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2005年10月08日

2度目のホールインワン

二度目のホールインワン、といっても、
小生のことではない。

「男たちの宴」シリーズに登場する、

野部功氏のこと。

野部氏の本業は保険代理業だが、
熱海市の民生委員でもある。

小生との関わりは10年以上も前に遡る。
出会いは、地元ガソリンスタンドの
親睦ゴルフ「共石会」を通してだった。

お互いの子供が友人同士だったことも親しくさせた。
さらに接点を深くしたのは、

子供同士が「ニュージーランド」へ語学留学したことだった。
その後、小生の愚息は、

語学留学から一転、
中国ペニンシュラ系統のホテル
「王府飯店」のセールスマネージャー見習いとして単身赴任。

小生には、香港返還や改革による
経済成長が約束される”中国”を体感し、
将来への貴重な体験になればとの思いがあった。

その間も、野部氏とは
共石会や桜町(野部氏所属町内会)の親睦ゴルフ、
「桜友会」を通してず~と親睦を深め、
現在では「男たちの宴」の
メンバーとしても、小生をフォローしていただいている。

現在は野部氏のご子息は、家業の保険代業を、
小生の愚作は、今年に入り、
一からの「サラリーマン生活」を選び、
これまでの経験を生かそうとしている。

さて、野部氏のゴルフは、マナーに忠実で、
少し堅苦しいほど潔癖感が漂い、
スコアもシングルに近い数字を堅持してきた。

その野部氏が、
過日、小生の事務所を訪れ、
意味ありげに、ニコッと笑い、
「これを」と、差し出したのが、

「ホールインワン記念」と銘打った記念品だった。


s-CIMG6738.jpg

「なにこれっ?」
「やったんだよ。私が」
「えっ」

野部さんが言うには、
ホールインワンは、9月14日、
「伊豆スカイラインゴルフクラブ」でのこと。
その日は3組のコンペ。

奇跡は15番ホールで起きたという。

ところが、野部氏にとって、
ホールインワンは2度目だという。

一度目は昭和48年、
「沼津カントリークラブ」伊豆コースの3番。

ホールインワン保険というのがある。
野部さんは保険屋だけに”保険”は掛けてあるそうだが、

ホールインワンを達成したゴルファーは、
コンペ参加者や関係者に、
大判振りまいをしなければ、
不幸が降りかかってくるという風説がある。

一人のゴルファーが一生のうち、
ホールインワン達成は至難の業。
それを一人で2度記録するとは
驚くばかりである。

小生も運気は強いほうであるが、
ゴルフを覚えて幾星霜。
一度もかすりもしないでいる。

ただ、観光の祭ハワイでプレイしたとき、
目の前で、ピンに直接ボールが当たり、
外人女性がホールインワンしたのを
目の当りにしただけでも身震いがした。

それを自身、2度記録したのだから凄い!

さて2度のフールインワンで、
野部氏、どれだけ散財したか推測の域を出ないが、

今月の「男たちの宴」では、
あらためて、記念祝賀会としても、
会費とは別に、
財布の紐を開放していただきたいもの。

まずは、野部さん、おめでとうございます。

投稿者 村山 憲三 : 2005年10月08日 15:10


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