
タクシーで熱海までとは、情けない。
それでもお釣りがくるほどの、
実りある一日でした。
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