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2005年05月31日

オカマボクサー「パリンヤー」

K-1、プライド、プロレス各団体、
プロボクシング、シュートボクシング等々
格闘技が乱立し全盛期から、淘汰の時代に入ってきた昨今。

小生もまた、この業界を牽引してきた関係者と面識がある。

シュートボクシングのシーザー武志さんとは、

     http://www.shootboxing.org/

大阪の親友、宮崎文孝氏 の紹介で何度か会っている。

(阪神技研株式会社社長・大阪柔道道場連盟顧問)

1999年7月8日、大阪府立体育会館で開催された、

シュートボクシングアゲンストでは、

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(SHOOTBOXING AGAINST) リングに上げていただき、


                     (小生と宮崎社長)

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当時マスコミが取り上げ、一躍時の人となった、
タイのオカマキックボクサー(ムエタイ)

ノントゥム・パリンヤーに、

    http://boxfreaks.ddo.jp/chinta-chinta/kansen2004/video/040221lumpinee.html

記念品贈呈をさせていただいた思い出があります。


                  (オカマボクサーパリンヤー)


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宮崎社長のご好意で、リングアナウンサーから、

”熱海市”からこの試合のために、

駆けつけてくれた、市会議員と紹介していただき、
関西地区のマスコミにも多少は熱海が宣伝できたと、
感謝しつつ、自負した覚えがある。

その後、パリンヤーとは接する機会はありませんが、

タイの映画に出たりなどしていまだ、元祖オカマボクサーとして、
活躍しているようです。

宮崎社長とは現在もビジネスを通じて
お付き合いさせていただいており、

愚息の結婚式にもお出で頂いた。

6月議会終了後に、大阪でお会いする約束になっているが、
小生のブログについてはまだ話していない。

さて、熱海市にも格闘技系有望選手として、

プロボクシング日本ランカー

「古川」選手が有名です。

彼のファン倶楽部も発足し将来が期待されていますが、

熱海市あげて、古川選手への応援や興行、

後に続く選手育英のための施設なり
ジム誘致する等してプロスポーツ振興都市としての
複眼的視点も、
行政に期待したいのだが、、、。

投稿者 村山 憲三 : 11:36 | コメント (0)

2005年05月30日

熱海VILLA DEL SOL(南葵文庫)

美味探訪の趣も

附加されてきた感のある

”男たちの宴”

今回は、日本最初の

西洋式個人図書館(明治32年建設)として、

造られた館において、開宴された。

そこは、熱海市伊豆山。

昭和8年大磯に移築、増築され

ビラデルソル”(VILLA DEL SOL)”

太陽の館と名付けられた場所だった。

明治大正昭和と風雪を耐え、
近年、7年の歳月をかけて修復復元したものが、

熱海市伊豆山で、レストランとして人気を博しているという。

    http://www.villa-del-sol.co.jp/

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今月の”男たちの宴”の会場、VILLA DEL SOL。


推奨したのは「K」氏こと、北沢花屋さん。

孤高の人「S」氏、沢口さんや、

「N」氏、野部さん等も後に続く。


さて料理は、海鮮を中心としたシェフお任せ料理

シャンパンで乾杯のあと、沢口さんが選んだ赤ワインを楽しみながら、
歴史の感性が染み込んだ館(南葵文庫)のテーブルにすわり、

運ばれてくる一品々の食感を存分に味わい、
とても貴重な一夜を体験させていただいた。

女将の気品や元モデルという女性マネージャーの
ゴージャスな雰囲気もVILLA DEL SOLでしか、
体験できないあじわいの逸品といっても過言ではない。

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投稿者 村山 憲三 : 10:46 | コメント (0)

2005年05月29日

熱海みそぎの滝例大祭

熱海市には、源頼朝

ゆかりの古跡がいくつかある。


下松田町にある「みそぎの滝」もその一つ。

5月29日(日)午後11時から、
そのみそぎの滝例大祭が、下松田で行われた。


(雨宮宮司と禰宜さん)                       (みそぎの滝)

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会場には、川口熱海市長、田島県会議員を始め
関係者が大勢つめかけ祭典を祝った。


(田島県議と鈴木連合町内会長)               (みそぎの滝奉賛会一同)
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(青木奉賛会長)                         (大山市議と小生)

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川口市長は来賓を代表して、

「頼朝が伊豆山神社に立ち寄った際、
源氏復興を”みそぎの滝”で祈願したいわれがある。
熱海市も本日を機に皆さんと一緒に復興させたい」

 と、抱負を語った。

そのあと、青木奉賛会長が、

来賓や関係者に謝辞を述べ式典を締めくくった。

投稿者 村山 憲三 : 12:19 | コメント (2)

2005年05月28日

第25回来宮神社奉賛会旅行

来宮神社恒例の

     http://www.kinomiya.or.jp/

奉賛会旅行は、5月24日(火)から、

真清田神社参拝と

   http://www.masumida.or.jp/


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(森、川瀬、岡田、平石、小生、雨宮宮司、矢島各氏)           (雨宮宮司と平石氏)

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長良川温泉泊りで、「愛知万博」見学の

一泊二日の日程で行われた。

朝6時15分来宮神社出発し真清田神社には午後1時に着く。

そのあと、金華山ロープウエイに乗り

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岐阜城見学して、

宿泊先の長良川温泉鵜匠の家

「すぎ山」には午後4時に着いた。

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船中宴会のあと、鵜飼観覧だったが、


(真ん中、雨宮禰宜さん)                        (余興前の雨宮、新井氏)

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今年御鳳輦ご奉仕の、

雨宮克重会長、新井克己運営本部長、

岡本文夫天狗、小川智弘進行部長が

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参加し、余興”蛍”

と、題した寸劇?で、

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別の鵜飼観覧船の乗客や、
参加者全員を大爆笑の渦に巻き込んだのである。

翌朝、8時20分「すぎ山」出発、

愛・地球博会場の愛知万博長久手に到着。

聞きしに勝る観光バスや小中高生や一般団体客の数である。

ゲートはA-15。我々の観光バスは会場から一番遠い位置に駐車。

3時までは、途中で帰ってきてもエアコンをかけられないという。

持ち込めない、(目的に)たどり着けない、3時までエアコンが効かないの、

”ないの3乗”プラス、

手荷物検査や会場整理等などあ~じゃない、こ~じゃないを潜り抜け、
マンモス見たさの整理券、
貰ったはいいけど、12時40分から。

韓国料理店で軽~く、一杯。
チジミにキムチに串焼きつまみ、


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結局、グローバルハウスで2005型超ワイド
高精細画像「レーザードリームシアター」を眠りながら見て、

マンモスの毛髪微かに残る頭蓋骨と、足の一部を
ベルトコンベアに乗せられ、待つ時間長く見るのは2分。


他の会場を見るにも待ち時間が立ちはだかり、

韓式足裏マッサージに30分、

サマージャンボ各自30枚ずつ買い求め、バス駐車場へ。

疲れ果てながらも一行は全員時間以内に到着。

帰路に着いたのである。


愛知万博は別にして、

岐阜・長良川温泉は鮎解禁とともに、
鵜飼見たさに、24日だけでも
40人乗り宴会船約40艘が予約で満席だったと関係者は説明。

明治23年に鵜匠に現在の宮内庁にあたる宮内省から、
式部職という位が授けられ、その伝統継承を見たさに、

外国人観光客を始め多くの観光客を魅せリピーターも多いという。

文化の少ない熱海市が、

花と光とカジノと叫んでも、
観光客に響かない虚しさをつくづく痛感した旅行でもありました。

投稿者 村山 憲三 : 05:40 | コメント (0)

2005年05月27日

張本勲元巨人軍選手

過日は、川岸強中日ドラゴンズ選手を

紹介させていただきました。

あと、プロ野球関係者で小生が会ったことがある方は,

張本勲元読売巨人軍選手である。

http://www.meikyukai.co.jp/member/dasya/kojin/harimoto.htm

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とはいっても、あるパーティでの一コマですが。

そのパーティは、「国会タイムズ」新年会。

前人未到の安打製造機として、イチローと甲乙つけがたい
実績を残した、名球会の至宝。

小生は旧東映フライヤーズ全盛の頃のファン。

あれは、水原監督の指揮下の1962年、

尾崎行雄、山本八郎選手などの活躍もあって、
パリーグ優勝し、その勢いで
阪神タイガースを日本シリーズで破り
日本一になった時期である。

長島・王時代の一方の雄。

そんな思いもあって、タイムズの新年会で
ご一緒に写していただいた。

一見、怖そうだがドッコイ、腰の低いジェントルマン。
人を吸い込む魅力を備えていた。


人脈は宝。
人のいないところに繁栄はなし。

こうしたネットワークを活用して、

熱海活性化、再生案の一考としたいものだが、、。

投稿者 村山 憲三 : 10:59 | コメント (0)

2005年05月26日

中日「川岸強」投手

昨年のペナントレースの覇者

中日ドラゴンズ

     http://www.dragons.co.jp/

セパ交流戦に入ってからの星勘定は悪い。
その中にあって、13イニング(5月25日現在)
1点台をキープしているピッチャーがいる。

                 (中日新聞5月25日号より)

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川岸強投手(25)である。

      http://dragons.cplaza.ne.jp/member/member_topfrm.html


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球歴は、桐蔭学園-駒大-トヨタ自動車-

04年中日ドラゴンズドラフト7位入団。

昨年一軍実績は12試合(0勝0敗0S)防御率5,28に終わり、
今シーズンは2軍スタートだったが、

5月1日から一軍登録。敗戦処理から一昨日の24日までは、

9試合、計11イニング連続無失点。
今後大いに期待されているピッチャーの一人。

さて、お父さんの、

川岸社長と小生は同郷。
お付き合いさせていただいて7年間。

飽きずに支持していただいている。

さて、
今年は2軍スタートで開幕戦には行けなかったが、
昨年は4月6日、ナゴヤドームにご招待いただいた。

今年もスケジュールの都合で観戦できなかったが、
今年は、ドンドン応援に行く予定である。


まず、一勝を期待しわが郷土から同球団に
ドラフト一位入団し、
現在2軍監督の「高橋三千丈」さんと、

シーズンオフには、是非熱海市に来ていただき

熱海市民に”元気”と”気力”、”希望”の

サン・ケー を与えていただきたいものである。

それには、中日ドラゴンズオフの納会招聘も
視野に入れていることは、言うまでもない。

投稿者 村山 憲三 : 10:39 | コメント (0)

2005年05月25日

熱海後楽園同期会速報

熱海後楽園昭和40年新高卒入社
第一期生(男女380人)の会が、

あすなろ会」と命名された。

あすなろ会は、

今年の7月17日(日)18時より、

熱海後楽園ホテル「宴の間」に於いて開催される。

参加費は日帰り 1万円
      宿泊  1万5千円

あすなろ事務局では返信はがきを用意して、
今月16日に行われる連絡会終了後に
該当者に発送される予定である。


         (1987年1月14日 熱海後楽園同窓会での一こま)

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(写真左より松倉、作田、岩崎)                 (小生、阿部、三辺)

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(写真左より江崎、菅野、山田文吉)                   (後藤、坂田京子、大野)

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            (赤塚元部長1987年と1965年の2コマ)

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現在までのところ、連絡できたのは次の通り。

男性は、

阿部賢司、伊東弘美、市川正義、内尾三男、江藤孝雄、岩崎勝則、
小沢淳二、小野崎正男、大石博人、大野信幸、菅野裕二、柏木隆、

北島才と志、北里民夫、後藤正敏、小林隆也、興水和生、斉藤瞬二、
鈴木芳春、田代重男、田甫行雄、富永邦治、長田元吉、平井千秋、

松倉あき義、水谷賢二、三辺孝造、宮前清隆、村山憲三、山田文吉、
吉永喜彦、山本典一、杉山強、松本国義、岩佐進一、片桐一夫、

作田清七、渡辺克之、永井甚嗣、大野寛


女性は、

荒巻和子、稲葉三千枝、石橋アヤ子、池田明子、小野道子、大町幸子、
岡部 香代子、小沢嘉津江、河上正子、川野綾子、木内キヨ子、菊池多美子、木幡シゲノ、

工藤百合子、久保川澄子、三戸スミ子、先本宏子、里見幸江、佐々木久恵、笹井昌子、
佐藤裕子、佐々木美津江、佐藤日出子、坂田京子、清水定子、清水とし子、鴫原美智恵、

陣内直子、関根真理子、高山憲子、高木千恵子、土屋静江、名達美津子、中島加代子、
那木真寿子、西川典子、西村礼子、野田福代、花井幸子、原尻ミエ、花岸宏子、


樋口悦子、平松美津子、藤永真由美、細川久美子、細谷豊子、松山信代、村上文子、
村上律子、森薫、望月嘉子、原和子、米沢勝美、古林民江、熊本喜佐子、

鈴木京子、加藤カキエ、永留早苗、小林淳子、佐藤ヒサ子、宮川恵美子、
成沢美穂子、渡辺美代子、小川さち子、池田光子、筑後和子、浜野秀子、

草深直美、藤原直美、酒井佳代子、佐々木啓子、佐藤和子、川口道子、
石塚知子、奥島照子、後藤淳子、岬久美子、山田幸子、田代トシ子、
五十嵐カズ子、古賀久子。

             以上121名に連絡がついた。

この内から何人の同期生が集まるか。

一人でも多くの仲間が集い、
温故知新を深め今後の余生に役立つような

「あすなろ会」としたいものである。

投稿者 村山 憲三 : 14:47 | コメント (0)

2005年05月24日

幸運のUS5ドル金貨(旧インディアンコイン)

小生は以前、古物商の許可を得て、

チケット販売業を営んでいた。(チケットサービス)

地域柄、大都会のチケット販売業のように
大量の商品券や印紙、古銭、コンサートチケット等が捌けず、

その上、盗品などが持ち込まれたり
中国人に窃盗されたりと、散々な目にあった。
きっかけは、趣味で始めたのだが廃業してしまった。

蓄音機やその他骨董品の類は数多く残っているが、

大切にしておいたのが古銭(金貨やプラチナ)。

この古銭はただタンスの奥にしまい込んでおかず、
金貨に七宝焼きなどを施し、
補金加工して、指輪、ブレス、ペンダント等として、
肌身につけて楽しむのも一考である。

US5ドルインディアン金貨は開拓史時代の
アメリカンドリームやその時代の様々の歴史が
刻み込まれており、
そうした思いをこめて、西部劇をDVDやビデオで
見ながら感情移入し、幸運の金貨と念じてみてはどうか。

US5ドルインディアンコイン4枚。

(製造年は、1908年1枚、1911年2枚、1913年1枚)

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このほか、プラチナ製記念コイン
”メーブル”1オンスと2分の1オンス。

2分の1オンス”メーブル”金貨”の3種類。

安政2分判金(安政3年以降於金座)1枚と
天文1分判金(天文元年以降於金座)1枚の

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合計9枚、放出いたします。

最低希望売り渡し価格入札価格、1万円からお願いいたします。

但し、熱海市在住の方か、取りに来られる方。

お一人様各1枚か1セットでお願い致します。(希望)

先着順で締め切らせて頂きます。

希望者は ken@jyohou.com まで。

投稿者 村山 憲三 : 18:56 | コメント (0)

2005年05月23日

川口熱海市長ご母堂の通夜

昨日(5月22日)は朝から曇天の空模様。

高橋弘日本ジャンボー会長から、

ゴルフのお誘いを受けていた。

朝8時20分、小生の家の前にて待ち合わせ。

コースは高橋会長のホームコース、

場所は「伊豆韮山カントリークラブ

http://www.izu-nirayama.co.jp/

メンバーは、村松日本ジャンボー社長を始め、役員さん。

日本ジャンボーグループの

ホテル八景園

http://www.hakkeien.jp/

井出社長等3組、11名。


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小生は1組目、高橋会長、井出社長、山本顧問と。

肌寒く、今にも泣き出しそうな
雲行きだったが、実に和気藹々とした実のある
一日だった。

来月オープンする、万葉の湯MM21

招待メンバーの確認等も終え、午後3時40分解散。

今夜は、川口市雄熱海市長の自宅で、
97歳で大往生した
ご母堂の通夜である。


高橋会長とご一緒に、

ご焼香させていただいた。

精進落としの席では、

川越大郎東京宝会長や (写真左)

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政治評論家「岩見隆夫」ご夫妻等のお顔も見え、

しばしの間歓談のときを得たのである。

故人のご冥福をお祈りしたします

投稿者 村山 憲三 : 14:49 | コメント (2)

焼き物で食の町おこしを

熱海マリーナ、網代港から、
咲見町へ。

すぎ山のやきとり屋に向かう。

既報の通り、すぎ山は親子三代で築き上げてきた、

独特の調理法で現代まで老若男女の食感を捉えて離さず

熱海飲食店の中でも、超人気店の一つ。

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”備長炭”に”年季と味の秘密を漬け込んだタレ壷”

若干のアレンジを加えれば、全国的にも
大ヒットする要素は多い。

杉山店主も小生の発案にはまんざらでもない。

近い将来、三島市内に直営店を。

また、東京、名古屋、大阪にこのスタイルが受け入れられるか・・。

と、”かしら”と”なんこつ”を前に夢を語ってきた。


”パパス”

http://www.papasu.co.jp/

を始めとするドラッグストアーチェーン店の
店舗に、”食料品”として、
販売できないものか。

焼き物”で町おこし。

”やきとり”も”干物”も焼き物である。

1、味の劣化しない保存方法
2、都会で簡単にできる調理法
3、手に取り食したくなる包装デザイン
4、健康食としての成分添付
                   など等、

専門家の知恵を頂戴しながら、
形にしていきたい。

そういう思いも込めながら、


波多野社長に、すぎ山のやきとりが
熱海食の町おこし、への食材となりえるのか。

名古屋人の感性に期待をしたのである。

結果は、”美味い”と、一言。

波多野社長!、16本を賞味し大満足を胸に
名古屋に帰っていったのである。

さて、ブログごらんの皆様の中で、

この”焼きもの”で町おこしに興味のある方は、

ken@jyohou.com

まで、ご連絡のほどをお願いいたします。


すぎ山やきとり

場所    熱海市咲見町4-35
電話    0557(81)5851
営業時間  午後5時30分~午後11時30分

投稿者 村山 憲三 : 10:22 | コメント (0)

2005年05月22日

熱海マリーナへ

名古屋から波多野社長が来熱した。

用件は2ツ。

一点は、高橋弘日本ジャンボー会長発案の、

ニュービジネスについて、波多野社長のネットワーク系
IT関連との相性について意見を伺うこと。

二点目は、熱海発食の町おこしに

”すぎ山”の焼き鳥スタイルが

名古屋人の口に合うかどうか、またFC展開を視野に
試食していただくこと。


波多野社長が泊るという予定で、
ホテルを予約していたのだが、
業界の会合と重なるとかで、日帰りすることとなった。

ニュービジネスについては、小生の中央町事務所で
資料を渡し、概要をかいつまんで説明した。

資料をバッグに入れた、波多野社長開口一番、

「熱海は2月以来。熱海マリーナの小林社長から
前回、大変おいしい若布を頂いたので、
そのお礼に伺いたい」

と言う。

早速、

熱海マリーナへ向かう。


http://www.shizuoka-marina.jp/NewFiles/marina/atami_marina.htm


アポなしだったが幸い、小林常男社長はマリーナにいた。

小林社長の愛称は、”ツネ”さん。


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小林旭さんの実弟でありながら、

http://www.nikkatsu.com/dig/akira/

よいしょするわけでないが、

正義感が強く、口が悪いが正鵠を打つ人。

ただし、皮肉屋ではなく面倒見は抜群。

クルーザーを所有する波多野社長との、
趣味の上での会話もスムーズでよどみがない。

その趣味の話に割り込んだ小生。

ズバリ、”ツネ”さんに突っ込む。

小林旭」さんで、熱海の町おこしをしたい。


ついては、云々。と、

小生の発案をぶつけてみた。

過去に似たような企画が不発終わり、
不信感を呼び込んだ前例を示しながらも、

”ツネ”さん、小生の企画の信憑性について
若干の興味を抱いてくれた。

という、希望が生まれた、

ような、気がした「熱海マリーナ」での一コマでした。

帰りは、波多野社長に網代港に立ち寄り塩の匂いを満喫していただいた。

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小林旭で町おこし

その、企画案とは?

日活やレコード会社の協賛を仰げるのか。

また、熱海市内のどこで、誰が、どのようなコンセプトをもって
推進するというのか?

日本映画プロデュース協会員として、

町おこしのためには、乗り越えるハードルが高いほど、

情熱が沸き起こってくる。

乞うご期待。

投稿者 村山 憲三 : 18:56 | コメント (2)

2005年05月21日

第5回ガーデニングフェスティバルin熱海2005

5月21日(土)、快晴のもと、
上記イベントのオープンセレモニーが
親水公園レインボーデッキで開催された。

2010年花の都づくりに向け、

花と光とカジノを公約に、川口市政が進める文化のまち創りへの一環。

川口市長は、
「昨年は熱海花の博覧会を実施し、8年ぶりに客が増えた。
花のまちづくりが功を奏した。
今後は行政だけで推進せず、
市民が中心となって推し進めていきたい。
今日はその第一歩」と、挨拶した。

 (写真左より大野商工会議所会頭、泉アキさん、中島潔さん、
                  鵜沢ホテル旅館共同組合長、園芸作家奥みね子さん)

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会場には、熱海市に住まいを移した、
桂菊丸、泉アキご夫妻が顔を並べ

イベントキャラクター「あたみちゃん」製作の、
中島潔画伯は
「花は幸せのシンボル」と、挨拶した。

岡熱海市議会議長からは、
「会場には今後、売店の常設も視野に入れて行きたい」
と、注目の発言もあった。

       (熱海ワイズメンズ女性合唱団が華やかな歌声で彩を添えた)

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              (岩見隆夫夫人も会場に)

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               (作品出展の山口雅平ご夫人と作品2点)

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式典は午前10時40分に終了、
参加者は「ゼラニューム」をお土産に
会場を後にした。

投稿者 村山 憲三 : 12:09 | コメント (0)

高橋会長と沢竜二さん

高橋弘(日本ジャンボー・万葉倶楽部)会長

沢竜二さんと会食中の”たけとみ”に顔を見せたのは

午後8時をやや過ぎた頃。

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熱海見番の活用方法や、
熱海市の今昔を”出し入れ”しながら、
沢さんは生ビール、小生は焼酎のお茶割りで、
口調を更に滑らかにしていたせいか、

高橋会長、珍しく”赤ワイン”を3杯、飲み干す。


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沢さんとは即波長が合い、6月22日

みなとみらい21にオープンする、

万葉の湯のプレオープンへの招待を約束する。

招待客リストから、高橋会長と小生関係者から
落とし漏れはないか、確認しあい

「吉村卓三」たまご博士や脚本家「石森史朗」さん等をチェック、

そこに、国際医療福祉大学付属熱海病院の

北谷副委員長がヒョッコリ。

お二人を紹介したあと、ややあって、

明日高橋会長とご一緒できないため、
急にゴルフのお相手を
お願いした、「橋本一実」議員が、

ワイズ関連の打ち合わせのあと、合流。

熱海見番活性化案や沢さんのビジョン等を語り合ったあと、
高橋会長の帰宅を機に、

沢さんの希望である、中央町”のり平”に河岸をかえる。

のり平のソファーに腰をかけた途端、

急に睡魔が襲ってくる。

歯の治療薬と焼酎が溶け合い眠くなったのか、
あるいは、沢竜二さんとの半日の間に、

高橋会長や北谷副委員長、はたまた、
長田熱海芸妓組合連合会事務長との間のコミュニケーションが
スムーズに行った安心感からか、

気持ちよく、眠らせていただいた。

沢さんとは”のり平”で別れ、
”ルナチック”経由で、小生の家までは、橋本議員にお付き合いいただいた。

そして、翌日なんと「吉村卓三」ご夫妻と

熱海駅でバッタリ会うことになる。

小生がゴルフに行っていれば、
絶対にお会いできなかったのである。

投稿者 村山 憲三 : 11:11 | コメント (0)

2005年05月20日

沢竜二さんの人脈1

沢さん今夜は、サンミ倶楽部に宿泊。

http://www.sunmi.co.jp/

6時30分ホテルに迎えに行く。

見番を見終え、ホテル10階の大風呂でユッタリ温泉を堪能したそうだ。

「で、どこかいきたい所ありますか?」
「話ができればどこでも」

小生の家の近く、たまには町内で金を落とそうと、

医王寺の入り口の”たけとみ”へ。

沢さんはビール一本やり。
小生はキープしてある、焼酎を。

沢さん、ご自分の今年のカレンダーをプレゼント、

ご覧の通り、演歌のプリンス

氷川きよし”さんとごくごく親しいという。

http://dir.yahoo.co.jp/Talent/27/M01-0535.html


是非、熱海市で公演を、それもボランティアで。

そうした、虫のいい話に花を咲かせていたら、

高橋「日本ジャンボー」会長から電話が。

「明日、ゴルフに行こう」
「いや、先約が入って無理ですよ」

「今どこ?」
「たけとみ」

という、ことで我々の席に、
高橋会長が来ることになり、

橋本一実議員が、またまた、小生の犠牲となるのであった。

詳細は明日。


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投稿者 村山 憲三 : 14:46 | コメント (0)

2005年05月19日

「沢竜二」さん熱海に

沢竜二さんは、

今年9月9日(金)より10月22日(土)まで、

東京Bunkamura シアターコクーン で

http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/


作 井上ひさし

音楽 宇崎竜童

蜷川幸雄演出の

「天保十二年のシェイクスピア」に出演する。

競演は、

唐沢寿明、藤原竜也、篠原凉子、夏木マリ、
高橋恵子、勝村政信、木場勝巳、吉田鋼太郎、壤晴彦、
高橋洋、鞠谷友子、西岡徳馬、白石加代子


そのほか、多忙なスケジュールをぬって
約束通り、熱海駅に着いたのは、

15時50分頃。

小生は昨日から歯の噛み合わせの不調から、
痛みと腫れが襲い掛かり、かかりつけの歯科医で調整したのだが、
夕べから、憂鬱な空気に支配されていた。

化膿止め等の処置を済ませたといっても、

湯前神社役員会までには、正常に戻らず、
参加していた、加藤則夫議員や橋本議員に
薄笑いを投げられてしまった。


    (加藤議員には見番の長田事務長に沢竜二さんの件でアポを取っていただいている)

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さて、沢竜二さんの人脈は広く、
演劇学校設立の相談も受けているそうだ。

そうした、ネットワークの一部をこの町に引き寄せる
企画が無いものか。

熱海活性化への足がかりとして、
例えば、

全国座長大会や熱海芸妓衆や月刊誌演劇グラフとのコラボで、

何らかのヒントが出ないか、

さて、
長田事務長が待っていてくれた。
見番舞台や建物の内部を隈なく案内していただいた。

ニューフジヤホテルでの6ヶ月講演等で、
熱海の町を知り尽くしている「沢竜二」さん。

見番の舞台や建物全体から
かもし出される文化の香りだけは、ご存じなかったようだ。

沢さんの、舞台やテレビ映画を見てきたという、
長田事務長。
熱海活性化への一助として、文化的にも
伝統芸能の分野においても、
開花のきっかけとなれば、と、夢を膨らませる。

ただ、実現までには様々なハードルが待ち構えていることも事実。

芸妓置屋連合会に極めて精通し、
組織作りを率先してきた、
加藤則夫議員のここ一番の知恵が
不可欠であろう。


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投稿者 村山 憲三 : 17:26 | コメント (0)

湯前神社奉賛会役員会議

5月19日(木)、午後1時30分より、

古屋旅館会議室において、平成17年度、
湯前神社奉賛会役員会が開催され、役員22名が出席した。

審議事項は、
(1)平成16年度事業報告及び決算報告。
(2)平成17年度事業計画(案)及び予算(案)について。
(3)監査報告。
(4)役員選出について。
(5)平成17年度奉賛会総会日程について。
その他について審議された。

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雨宮来宮神社名誉会長は
「よりよい楽しいお祭りになるようにお願い申し上げる」
と、挨拶。

内田進会長は、
「奉賛会員が減少気味、何とか増やす努力を
役員一同で考えて生きたい」と、奉賛会の現状について述べた。

平成17年度予算は、

7,380,000円


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また、内田会長は、

「松尾光貴役員から指摘の、
湯前神社の鳥居が傾いでいる。
との、報告を受け調査した結果、
江戸時代の建造物と思われ、ネジれが生じており
鳥居は全部真鶴石で解体や修復工事は難航し、
金額的にも相当額かかった」

と、歴史的建造物維持管理の難しさを説明した。

平成17年度の奉賛会総会日程は、

6月8日(水)午後1時30分より、
古屋旅館会議室に決定し、

欠員の出た役員の変更は、

副会長に「佐藤徳子」さんが、常任理事に、
杉本一郎、小澤克弘、野澤雅夫の各氏が
満場一致で選出された。

湯前神社の大改修は多分この写真にある、
昭和29年だったのではないだろうか。

刻み込まれた石柱の旅館名が懐かしい。


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投稿者 村山 憲三 : 15:45 | コメント (0)

2005年05月18日

真鍋八千代的経営哲学最終回

昭和41年、熱海後楽園レストセンターの舞台には

下記ポスターにある、

小宮恵子、菅原都々子、霧島昇、
一節太郎、藤本二三代、小野由紀子等の歌手や

月ノ家円鏡、リーガル天才・秀才、桂米丸、
立川談志、小野栄一等が日替わり出演していた。

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レストセンターではテレビの公開放送も行われ、

過日、ご紹介した

北島三郎や青山和子(愛と死を見つめて)の

大物もゲスト出演していた。

その舞台を小生が踏んだのは、
昭和40年のクリスマスパーティ。

            (写真左から峯田君、菅野君、小生、蓮見君)

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同期の菅野、峯田、蓮見諸君が組んでいた
バンドに飛び入り参加を要請され、ギターをカマし、
当意即妙の答えを出した、思い出がある。

これから、30数年後「北島三郎」さんや
「立川談志」さんと会うことになるとは
この時思っても見なかった。

(後日掲載)

その当時、事務所他で活躍の女子同期新入社員。男性は川崎先輩。


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さて、真鍋八千代的経営哲学最終回に入ろう。


“運七”と“ステップバイステップ”


こういう結果をもたらせているともいえそうだが、そ
れにしても行動はいたって慎重。

健全経営が鍵


「経営者の多くは金利を建設費の中へ入れたがるが

ボクは建設費は建設費、金利は金利とハッキリ分け、
金利の確保に極力つとめる。

手形は一切持たない主義だ。
だから、事業部門製をしいても、関連倒産なんかありえない。

つまり健全経営だナ。

銀行の信頼を得てそれから次の計画に移る・・・・これがボクの方針なんだ」

“大衆とともにある企業”・・・
これが真鍋社長の金科玉条だ。

座右の銘として心にキザみ「片時も忘れることがない」という。

この精神は2,500人を超える従業員ひとりひとりにも徹底している。

「120円の内容あるものを100円で売るといえば、
誰だってほしくなるだろう。

サービス業は本来そういうものなのだ。

“腹下し”(使いすぎ)を起こさせないような料金で、
しかも客のプライドを満たす。これがボクの持論でもあり、
また長い経験からえた教訓でもあるんだ」

こう話を結んで大きく笑った。


あれから40年の歳月が過ぎた。

今の熱海市の現状はどうか?。

青色吐息の観光産業を前に、

熱海後楽園創業者の経営哲学を再考して、

温故知新となれば幸いである。


7月17日の同期会。


 (懐かしい、銀山男子寮での同僚たち。オガタと菊池と誰だっけ・・・?)

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5月16日現在、7月17日の同期会には約100人近く
連絡が取れた中から、相当数集合する確約を得ているようだが、

一人でも多くの仲間が集まること期待して

「熱海後楽園」に関する話はひとまず
終えさせていただく。

投稿者 村山 憲三 : 10:22 | コメント (0)

2005年05月17日

第17回来宮神社宮神輿保存会総会

宮神輿保存会の総会が、

5月17日、大月ホテル6階会議室で行われた。
会場には保存会会員が約100人が集まり、

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1、平成16年度祭典実行委員会結果報告。
2、平成16年度収支決算ならびに監査報告。
3、平成17年度収支予算審議。
4、宮神輿本年度祭典実行委員決定報告。

についての議事が諮られた。


山田康夫保存会長は、

「今年で復活して14回目。町おこしの一助となれば
幸いだ。今年は7月15日(金)。大勢の市民が
参加していただけるよう呼びかけていきたい」

と、延べ、

雨宮来宮神社宮司は、

最近の世の中の変化が急であり、熱海市の活性化も、
厳しい現状のまま停滞している。
宮神輿が少しでも市民に活力を与え、
盛大で、安全に事故なく終了することを願うと挨拶した。

   (山田保存会会長)                          (雨宮来宮神社宮司)

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来賓として、大川一枝祭典委員長、土屋基観光協会専務、

雨宮克重本年度御鳳輦会長、
藤中本年度祭典実行委員長がそれぞれ抱負を述べた。

(藤中祭典実行委員長)                 

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議事終了後は会場を5階大広間に移され懇親会が開催され、
会員相互の親睦を深めた。

   (久保田、神成、北保存会員)                      (富岡保存会員)

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投稿者 村山 憲三 : 22:01 | コメント (0)

北島三郎さんとの出会い

北島三郎さんは演歌の大御所。

http://www.kitajima-music.co.jp/sabu/

下記写真は今から7年ほど前、
モンゴル空港で撮ったもの。

サブちゃん(ごめんなさいファンの一人としてそう呼ばせていただきます)は、
小生と同じ北海道の出身。

熱海後楽園時代や小生の大恩人が主催するパーティ、

中山競馬場特別観覧席でも

小生は面識がある。


この写真は五味武氏が主催する

「グローバルレインボーシップ」での

訪問先からの帰路、(モンゴル)空港で写したもの。

われわれ一行も、モンゴルの国民的イベント

”ナーダム祭”

http://homepage1.nifty.com/ken-kana/uran.html

を見学したが、サブちゃん一行はこのイベントの一環として
招待を受けたようです。

さて、航空で挨拶に伺ったところ、
ありがたいことに、サブちゃん。

「熱海のあの時の…」と言うと、
「あ~っ」と覚えていただいた”ふり”かも知れないが、

気さくに、うなずいてくれた。

丁度、サブちゃんのお子さんたちもご一緒で、

同行していた、「藤岡弘」さんのファンだったようで、
しばし歓談できたのである。

こういう流れで、

藤岡弘

http://dir.yahoo.co.jp/Talent/28/M93-2820.html


さんと記念写真を撮らせて頂いた。


(藤岡氏については後日詳細)

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サブちゃん、
昨年度芸能長者番付でも
約1億円近くも納税する、
円熟の境地にありながらも、なお一線に君臨し、
演歌を通じて国民に夢を与える凄い人。


今後機会があれば(いやっ、機会を作ってでも)
熱海市活性化への”演歌の祭典”企画立案を
いたしますので、

是非、ご協力のほどを。

でっ、この日は「小金沢昇司」さんとも、

http://www.kitajima-music.co.jp/shoji/index.html

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記念写真をお撮りいただいた。

投稿者 村山 憲三 : 11:11 | コメント (0)

2005年05月16日

真鍋八千代的経営哲学その三

今夜(16日)、熱海後楽園で、

岡武秀議員(元熱海後楽園社長)の出版記念会が開催され、
小生は出席さていただいた。

3冊目の出版というから、岡さんは文字とおり文士の仲間入り。

さて、岡さんが熱海後楽園に出向してきた昭和48年より、
8年も遡る昭和41年。

熱海後楽園創生期に支えてきた、当時の
高校新卒生327人。

41人ぶりに、同期生を熱海後楽園に集結すべき、
担当しているのが、

三辺と松倉。

栃内や新庄、塚田なみ江さんの消息を是非、
ご存知の方は熱海後楽園上記担当者まで、
ご連絡ください。

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昭和41年(1966)、熱海後楽園レストセンターは


1日350円!歌って!踊って!バイブラ温泉!

5,000人がゆっくりすわれる

世界一大きいレストセンター

のキャッチコピーで近隣(神奈川、静岡、山梨、千葉県)
あたりの、町内会や婦人会、老人会の団体客で溢れかえっていた。

(写真は伊豆日通富士見ランド見学時。写真右より松田千年さん、同期北島君、高杉先輩、
                    小生、前列正面川崎先輩)


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(同日写真右生田先輩、正面野村先輩)            (鈴木先輩、小生、武井さん)


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舞台では歌手やお笑い芸人が日帰り客を楽しませていた。

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この中には今現在も活躍している歌手や噺家は多い。

この時代、彼女たち(下記昭和40年新入社員)が
熱海後楽園を支えていたのである


               (昭和40年新高卒新入女子社員)

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(入社してまもなくの芦ノ湖。同期の桃木君と)  (名前は忘れたが、同期入社のイケメン九州男児)

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     真鍋八千代的経営哲学その三


「長い目で見よう」


「すべりだしはスコぶる好調だが、
全体の景気をハアクするのはもう少し時間が必要。
しかし考えても見てもごらんよ、
欠損が予測される事業に誰が45億円もの金をつぎ込むか。
ボクは6年で借金をキレイにかたづけますよ。
もっともボクのお客が着てくれたらの
試算どおりにお客が来てくれたらの話しだが・・・」

社長の見込みとはこうだ。

レストセンターを中心に年間300万人のレジャー客をあつめ、

一人あたりが700円の金を落とすとしてざっと、
その収入がざっと20億円。

建設費のほとんどは借入金だから
20億の中から支払い金利も含めた8億円あまりを
向こう6年間にわたってキチンキチンと返済するという。

「世間ではぜジャー企業がホテルに手を出せば
必ず失敗するというが
それも場所と内容によりけりだ」とニコヤかである。

「キミ熱海後楽園から“百万ドルの夜景”を見てみたまえ、

世界中でこんなにすばらしいながめの味わいのあるところがあるかね。
あったら一度でいいからお目にかかりたいものだな。

一度足を踏み入れたら、
もう東京に帰るのがイヤになってね。

手前ミソのようだがこれはまったくすばらしい」

ところで、真鍋八千代氏の手がけた
事業はこれまでに一つの失敗もない。

続く

投稿者 村山 憲三 : 21:04 | コメント (0)

熱海・箱根広域行政推進協議会

5月16日(月)、熱海市起雲閣音楽ホールにて
熱海・箱根広域行政推進協議会が開催された。

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協議事項は
1、平成17年度熱海・箱根広域行政推進協議会
  事業計画(案)について

①観光展の開催について
   箱根町が年4回開始している
   東名高速自道海老名サービスエリア(下り線)は
   首都圏から第一番目のオアシス。
   一日3~4万人の利用客があり、観光地である両市町
   にとっては宣伝効果も高いので、今後合同で実施していく。

 ②交流イベントや道路マップ等の作成について
  伊豆山権現と箱根権現のように、
  歴史的文化の交流拠点として現在も
  神社仏閣に多くの言い伝えがある。
  美術館、歴史館、史跡などをPRするツールとして
  道路マップは効果的な手段として期待されるため、
  十分に検討していきたい。

 ③工芸品や特産品のPRについて
  箱根の寄木細工や熱海のダイダイマーマレードのほか、
  地元特産品の発掘・開発して
  今後実施される両市町のイベントやキャンペーンに
  ノベルティーとして配布し、PRに役立てていく。

2、平成17年度熱海・箱根広域行政推進協議会
  予算(案)について

川口市長は、

「旅雑誌ジャラン5月号観光地人気ランキングで
箱根が1位、熱海が2位と、昨年2位の草津を抜いた
宴会の町だけでは生き残れない。
女性に愛される町として、昨年来のイベントが功をそうした。
箱根のいいところを学び、両市町力を合わせ、
外人観光客獲得にも努力したい」と、挨拶。

一方、山口町長は、

「去る4月23,24日東名高速海老名サービスエリアにて
熱海市のも参加していただき、
誘客キャンペーンを行った。
今後3回ほど協議会の仕事のひとつとして、
両市町のPR活動をしていきたい。
外国人誘客が初の600万人突破したが、
3分の1はビジネス客。
今後、力を合わせて観光客の比率を
押し上げて行きたい」と、抱負を述べた。


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協議会は協議事項が原案どうり
承認され、終了した。

協議会終了後は、「起雲閣」庭園において
両市町議会関係者による記念撮影が行われた。

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なお、出席議員は次のとおり。

熱海市 笹島洋、若井明、加藤俊夫、宇畑良三、橋本一実、 
     村山憲三、岡武秀、大徳京子

箱根町 勝俣徹、安田安典、勝呂昌子、勝俣信、小川鶴雄、
     沖津弘幸、勝俣清春、杉山幹雄、古川貞夫の各議員。

投稿者 村山 憲三 : 11:38 | コメント (0)

2005年05月15日

ちゅうしんの蔵

5月14日(土)午後8時。

男たちの宴シリーズでの主役の一人、

桜町の「N」氏から電話が入った。

「今、どこにいるの」
「事務所」

「熱海市役所の下の”ちゅうしんの蔵”に、
宴シリーズの”中心”人物「N」氏といる」

(都合が)良ければ来ないか、という誘いだった。

この店の主は、小生の婦人部長「水谷昭美」さんの友人、
「ミヤケ」さんの息子さんだ。

開店は数ヶ月前だが、

店舗も料理も洗練され、いつ行っても混んでいる。


主のミヤケさんは30代前半で、自ら包丁を握る。


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お父さんも、市内有名料理店の板さん。

この店、ファン層が広く若い人たちの中で
我々オジンがくつろいでも違和感を感じない。

お魚料理はもちろんの事、
釜飯も”うまい”と評判だ。

酒もずらりとそろい、ボトルキープも可能。

さて、男たちの宴番外編は、

次回の開催場所を「ビラデルソル」(伊豆山)に、
日程を5月27日(金)にすることを決め、
もう一人のメンバー「K」氏に連絡したあと、

芋焼酎を飲み、かぼちゃのクリーム和えを
つまみに、「N」氏が

前回自宅の庭園で桜の木に口ばしを喰いこませていた
”きつつき”を季題に、中国や韓国で頻発した反日デモを
憂いて詠んだ句について
「啄木鳥って季題は秋じゃなかったかしら・・」
の薀蓄に耳を傾け、

「こんな若い人が率先してお店を流行るように
努力をしている。熱海も捨てたもんじゃない」

閉鎖や倒産が相次ぐ熱海市の基幹産業や商店の
実情を踏まえ、「S」氏、「N」氏らは

ちゅうしんの蔵で感じた思いを吐露して締めくくる。


次の店は、カラオケだ!
てな、ワケで清水町の「扇」へ。

宴のボス「N」氏は生演奏で、「ジャニギター」を披露、

奥の深いところを見せ付けた。

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さて、

料金もリーズナブルな”ちゅうしんの蔵”
熱海の名物居酒屋として、
その”中心”をなす可能性を
存分に秘めているといっても過言ではない。

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場   所   熱海市役所すぐそば
営業時間   午後17時30分~24時
定 休 日   日曜日

電   話   0557(81)8188

投稿者 村山 憲三 : 17:31 | コメント (0)

2005年05月14日

「真鍋八千代的経営哲学」その二

       (左より赤塚勝総務部長、上司の正本さん、清水さん)


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                       (女子高卒新入社員)

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この年の、熱海建設業協会は、

会長 大舘一郎 副会長 下田正治 山本忠司

熱海商工会議所は

会長 青木良平 事務局長 吉野高能

熱海割烹調理師会は

会長 金指勇 副会長 小川源次郎 田中友太郎


さて、熱海後楽園は予定通り

8月1日(日)にオープン。

初日、12,000人を呼ぶ大盛況となった。

油壺より「森繁久弥

http://movie.goo.ne.jp/cast/87437/


一行のヨットやモーターボートが30隻で集合し、

15日には、三船敏郎

http://www.mifuneproductions.co.jp/

も駆けつけた。


1日の開場式では、花輪やご祝儀を辞退したが、

それでも置いていった中から、

18万9千円を、

栗原常務と小澤陸造市議が代表して
熱海社会福祉協議会へ寄付した。

真鍋社長は続ける。


儲かるといって、むやみに手を広げちゃいかん。
堅実に、一歩一歩踏みしめて進まなきゃ。
ボクが後楽園に関係して30年近くになるが、
世間で言うほどがむしゃらな拡張はやっていない。
確かに箱根自由が丘、大森、石打、熱海と
目ぼしい所にボーリング場、スケート場、ゴルフ場などの
レジャー施設をつくったが、
すべてが後楽園の実績をみたうえでのこと。
ボクのやる事業であるかぎり“勇み足”というものはない。

運が強い上のこれだから、
成功しないほうがおかしいじゃないかね。キミ」

いうまでもなく、“真鍋企業”の中心は、
野球のメッカで知られる後楽園。
野球場のほか、競輪場、遊園地、ボーリング場、
ローラースケート場、映画館、プール、スケート場と
たいがいの娯楽施設がそろっている。


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野球場と競輪場は施設を賃貸して、
売り上げの20数%だけを手にしているが、
他の施設はどれも日銭がゾクゾク。

競技場での販売収入もバカにならない。
これらの営業収入は、年間シメて44億円。

しかも収益カーブは緩やかにではあるが
年々上昇の一途をたどっており、

この不況時でさえ、32年以来の一割六分配当を据え置くという好調さ。
こういった景気の裏づけがあればこそ、

さる38年8月の公募つき融資のさい、
株主に「12億のプレミアは必ず返す。
今後有償増資は行わず、
無償増資をやる」という強気な発言が生まれたわけだ。

「後楽園は年間1,200万人ほどの人を集めている。

この数はおそらく今年も動かないだろう。
後楽園に関する限り、不況の影響が少ないということだ。
なぜかってそりゃ、キミ。

“俗”にいう客ダネだよ。

まず80%は月給が2万から5万くらいのサラリーマン。

中産階級というところだな。
こういう人たちは現在の不況がムードとして分かっていても、

実感としてピンとくるものがない。
何千円、何万円といった消費はともかく、

千円までならそう会計にも家計にも響かんのじゃないかな」

社長の自信の程もうなずけよう。
順風満帆の見本のようだが、
しかし心配がまったくないわけではない。

この8月に誕生したばかりに「熱海後楽園」の今後は・・・。

続く

投稿者 村山 憲三 : 10:00 | コメント (0)

2005年05月13日

阿吽会親睦ゴルフ

熱海、伊東、湯河原、箱根、函南、真鶴
の2市4町の議員が毎年、

5月と12月に親睦ゴルフ大会を開催してきた。

発起人は「加藤則夫」熱海市議会議員。

今回で20回を数える、

第20回 阿吽会ゴルフ大会は

箱根湖畔ゴルフコース

http://www.hakonekohan.com/

小生も何回かお付き合いさせていただいてきた。

高橋幸雄議員の車に加藤会長と便乗。
朝のうちは、怪しげな雲行き。
十国峠では濃霧が立ちはだかる。

昨年の同時期、嵐で中止になっている
苦い思いがよぎる。

ゴルフ場につく頃には視界も開け、何とか行けそうだ。

箱根町長が挨拶に駆けつけ、


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32名が集結、8組がスタート。

快晴には程遠く、
肌寒いものの、そこそこ快適なプレーができた。


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さて、成績だが、

優勝は「古谷紳郎」元熱海市議 41-41-82

(写真は加藤会長と優勝した古谷元議員)             (伊東の掬川武義議員と)

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準優勝 「勝俣清春」 議員    42-40-82 
3  位 「橋本一実」 議員    50-44-94

ちなみに、小生は

49-49-98で23位でした。
プラス、ニアピンもいただき、バーディもまぐれで取れ、
メンバーに恵まれ、言うことない一日でした。

投稿者 村山 憲三 : 17:26 | コメント (0)

2005年05月12日

食料理で、熱海おこしを

話は、10日に戻るのだが、

沢竜二座長が出演している、
上延生ヘルスセンターを出たのは16時15分ごろ。

予約しておいたタクシーに乗る。

「ここは作曲家船村徹さんやナベサダ(渡辺貞夫)の出身地」と、
道すがら、
栃木弁独特のしり上がり口調で説明を受けた。

「あ~、それで座員が”祭り歌”(船村徹曲 鳥羽一郎歌)で
会場を盛り上げたんだ」と、後になって理解した。

運転手さんはなおも話しかける。

「関東バスが整理回収機構送りになり、
バスの運行が減った。
最初から私を予約しておいて正解だ。
この辺は土地が広く、一家に家族分だけ車がある。
酒場も運転代行者が普及して、タクシー不況でマイッタ」

「バブルの時は一日5万円は稼いだものの、
今では、3万円も上がらない」

聞けば、同じ年。

あ~だ、こ~だとグチを聞いて20分。
これで、片道4,800円。


「あ~お腹が空いてきた」

そうそう、
宇都宮で有名なものといえば、「餃子」だ。

幸い、
新幹線駅ビルに”みんみん”という専門店があった。


http://www.minmin.co.jp/ みんみんパセオ店


大勢の人が並んでいた。
並ぶだけの価値はあった。

一人前6個入りで、220円。

安いだけでなく、うまいのだ。


宇都宮が町おこしとして
大成功した料理文化掘り起こしの見本である。


で、餃子のお持ち帰りを10人前。
「なるほど、うまきゃテイクアウトしてしまう」

他店の味を賞味することはできなかったが、
宇都宮餃子の看板やのぼりに、
勢いを感ずる。


町おこし食料理としては、
古くは「喜多方」、「米沢」のラーメンや

近くは、
富士宮の「焼きソバ」、

http://www.kanshin.com/?mode=keyword&id=322070

が全国発信で話題を呼んでいる。

最近では、
舞鶴の「肉じゃが」、

http://www.chiiki-dukuri-hyakka.or.jp/book/monthly/0103/html/t27.htm  や


龍ヶ崎の「コロッケ

http://www.joyoliving.co.jp/topics/200409/topics0409018.htm

が、”食”による町おこしとして台頭してきた。


翻って、わが熱海市の場合、

「温泉饅頭」や「干物」以外、

町おこし食料理開発 の実態は見えてこない。


「よ~し、熱海に帰った全国発信できる食料理を見つけるぞ!」


と、意気込んで熱海に着くと、呼び出しが。

「Rリゾート」のY所長とお世話になっている「H」さんからだ。
あれだ、これだと、
大笑いのその場で、

久しく会っていない
(夜)橋本議員に電話をかける。
きっかけは、松尾さんが急に現れたからだ。

橋本議員が楽しんでいた
某所に押しかけ、そのあと2軒。

よくぞ、お付き合いしていただきました。

で、食料理で町おこしの話はどうなったかって?

翌日の昼、鈴木三郎さんと山田雄三さんと、
「わんたんや」にお邪魔したときに、浮かんだのです。

ヒントは、焼き物です。

相手方に、承諾をいただき次第
該当する”食料理”で、
熱海発ができるか否か、掲載させていただきます。

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投稿者 村山 憲三 : 17:41 | コメント (0)

平成17年度熱海・函南広域行政推進協議会

5月12日(木)

熱海市庁舎 5階第一会議室において、

平成17年度の

熱海・函南広域行政推進協議会が開催された。

冒頭、笹島協議会長は、

「昭和48年から継続してきた函南さんと、今後更なる
連携を深めて行きたい。
また、4月18日「新城市」での合同視察は
合併推進に関する大変有意義な、研修ができた」

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と挨拶し、川口熱海市長、芹澤函南町長が続いた。

議題は、経過報告及び推進事業の経過について報告がなされ、

平成16年度の協議会決算、役員改選、
平成17年度事業計画や予算案について協議された。


役員改選については、従来どおり
笹島洋会長、鈴木博義副会長が再選された。

平成17年度の事業計画は、
1、広域道路網の促進について
 
 両市町の経済活性化を図る目的で、首都圏及び
 中部圏からの交通体系が必須条件。沼津市から小田原市に至る
 伊豆湘南道路整備について、国、県及び関係市町の
 協力のもと推進を図るものとする。


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その他、日曜市開催、県道熱海。函南線ならびに県道十国峠
・伊豆山線の改良整備、廃棄物処理にかかる
広域対応の検討についての事業計画案が満場一致で可決された。


出席議員は熱海市から

笹島洋、若井明、加藤俊夫、宇畑良三、加藤則夫、
橋本一実、村山憲三、岡武秀、大徳京子

函南町からは、

鈴木博義、竹下初幸、西原勇、中村澄夫、小西昌、
杉村彰正、八木戸一重、渡辺克己、青野信男
(順位不動敬称略)

投稿者 村山 憲三 : 12:07 | コメント (0)

2005年05月11日

沢竜二座長を訪ねて

沢竜二」さんから電話が入った。

http://dir.yahoo.co.jp/talent/11/m93-1533.html


共通の恩人の安否について等、
ぜひ会いたいという電話だった。

5月1日より15日まで、栃木県芳賀郡の

上延生ヘルスセンター


http://www.engeki-g.com/_kensaku/gekijou-center/kantou/joensei/top.html

に出演しているという。

行ったことも聞いたこともない地名だ。

だが、訪ねていくことにする。

沢竜二さんは小生にとっては、

人脈だけでなく”ツキ”をも

運んでくれるありがたいお方。

小生のブログ3月17日号(沢竜二のはぐれ雲)参照

新幹線で、宇都宮まで約2時間。
上延生までは、バスが1時間に一本しかなく、
タクシーを利用。
鬼怒川を越え田園風景が左右に広がり、

約20分後、上延生ヘルスセンターにつく。

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楽屋に訪ねると幕開け前だった。

「よく来てくれたました」

13時から15時20分まで、久しぶりに
沢竜二座長の大衆演劇を堪能した。

会場には約150人ほどの観客が詰め掛けていた。


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温泉に入り、弁当がついて「2,800円」

開演中のリピーターは多く、芝居の合間に

おひねり(平均千円札5枚)がひいきの役者に
飛ぶとこなぞ、大劇場のノリである。


丁度、この日は、大衆演劇専門の

月刊誌「演劇グラフ」の

http://www.engeki-g.com/index.html


菅野編集長が取材に訪れており、


大衆演劇についてのイロハを教えていただいた。

熱海町おこしの
ヒントはあった。

熱海市には、芸妓置屋連合会主催の「華の舞」がある。

これらとの、コラボレーションはできないか。

メディアと仕掛け、全国座長大会を熱海市で開催した場合、


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どのくらいの、宿泊客が見込めるのか。

大金をかけずに、熱海市の地名を高め
活性化への足がかりはないか、

大衆演劇と”熱海”

ちなみに、5月19日

沢竜二座長が熱海に入りますので、
アイデアがあれば、ご一報ください。

大衆演劇の定義、大衆演劇の特徴、大衆演劇の歴史

戦後の大衆演劇については、

http://www.engeki-g.com/index.html

を参考にしてください。

投稿者 村山 憲三 : 18:44 | コメント (0)

昭和40年「真鍋八千代的経営哲学」その一

熱海後楽園オープンの昭和40年(1965)。

熱海市は構造的な
”不景気”風が吹き荒れていた。


内閣総理大臣は池田勇人から佐藤栄作にかわり、

衆議院議員自民党総務「山田弥一」(大月ホテル)代議士は

「伊豆は一体なり。共栄はかり正面から
中小企業育成に取り組む方針を公表する。

しかし、熱海市内の旅館ホテルは設備投資過剰


借金漬けとなり、
収容力は増えているが、それにお客の増加が伴わず、

経営サイドは、資金、人手、お客の三不足を露呈していた。

当時、熱海市内の旅館従業員は、

女性7,000人、男性3,000人規模だったが、
女性が約2,000人不足で
北海道への求人誘致を展開していた。


昭和40年。10月の県税事務所発表の
料飲税トップ10を見てみよう。

①ニューフジヤ 5.848 ②金城館 4,842 ③静観荘 4,792
④つるやホテル 3,999 ⑤富士屋 3,526 ⑥赤尾ホテル 2,510
⑦熱海後楽園ホテル 2,502 ⑧大野屋 2,221 ⑨暖海荘 2,022
⑩西熱海ホテル 1,994

熱海市は前年比 7,4%、伊東市は11,5%の計8,4%の売り上げ増だった。

(40年後の現在、奇しくも①と②の法人格は同一会社(株式会社スタディ)が経営し、
③、④、⑤、⑨はすでに閉鎖している)

宿泊業界は東京オリンピック以来、
ホテル・旅館の新増築ラッシュによる収容力の
増大と不況による利用率の低下で
苦しい経営を続けていた。

ゴルフ・ホテル宿泊料金をセットにした
セット券売出しや
ホテル料金の割引の新戦術で巻き返しを図り、

中小企業も低料金を武器に競争から協調へと向かっていった。


しかし、宿泊施設の借金は売り上げの5割に押さえるのが
普通だが、それ以上の借金経営が多く、
金利負担で利益は飛び、過剰設備投資が
経営難の要因となっていた。


そんな状況の最中、

真鍋八千代社長(株式会社後楽園)

東京ドーム

http://www.tokyo-dome.co.jp/

地元熱海新聞紙上で自身の経営哲学について
こう述べている。


真鍋八千代略歴
大正6年中央大学法科卒、同14年弁護士開業
東京宝塚の顧問弁護士を経て、
昭和22年宝塚取締役、32年後楽園社長となる。
愛媛県出身で、この年71歳だった。


   (左から真鍋社長、栗原弘常務、大沢正治第一営業部長、菊池徳太郎第二営業部長)

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-果報は寝て待て-とかいうが、

「果報は練って待て」という真意をそのまま、

事業に経営に、そして私生活に、「練る」厳しさを持っている=

これが真鍋社長のすべてである。

こうした書き出しで、旧熱海新聞に掲載されたのは、

昭和40年10月7日(木)だった。


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(熱海後楽園創業時の新高卒採用者ピックアップ)

このブログを見た関係者の方は、
7月17日の同期会実行委員会か
小生までご連絡ください。

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さて、話を戻そう。

(真鍋社長の)

小柄の大声は生地そのままだが、
胸を覆う風変わりなリボン、
タイに真鍋社長のいつになっても年をとらない
人生の若さがある。

いうなれば、若さから湧き出るハツラツさを
首にかけている人、それが真鍋社長なのである。

経済界はいま不況だ、と暗い話題ばかり。
その騒ぎをヨソに、着々と事業の拡張をはかる真鍋社長。

ボーリングで息切れ寸前の長島温泉(三重県桑名市長島町)
を救い、この夏には熱海の町を一変するといわれる
大娯楽センターをつくった。

あくことなき事業欲ーそして成功につぐ成功。
そのひけつから、
放談の口火を切ってもらう。

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「そりゃあキミ、ウンシチだよ」
意外な答え。「雲七」-つまり、桁外れに運が強いという意味だ。

世間では幸運な人物をよく「雲三の人」というが、
「雲七」とはよくよく幸運の星にめぐり合わせた
というべきか。

「長島温泉の盛況を見たまえ、”田んぼの中の温泉”と
冷やかされたが、それは温泉の出る前の話だよ。

経営が苦しく何とかしてくれと頼まれて
ボクが一億の金を出資したとたん、
お湯がザ~ァ。

こんなことは人間の能力外のことだと思うな。

”湯枯れ”が心配される熱海でも、
海の中に銅管を突っ込んだら、
これがまた、大変な湯脈にブツ当たった。

60度の湯が、一日にざっと320キロリットル。

熱海最大の”熱海後楽園”でも使い切れないほどの湯量だ。


勇み足はしない

それではこのツキに乗じて経営者にありがちな
設備投資をどんどんやるかといえば、
真鍋さんの場合、
決してそうではない。

「事業の拡大には、必ず”潮時”というものがある」
という。

-ステップバイステップ-

これが、いわば真鍋式経営哲学だ。

だから真鍋社長の掌握する一連の事業には
流行の言葉で言う、

エスカレーション(段階的拡大)
がみられる。


続く

投稿者 村山 憲三 : 11:56 | コメント (0)

2005年05月10日

二人の町内会長

平石啓三郎さん(株式会社関東警備保障社長)は、

世帯数160を抱える、

温泉通り町内会長。

松尾光貴さん(温泉旅館福島屋社長)は、

世帯数65世帯を包括する、

本町町内会長さんだ。


              (写真左から平石氏と松尾氏)

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お二人がたまたま小生の事務所にお立ち寄りになった。

両町内会長ともに、熱海市が直面している
休廃業した大型宿泊施設のあと利用としての、
高層マンション建設計画問題と直接、間接的に
係わらざるを得ない立場である。


平石会長は

ジョイントコーポレーション(旧翠光園跡地)


http://www.jointcorporation.co.jp/

が建設中の高層マンションが町内会の大きなテーマとなったが、

起業者との間に円滑な協議が行われ、
現在のところ、ゼファー高層マンション建設計画のような、

コジレた関係には発展せず、
平石会長の調整能力が大いに発揮された、と
関係住民の評価は高い。

一方、松尾会長の場合、

ニューフジヤホテルが廃業に追い込まれずに、

株式会社スタディがオリックスから任意売却を受け、

そのまま宿泊施設として経営続行していただいたことに、
大いに感謝していると、安堵の胸を押さえた。

ただ、旧富士屋ホテル6月競売説が浮上しており、

どこが落札するか、あるいは再開発案をめぐり
町内との整合性を含め、

今後も気が抜けないのではないかと推察する。

いずれにせよ、激動する熱海市の現役の町内会長である。

市民のために大いにその存在感を発揮していただきたいと思うのである。

投稿者 村山 憲三 : 13:03 | コメント (3)

2005年05月09日

乗用車が電柱に激突

5月9日(月)午後3時30分頃、

国道135号線沼田かつぶし

付近の電柱に、