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2005年05月18日

真鍋八千代的経営哲学最終回

昭和41年、熱海後楽園レストセンターの舞台には

下記ポスターにある、

小宮恵子、菅原都々子、霧島昇、
一節太郎、藤本二三代、小野由紀子等の歌手や

月ノ家円鏡、リーガル天才・秀才、桂米丸、
立川談志、小野栄一等が日替わり出演していた。

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レストセンターではテレビの公開放送も行われ、

過日、ご紹介した

北島三郎や青山和子(愛と死を見つめて)の

大物もゲスト出演していた。

その舞台を小生が踏んだのは、
昭和40年のクリスマスパーティ。

            (写真左から峯田君、菅野君、小生、蓮見君)

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同期の菅野、峯田、蓮見諸君が組んでいた
バンドに飛び入り参加を要請され、ギターをカマし、
当意即妙の答えを出した、思い出がある。

これから、30数年後「北島三郎」さんや
「立川談志」さんと会うことになるとは
この時思っても見なかった。

(後日掲載)

その当時、事務所他で活躍の女子同期新入社員。男性は川崎先輩。


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さて、真鍋八千代的経営哲学最終回に入ろう。


“運七”と“ステップバイステップ”が


こういう結果をもたらせているともいえそうだが、そ
れにしても行動はいたって慎重。

健全経営が鍵


「経営者の多くは金利を建設費の中へ入れたがるが

ボクは建設費は建設費、金利は金利とハッキリ分け、
金利の確保に極力つとめる。

手形は一切持たない主義だ。
だから、事業部門製をしいても、関連倒産なんかありえない。

つまり健全経営だナ。

銀行の信頼を得てそれから次の計画に移る・・・・これがボクの方針なんだ」

“大衆とともにある企業”・・・
これが真鍋社長の金科玉条だ。

座右の銘として心にキザみ「片時も忘れることがない」という。

この精神は2,500人を超える従業員ひとりひとりにも徹底している。

「120円の内容あるものを100円で売るといえば、
誰だってほしくなるだろう。

サービス業は本来そういうものなのだ。

“腹下し”(使いすぎ)を起こさせないような料金で、
しかも客のプライドを満たす。これがボクの持論でもあり、
また長い経験からえた教訓でもあるんだ」

こう話を結んで大きく笑った。


あれから40年の歳月が過ぎた。

今の熱海市の現状はどうか?。

青色吐息の観光産業を前に、

熱海後楽園創業者の経営哲学を再考して、

温故知新となれば幸いである。


7月17日の同期会。


 (懐かしい、銀山男子寮での同僚たち。オガタと菊池と誰だっけ・・・?)

s-20055960.jpg s-20055961.jpg


5月16日現在、7月17日の同期会には約100人近く
連絡が取れた中から、相当数集合する確約を得ているようだが、

一人でも多くの仲間が集まること期待して

「熱海後楽園」に関する話はひとまず
終えさせていただく。

投稿者 村山 憲三 : 2005年05月18日 10:22


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